ペドロ・アルモドバル×アントニオ・バンデラス、カンヌ男優賞に結実した40年来の友情と信頼
2020年6月18日 18:00
[映画.com ニュース] スペイン映画界の巨匠ペドロ・アルモドバルと俳優アントニオ・バンデラスの8度目のタッグ作となった「ペイン・アンド・グローリー」が、6月19日に日本公開を迎える。バンデラスの映画デビュー作「セクシリア」から親交を深めてきた2人が、撮影の裏側だけでなく、長年抱えていた互いへの思いを打ち明けてくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
バンデラスが演じるのは、脊椎の痛みから生きがいを見出せなくなった世界的な映画監督サルバドール。引退同然の生活を余儀なくされていたが、ある日、32年前に撮影した作品の上映依頼が舞い込んでくる。その出来事をきっかけに、子ども時代と母親のこと、当時移り住んだバレンシアの村での出来事、マドリードでの恋と破局など様々な思い出が去来し、過去の痛みが今も消えずに残っていることを知る。バンデラスは本作の演技が評価され、第72回カンヌ国際映画祭の男優賞を初受賞している。
バンデラスは、2017年3月に開催されたスペイン・マラガ映画祭の場で、同年1月に心臓発作を起こしていたことを告白。既に3つのステントを埋め込む心臓手術を受けている。「心臓手術のような体験によって、死がそばに近づいていることを感じると『自分には、何が重要で、何が重要ではないか』と明確な区別がつくようになる。誰もがいずれ死ぬという事実も明確になった。それが唯一、人間にとって確実なものなんだ」と当時を振り返り、アルモドバル監督の「心臓手術のことを隠さずに、映画に使うべきだ」という言葉が、再タッグのきっかけとなったことを明かした。
ゲイ、トランスジェンダーなどの登場人物を通じて“自分自身を受け入れて日々を過ごしてきた人々”を豊かな表現力でとらえてきたアルモドバル監督。円熟期を迎えて作り上げた本作は、現在の自分自身を見つめつつ、才能を開花させた“原点”に振り返っていく作品のように思える。「(本作は)これまで手掛けてきた作品のなかでも、最もパーソナルな作品」と話すアルモドバル監督。主人公サルバドールが纏う雰囲気は、どことなくアルモドバル監督自身に似ている。その点は意図的だったのだろうか。
アルモドバル監督「その通りだ。私の映画では、全ての決断を自ら下している。サルバドールの髪型は、撮影前の準備段階から、私自身の髪型に似たものを想像していた。服装に関しても、私が実際に使っていたジャケットや靴を、アントニオに与えていた。それ以上に強調しているのが、サルバドールが住むアパート。自宅で所有している絵画や家具を、セットに提供している。そうすることでプロダクション自体をスムーズに稼働するという利点もあった」
本作を語るうえで重要な要素とは、何か。バンデラスによれば、それは「フランシスコ・フランコ政権後(1975年以降)の文化」だという。「フランコ政権後は、ペドロと僕だけでなく、多くのミュージシャン、写真家、デザイナーといったあらゆるアーティストが過去の形態を打ち破り、新しいものを作ることを決意した時代だった。あの時、社会はあらゆる色に満ち溢れ、希望と楽しみがあって、制限が何もない時期だった」と説明してくれた。
82年製作「セクシリア」から始まり、「マタドール<闘牛士>・炎のレクイエム」(86)、「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(87)、「欲望の法則」(87)、「アタメ」(89)、「私が、生きる肌」(11)、「アイム・ソー・エキサイテッド!」(13)といったタッグ作を生み出してきたアルモドバル監督とバンデラス。「僕らは実に40年以上も友人だ。だが、彼はとてもプライベートを守る人物。僕は一定の距離を保って、敬意を示しながら常に接してきたと思う」とバンデラスが答えると、アルモドバル監督はこう切り返した。
アルモドバル監督「アントニオとは、テイクごとに、お互いがアイデアを持って議論してきたことがあった。ただ彼は自制心のある俳優でもあり、私のアイデアに確信がなくても、私の指示通りに演じてくれたことがあった。彼が簡単に私のアイデアを受け入れてしまうことを見るのは、心地よいものではなかった。しかし、アントニオは『私が、生きる肌』を鑑賞し、あの時行われた“私のやり方”を学んでくれていた。そのせいなのか、彼は今回の撮影の前に『今作では、あなたの演出に自分を委ねることにする。あなたがやりたいようにやるべきだ』と言ってくれたんだ」
アルモドバル監督「だからと言って、私は自分のアイデアを持った俳優が嫌いなわけではない。キャラクターをどのように把握するのか――俳優が自分の考えを持っているというのは自然なことだ。アントニオのような経験のある俳優や、監督経験のある者は、特にそういう考えを持っている。しかし、私のように明確なビジョンを持つ監督とのタッグの場合、求められている演技を提供することが“俳優の仕事”であると、彼は理解してくれていた」
アルモドバル監督が最後に言及したのは、サルバドールがかつて愛した男・フェデリコ(レオナルド・スバラーリャ)と運命的な再会を果たす場面のこと。同シーンには、アルモドバル監督の“特別な想い”が秘められていた。
アルモドバル監督「アントニオとレオナルドが演じた役柄と同様に、このシーンでは、私自身も感情的になっていた。実は、このシーンは、私が若い頃に体験したことと同様のものなんだ。その頃、恋人との関係が続いている状態で、離れ離れになる必要があった。私は、サルバトーレやフェデリコのように(恋人と)再会を果たすことはできなかった。この再会のシーンを書くことで、過去の思いを馳せることができた。(同シーンでは)2人は互いを愛しているが、ロマンチックな交流はない。なぜなら“喧嘩別れした過去”に怒っているからだ。ここでは、サルバドールが、過去を語るフェデリコの言葉をずっと聞いているということだけで、彼の深い心情を(観客に)伝えようと試みている。だからこそ、相手の体に少しタッチをするだけで、情熱の深さが示されるんだ」
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