モトーラ世理奈は「撮りたいと思わせる存在」 諏訪敦彦監督作「風の電話」で放った求心力
2020年1月23日 18:00
[映画.com ニュース] 「何故、女優・モトーラ世理奈に惹きつけられたのでしょうか?」。心の奥底では「無粋な質問だ」と思いながらも、あえて言葉を投げかけると、諏訪敦彦監督は「あなたにも(魅力を)感じられますよね?」と微笑んだ。言葉数少ないモトーラを前に、「もちろんです」と力強く頷く。諏訪監督の最新作「風の電話」で主演を務めたモトーラの姿を見れば、筆者の頷きに同意してもらえるはずだ。(取材・文/編集部、撮影/間庭裕基)
本作のモチーフとなったのは、今は亡き大切な人との思いをつなぐ電話として、岩手県大槌町の小高い丘の上にある“風の電話”。2011年、佐々木格氏が「死別した従兄弟ともう一度話したい」という思いから、自宅の庭に白い電話ボックスを設置し、そこにラインの繋がっていない黒電話を置いた。東日本大震災以降、今は会えない家族や友人に心で話すことができる“風の電話”には、3万人を超える人々が訪れている。映画では、東日本大震災で家族を失った主人公ハル(モトーラ)が、広島から故郷・岩手県大槌町へ向かう旅を通じて、“風の電話”へとたどり着く様子を描いている。
「どのように“風の電話”を映画として表現できるのか――すぐには、わかりませんでした」という諏訪監督。「元々、僕が企画に参加する前に、『少女が旅をして“風の電話”に辿りつく』というアウトラインは存在していたんです。最初のプロットでは、舞台は熊本。被災したことで父を失った少女が“風の電話”へ向かう話だったんです。それを“故郷に帰る”という展開に変更しました」と明かし、自身初のロードムービーに挑戦することとなった。
諏訪監督「これまでの作品では、ホテル、一軒家といった“密室”で物語を展開させることが多かったんです。“人間の関係”を通して、見てみたいものがありました。今回の『風の電話』で“旅をする”という体験ができたのは良かったですし、ある意味、映画とは全てが旅なんですよね。始まって、終わっていくもの。ハルの目線で、日本という国をずっと見ていたかったんです。ハルが抱えているものは、過去の記憶との葛藤なんです。目に見える相手はいない。失ったものがだけがある。この点は、これまで描いたことがないものだったので、非常に面白かったです」
モトーラは、オーディション前に「風の電話」の台本を手渡されると、思わず逡巡してしまうことがあったようだ。「家族の誰かが亡くなってしまう話――小さい頃から、一番悲しくなってしまうものなんです。これまで避けてきた部分もあって、最初は涙が止まらなくなって、台本が読めなくなってしまいました。『オーディションも行きたくないな』と思ってしまうほど(笑)。1度目のオーディションでは、悲しい感情が溢れすぎて、きちんと芝居ができなかったです。でも、次のオーディションでは大丈夫でした。悲しくて辛いのは“私”。ハルは、普通にしている時は、急に泣き出すことなんてしない。そう考えたら、少し落ち着いて臨めました」と打ち明けた。
諏訪監督にとって、モトーラとは「見ていたい、撮りたいと思わせる存在」だという。「それだけで十分と言いますか……。自分が演じたことを、人に押し付けるということをしないんですよ。ある意味、自分のために演じているとも言えます。すると、見ている側は、自由になれるんです。この人物は、何を考え、どうするのだろうと、常に惹きつけられる。これが“映画的な存在”なんです。今回、初めて感じられたことは『(本作が)ドキュメンタリーなのか、フィクションなのか、わからない』ということ。どちらでもあり、どちらでもない。(ハルは)フィクションの人物ですが、現実にも存在しているような不思議な感覚を覚えたんです」
インタビュー中、モトーラを「今後も見続けていきたい」と強く思った瞬間がある。西島秀俊、三浦友和、西田敏行といった実力派との共演について尋ねた時のことだ。物語の構成上、ハルと同じく震災で家族を失った森尾役の西島と多くの時間を過ごしたはずなのだが、モトーラの答えは「西島さんとはあまり一緒にいなかった」と首を傾げるものだった。しかし、続けて飛び出した言葉に、思わず居住まいを正される。「私は森尾と一緒にいたんです」(モトーラ)。そのアンサーを聞いた諏訪監督は「お三方とも、モトーラさん、いや、ハルの存在感に対して、リスペクトを感じていました。これは俳優同士だから理解できる感覚なのかもしれませんね。三浦さんは100本近く映画に出ていると思いますが、このキャリアの差を感じないほど、堂々としていらっしゃった」と補足してくれた。
諏訪監督「率直に思ったんですよ。カメラの前にいる彼女は“存在”している、と。どんな局面でもハルとして“存在”している。一時も、それを疑うことはありませんでした。撮影していても、楽しかったですよ。カメラが、顔の見えないポジションに入ってしまわざるを得ない場面もあったんですが、それでも全然問題がない。バックショットだとしても、彼女のことが“見える”んですから」
ストーリーの流れに沿って行われる順撮りが徹底され、モトーラと諏訪監督は撮影最終日に“風の電話”へとたどり着く。電話ボックスに入ったハルは、一体何を話すのか――言葉のチョイスは、モトーラに託されていた。
諏訪監督「(モトーラに託すという選択は)撮影が始まった時には考えていませんでした。その場に行ってみないとわからないという状況のなかで、日々撮影を続けていく。最後はどうなるのだろうと考え続け、やがて『彼女に任せればいいのではないか』と思い始めたんだと思います。ここまで“生きてきた”のだから、最後に電話と向き合った時、どうなっても良かったんです。一言も話せなかったとしても、それはそれで良いのではないかと。きちんと打ち合わせをし、台本を作っていたら、あのような映像にはなっていないはずです」
OKテイクは、モトーラが判断することになった。本番1回目は「途中で気持ちがきれてしまったんです。(話している言葉が)嘘のような気がしていました」とNGに。2度目の本番では、10分を超える長回しとなった。「カットをかけますが、僕はOKもNGも言わない。モトーラさんに『どうでしたか?』と聞くと『出来たと思います』と。だから、OKにしました。『もう1テイクやってみたい』と考えてしまう自分がいなくてよかったですよ。映画を作る人って、欲深いから(笑)」と諏訪監督が話すと、モトーラは「自分のなかでも『良かった』と思っていたんです。もう1回やることになっていたら『明日にしてほしい』と言っていたかもしれません(笑)」と振り返った。
“風の電話”での撮影では、奇跡が重なった。前日までの曇天が嘘のように晴れ上がり、突風によって花や木々が激しく揺れる。風によって押し流された雲の合間から差し込む光は、風景を劇的に変化させた。諏訪監督いわく「あの日の芝居では、本当に“風の電話”が機能していた」という。
諏訪監督「家族に向かって話し始めると、ハルには悲しみの感情が溢れてきます。彼女は おもわず『みんなに会いにゆくよ』と言ってしまうのですが、それは自らも死にたいということを意味します。しかし、それを口にしたことで彼女には変化が起きて、むしろ生きるという意思が生まれてきます。撮影を始めるときに、そのことを予想していたわけではありません。どうなるかわからなかったのですが、ハルにはなぜか希望が芽生えるのです。人は考えて話していると思っていますが、本当はそんなふうに、話すことで自分が生まれて来るのかもしれません。“風の電話”はそれを体験させる装置なのでしょう。モトーラはそれを本当に使ったのです。これは考えてできることではなく、彼女があの場所に身を委ねたからこそ出来たことだと思っています」
「風の電話」は、1月24日に全国公開。
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