「男と女」から53年、映画と愛に生きたクロード・ルルーシュの人生観
2020年2月1日 07:00
1966年の「男と女」は、共にパートナーを失い、ひとりで子供を育てるアンヌと、カーレーサーのジャン=ルイが惹かれあう様を描いたラブストーリー。第19回カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞、1967年のアカデミー賞では外国語映画賞とオリジナル脚本賞を受賞し、世界中がフランスの大人の恋愛模様に魅了された。しかし、製作当時のルルーシュ監督は20代、結婚もしておらず子供もいなかった。ルルーシュ監督自身の理想の恋愛を主演のふたりに投影したのだという。
「自分が実人生で生きたい幻想を描きました。私は、人生経験が豊富にあって、自分自身で人生を築き上げている女性を愛します。当時私は若かったので、苦しんだ経験を持つ女性を幸せにしてあげられると思ったのです。何の経験も積んでいない女性にとって、愛は気まぐれでしかありませんが、苦しみを知っている女性にとって、愛は恵みのようなもの。私自身が、アンヌのような境遇にいる女性を夢見ていたのです」
ドキュメンタリーカメラマンとしてキャリアをスタート。1960年から長編作品を発表するが、高い評価は得られず「男と女」は自ら資金を調達して製作。彫刻家ジャコメッティの言葉を引用し「芸術より人生だ」とジャン=ルイがアンヌに語るシーンもあるが、この作品で映画監督として成功し、人生が一変した。
「映画という芸術が私の人生に意味をもたらしてくれました。映画がなければ、私は“ならず者”になっていたでしょう。ならず者は女性にモテるからです。音楽家、カーレーサー、闘牛士など…いずれにしろ、女性にモテる職業を探していたと思います。『男と女』が賞を獲ってから女性にモテるようになり、映画作家もモテるということがわかりました。人間が人生で行うことはすべて、他者に愛されるためのものではないでしょうか。いろいろな苦労もしますが、それも愛されるためです。フランソワ・トリュフォーも女の子をナンパするために映画を撮っていると言っていました。自分が愛されたいから映画を作っているということを忘れないようにしましょう。しかし、私が本当の映画作家になったのは、女性以上に映画を愛するようになった瞬間です」
今作「男と女 人生最良の日々」は、介護施設で余生を過ごし、過去の記憶を失いかけているジャン=ルイのために、息子が父の最愛の女性であったアンヌを捜し出す…という物語。ふたりの娘と息子役を演じたスアド・アミドゥとアントワーヌ・シレも参加し、66年版のスタッフ、キャストが再結集した。過去作の映像を交え、甘美な音楽、再会したアンヌとジャン=ルイの眼差し、海辺の陽光…ふたりの間に流れた時間を巻き戻す美しい瞬間がスクリーンに立ち上る。「男と女」は資金面の都合でモノクロとカラーを混在させるなどクリエイティブな挑戦をしたが、今回は違った苦労があった。
「ジャン=ルイもアヌークも歳をとっており、脆弱になっています。ジャン=ルイは今、ほとんど目が見えませんし、歩くのにも苦労しています。ふたりとも3~40代の頃と比べて疲れやすく、7~8週間もかけて撮影することはできなかったので、わずか10日間でふたりの最後の力を撮影したのです。今回のチャレンジは金銭的なものでなく、スピードです。しかも保険会社が、ふたりに対する保険契約を引き受けないというものですから」
映画では俳優の目を撮影することが何より重要だと考える。「真実は目の中にあります、嘘がつけない唯一の器官です。演劇では目の中まで見せられません、そういった意味で映画は優れていると考えます。言葉ではいくらでも嘘が言えるもの。私は早くから他人の目を読み取る術を覚えましたので、すぐにその人がどんな人間かわかるのです」といい、俳優たちとの関係は「私が撮影したい人間の自発性を取り戻すこと」。脚本をあらかじめ渡さずに撮影に臨み、衣装も俳優自身に選ばせるそうだ。
「私の映画のすべてのシーンで俳優は自発的です。彼らが自発的でないシーンはカットしています。自発性とは不思議な瞬間であって、バカなことや際どいことを言うこともできますが、自発的であればそう下品になることもありません。それは子供の発言を許すようなもので、そこにはなんの悪知恵も働いていません。俳優が演じているのか、演じていないのか、私にはすぐにわかります。演技をしていると思ったら、そこでストップをかけます。私はリハーサルからすべてを撮り続けます。リハの方がよくて、本番はよくなくなる場合もあるので。しかしそこに規則があるわけではありません」
「すべての人間は変わっていきます。今日の私と20歳の私は同じではありませんし、一日の中でも毎時毎分、変わっていきます。自発性は機嫌の良し悪しを反映するもの。私の映画の美しい瞬間は、ものすごく機嫌がいいときか、ものすごく悪いときに撮っているのです。中間は最悪です。中間的なものは、無難なものに留まってしまうからです。ものすごく機嫌がいいか、ものすごく悪い時、俳優は信じられないような力を出してくれます。ですから、“わからない”や“多分”…そういったものはいけない。ウィかノンかはっきり言わなくては。自発性は真実ではありませんが、ほぼ真実です。ひとりの女性が私に愛を告白するとき、それはビッグバン以上に真理を湛えていて、それを信じることができます。私の心もビッグバンを起こすのです。そのような現実が人生の輝きになるような、小さな瞬間をとらえたいのです」
戦争に巻き込まれた芸術家たちの生き様を描いた大作「愛と哀しみのボレロ」(1981)に「人生は2、3パターンしかなく、人はそれを繰り返し、残酷なまでに同じ道を行く」というセリフがある。「私は戦争を経験し、強制収容所の存在も知っています。過去の欠点を知っているからこそ、現在に幸せを感じる」というルルーシュ監督の人生観を要約していると話す。
「人生において本質的なストーリーはわずかしか存在しません。そのプロセスが違うだけで、毎回キャスティングや監督が変わるだけです。例えば、すべての宗教でも、同じ脚本で同じことを言っています。ただし監督が違うので、ある宗教よりはこちらが好き、ということになりますが。映画も、同じシナリオをポランスキーに渡すか、ルルーシュに渡すか、イニャリトゥに渡すかで、全く違う映画ができるでしょうが、やはり監督と出演者が変わるだけで、同じ物語です。『男と女』にしても、これまで10億人が語ってきたストーリーとそう違いありません。ただし、私の場合、カメラの違いや予算の拘束があり、ジャン=ルイとアヌーク、ドービルの街が美しかった。そうしたものがひとつになって、初めて語られた物語であるかのような印象を与えることができたのです。すべての人は死にゆきます、いろんな道を通ってですが、最後はみな同じところに行くのです。人生において物語は3つか4つしかない。それなのに私は上手くやったと思います、50本の映画を作ることができましたから」
そして、今作のタイトルは、ビクトル・ユーゴーが残した言葉から引用した「人生最良の日々」(Les plus belles annees d'une vie)。「この言葉が私の人生を導いた」といい、過去でも未来でもなく、現在を愛すること、今を大事に生きることが重要であるとエスプリを交えながら説く。
「私は子供の頃、映画館に行くお金がなく、非常口から入って、終わり近くになるとこっそり出ていたので、自分の見た映画の冒頭とラストはまったく知りません。自分で空想しなければならなかったのです。人生はまさにそういったものではないでしょうか。我々はどこから来て、どこへ行くのか知りません。ですから、私の映画の中にメッセージはありません。現在を愛することが私の映画の中にあります。自分に制限をかけることはしませんし、最初の脚本にこだわりません。これも重要です。自分のやりたいことだけをやっています。80歳になって、物事は予想通りに進まないということを理解したのです。我々がわずかに知っているのは幸福の始まりと、厄介ごとの始まりだけです」
「おいしいワインを飲んでいるとき、飲んでいる喜びはそこにあります。セックスも同様です。恋愛においても、幸せは現在にしかないのです。現実を味わうことができない人は、幸福を味わうことはできません。それは将来の約束ではありません。そして、過去は死人を胸に抱きしめるようなもの。現在だけが幸福なのです。愛をどのように考えるかも重要になってくるでしょう。私は人生において、なぜ男女が同じベッドに行くためにあんなに苦労をし、その後同じベッドで寝ないためにあんなに苦労をするのかを問い続けてきました。そして、映画も、今、現在しか撮影できないのです。私に属しているものは現在だけ、それを十分に味わわなければならないのです」
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