“元祖メリー・ポピンズ”J・アンドリュース、夫の鬱を快方に向かわせた“映画の魔法”を告白
2019年11月7日 15:00

[映画.com ニュース] 「メリー・ポピンズ」「サウンド・オブ・ミュージック」に出演した名女優ジュリー・アンドリュース。近年、公の場に登場する機会が減っていた彼女が、久々に聴衆の前へと姿を現した。アンドリュースが出席したのは、米ニューヨークの映画館「メトログラフ」で開催された夫のブレイク・エドワーズ監督(「ティファニーで朝食を」「ピンクパンサー」)のレトロスペクティブ。映画「That's Life(原題)」(1986年米公開)のQ&Aに登壇し、製作の経緯や、エドワーズ監督への思いを語った。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
「That's Life(原題)」は、アンドリュースとジャック・レモンの共演作。カリフォルニア州のマリブに住む建築家ハーヴェイ(レモン)は、まもなく60歳を迎え、更年期障害に苛まれていた。妻ギリアン(アンドリュース)に支えられながら暮らすハーヴェイ。そんなある日、ギリアンに“声を失う”かもしれない喉の症状が発覚する。最終的にコロンビア・ピクチャーズ配給となったが、製作費の大半は、エドワーズ監督が捻出。マリブにある自宅で、撮影が行われた。
アンドリュースにとっては、10年に亡くなったエドワーズ監督との最後のタッグ作。「ブレイクの知人や、作品を研究したことがある人ならば、彼にカリスマ性があり、ユーモアのセンスもある男だということを理解していると思う。そして、彼は茶目っ気のある、ハリウッドの異端児でもあった」と振り返り、製作過程を説明。夫婦にとって“最もパーソナルな映画”になっていたようだ。
「彼は、時々鬱の状態になることもあった。そんな状況での生活はとても大変だったけど、家族で出来る限りのことをして、彼が愉快な気持ちになれるように努めていたわ。鬱の状態が落ち着いてきた時、彼はジャクジーに座っていた娘たちに向かって、『僕が、何をしたいかわかるかい? “非組合の映画”を作りたいんだ。これまで、労働組合(ユニオン)を通した映画しか作ってこなかったからね。“非組合の映画”を1作だけでも製作しなければいけないという負い目が、僕の人生にはあるんだ』と言ってから、『僕の友人と家族を使いながら、鬱になった男を描きたい』と話してくれたの」
エドワーズ監督は、13ページから成る「That's Life(原題)」の概要を執筆。現場では、俳優たちが概要を参考にしながら、様々な即興演技を披露し、「その即興を映画内に取り入れるべきか、あるいは省くべきか」と検討していった。さらに、カメラは俳優から見えない場所に設置。当時はまだ新しい技術だった“ビデオの再送”を利用し、その場ですぐに映像を確認しながら撮影を進めていったようだ。
「(自宅を使用した撮影に対する)抵抗はなかったわね。それが、ブレイクの性格だったから」と笑顔で答えるアンドリュース。では、非組合の映画を作ることで、労働組合からの抗議はあったのだろうか。
「抗議はあったわ。自宅の前に人々が並んで抗議したり、外のゴミ箱を叩いて音を鳴らしたりして、我々の撮影を妨げようともしていた。そんな時は、シーンを変えて撮影を行っていたわ。実は、4分の1位の撮影を終えた頃、とても素敵なカメラマンだったのだけど、彼がユニオンに属していたことがわかったの。ユニオンの人々との問題が生じるから、別のカメラマンを雇ったこともあったわ」
自宅での撮影は、どれほど有意義なことだっただろうか。「ブレイクは、できる限り親密な人々との撮影を望んでいた。義理の娘ジェニファーや、実の娘エマが、この映画に参加するために、抱えていた予定をキャンセルして来てくれたの。それは(我々にとって)素晴らしい恩恵になったわ」と回答。その言葉通り、エドワーズ監督の体の調子は、撮影後、まるで魔法にかかったかのようにみるみる良くなっていったそうだ。
ジャック・レモンのキャスティングについては「ジャックは、ブレイクのお気に入りの俳優のひとりだったの。特に、ジャックには即興の才能があって、『グレート・レース』でタッグを組んだ時は、ブレイクが『ジャック!』と呼んで指示を出して、ジャックが(何も聞かずとも)『わかった。わかった』と答えるようなケースが多かったくらい、気心が知れていた。彼らは親友で、一緒に笑い合うこともたくさんあったわ」と絶妙のコンビだったことを明かした。
ハリウッドでは一流の監督と評価されたエドワーズ監督。だが、ハリウッド流の映画製作には頭を抱えていたこともあったそうだ。
「ハリウッドの人々は、異端児であるブレイクのことを心底嫌っていた。一方、ブレイクの方も、作品を芸術ではなく、ビジネスとしてとらえるハリウッドの大物たちを嫌っていたわ。だから、ブレイクにとって、彼らとの仕事はあまりハッピーではなかったわ。一時期、ファイナルカットの権限も与えられず、作品を台無しにされたこともあった。彼にとっては、映画作りは子どもを出産するような作業だったから、そんな状況下に置かれた際は、本当に悲嘆に暮れていたわ」
エドワーズ監督と初タッグを組んだ「暁の出撃(1970)」では、「新たな女優(=ジュリー自身のこと)にとてもナーバスになっているように感じられた。もっとも、私自身もとてもナーバスになっていたけれどね」と述懐。「私は、ブレイクが望んでいることを想像して、その望む場所に到達しなければいけないと思っていたのだけれど……その時は、まだ彼が望んでいることがわからなかった。でも、徐々に彼をを理解することで、撮影がやりやすくくなったわ。撮影現場では、たくさん笑うこともできた。ただ、撮影現場の出来事を、家に持ち帰ることはしなかった。大家族だったから、撮影が終われば、映画の話も終わりだったの」と懐かしげ語ってくれた。
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