新海誠と川村元気が「天気の子」を“当事者の映画”にした思考過程
2019年8月3日 06:00
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[映画.com ニュース]新海誠監督の最新作「天気の子」は、離島から上京した家出少年の主人公・帆高(醍醐虎汰朗)が、「祈るだけで空を晴れにする」不思議な力をもつヒロインの少女・陽菜(森七菜)と出会い、運命にあらがいながら自らの生き方を選択していく物語。国内累計動員1928万人のメガヒットを記録した前作「君の名は。」を経て、新海監督はどのような物語を紡ごうと考えていったのか。企画・プロデュースとして並走した川村元気氏にも同席してもらい、作品鑑賞後を前提としたストーリー、キャラクターづくりの秘密を聞いた。(取材・文/編集部)
取材を行ったのは、初日舞台挨拶直前の7月19日夕方。午前0時からの世界最速上映に参加した観客からの好意的な感想を伝えると、新海監督は「皆さんの温かい笑顔を目にして、本当に元気づけられました」と感謝しながらも、「まだまだまったく分からないなという気持ちも大きくあります」と告白する。
新海「最速上映に来てくださった方々の感想は、基本的には楽しみにしていたファンの声だと思っています。これから、『ちょっと時間をつぶそう』『夏休みに家族で映画を見よう』といった、たくさんある映画の1本として見られていき、普通の感想や意見にさらされていくことになると思います。そこで皆さんにどう感じていただけるが大事で、何より僕自身がそれを知りたいんです」
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新海監督がつくる映像そのものが何より好きだと語る川村は、本作のモチーフが天気であることを初めて聞いたとき、まず「大好きな“新海さんの雲”がいっぱい見られる」と思ったという。
川村「雲を生き物のような多様性をもった存在としてここまで魅力的に描く画家は、僕の知るかぎり世界にもそうはいないはずです。『言の葉の庭』で描かれた雨もすごく印象に残っていましたから、雨や水の表現も見られる。どんなビジュアルになるのだろうと、すごく楽しみでした」
本作では、社会のセオリーから外れても自らの選択を貫こうとする少年少女の奮闘が描かれる。そのプロットを聞いた川村は、「本当にすごいところに気づかれたなと思いました」と振り返る。
川村「ルールから外れたことを言うと袋だたきにあうような息苦しさが世の中に蔓延(まんえん)していて、ともすれば簡単に自分も批判するほうに回ってしまうことがある。そんな矛盾を抱えていることを僕自身嫌だなと思っていましたから、新海さんの話を聞いて『ああ、そこを突き抜ける物語をやるのかな』と。主人公の最後の行動を見て、観客はなんて言うのだろうとワクワクしました」
「天気の子」の物語が完成するまで、新海監督と川村は話し合いを重ね、数え切れないほどのラリーを打ち合った。ふたりで飲みながら、音楽を担当した野田洋次郎氏(RADWIMPS)と3人で、製作チーム全体で――それぞれの場で話したことがモザイクのように組みあい、多くの人の意見が反映されている。映画化もされた「世界から猫が消えたなら」「億男」等の小説著作があり、「映画ドラえもん のび太の宝島」(2018)、「映画ドラえもん のび太の新恐竜」(2020)では脚本も手がけた、プロデューサー、クリエイター両面の顔をもつ川村は、一体どのような助言をするのか聞くと、理屈こみで「そっちの方向ではないだろう」と示してくれるのだと新海監督は言う。
新海「『君の名は。』はとても上手くいった実感のある映画なので、今回は違ったものをつくりたいと思いつつも、ともすれば演出の方向が寄っていくことがあるんです。そういうとき、こちらとしては迷うわけです。同じことをやっていいのか、でも同じことをやることこそ観客は望んでいるんじゃないか……。そんな迷いのあるプロットを川村さんに示すと、明快に『何かが違う』と言ってくれて、そうすると掘っていく方向が定まります。そうすると、また何らかの迷いがでてきて……という繰り返しですね。そうした川村さんの嗅覚は本当にすごいと思います」
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川村の助言は、あくまで疑問を投げかけるだけ。新海監督が「ついでに、答えも示してくれれば楽なのにと思うときもある」と冗談まじりに言うと、ふたりは笑う。
川村「お客さんって、けっこう残酷なところがあるじゃないですか。つくり手が『いろいろ考えた結果、こうなっているんです』といくら言っても、『なんだかつまんない』となることも多い。そんなふうに、なるべくフラットに見ようとしているところはあるかもしれません。僕が答えを言わない理由は単純で、新海さんが何をやるのか見たくて一緒にやっているからです。自分でも小説や脚本を書いているので、自分なりの純粋な発露はそこでやっている。新海さんと映画を作るときは新海さんがどうやって“正解”を出すのかに興味があって、それは野田洋次郎さんがこの物語を読んだときに、どういう言葉を書いてくるんだろうと思うときも同じです。僕自身が驚きたくて、最初に素直な感想を言うことができる観客に近い場所にずっといたいんです」
「天気の子」には、物語を大きく動かすアイテムとして「銃」が登場する。銃をだすかどうかは「いちばん議論したもののひとつ」だった。
新海「主人公の帆高は、家出をすることで社会から逸脱し、結果として社会と対立することになっていきます。その行き着く先に銃がでてくると物語が明快になるなと最初から考えていて。ただ、それには大きな嘘をつかなければいけませんから、そこをどうケアするのかを川村さんたちと話し合っていきました」
川村「『どうなんですかねえ?』と何回か言ってみましたが、何度消しても復活してくるから、それならやってみたら面白いんじゃないかなと。『君の名は。』の『口噛み酒』も同じように消しましょうと言ったけれど、結局やることになりましたから(笑)。映画の中で効果的な、違和感になり得ると感じたのです。予告編を見ていただければ分かるとおり、実際、銃は非常にいいアクセントになっていると思います」
映画を見て、主人公である帆高の過去や家出の理由が描かれなかったことが気になった人も多いだろう。新海監督のなかで多少の迷いはあったそうだが、企画当初から考えていた「前を向いたまま止まらずに転がり続ける少年少女の話」を貫徹させるため、帆高の人物像は変えなかった。
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新海「主人公が過去のトラウマを克服するために何かをさせるのは、気分として今回はやりたくないなと考えていました。仮に描いたとしても、凡庸などこかで見た話にしかならないと思いましたから」
あえて主人公の過去を描かないことに賛同し、「絶対にいらないと思う」と後押しした川村は新海監督の意図についてこう語る。
川村「1900万人を超える方に見ていただいた『君の名は。』のあとの映画だからこそ、多くの人にとって『天気の子』が“当事者の映画”になってほしいなと思っていました。みんな子どもの頃に、家や学校、住んでいる町から一度は出てみたいという思いにかられたことがあると思うんです。作中で具体的な過去エピソードを描くよりも、まったく描かないことによって見る人が自分の人生で補完するようになればという話をしました。かつては帆高のような思いがあったけれど、社会と折り合いをつけた須賀のようなキャラクターもいる。大人の観客にもかつて誰かを強く思っていたことを思い出してほしい。そんなふうに、子どもや大人、おじいちゃんおばあちゃんまで、みんなに当事者になってほしいと願いながら、新海さんと何を描いて何を描かないかを決めていった記憶があります」
誰もが無関係でない映画にするために、新海監督はメイン以外のキャラクターも奥行きのある人物にすることを心がけた。上京したばかりの帆高を殴った典型的な悪役であるスカウトの男も、物語の終盤には柔らかな表情を見せる姿が短く描かれる。
新海「モブをモブとして描かないようにして、見ている人が、『これって私かもしれない』と思えるような人物になればと考えていました。本来モブって、見ていてノイズにならない目立たない顔にすることが多いのですが、『天気の子』では、ちょっと個性的な人が多くでていると思います」
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