あの歌を憶えている

劇場公開日:

解説・あらすじ

忘れたい記憶を抱える女と忘れたくない記憶を失っていく男が出会い、互いに支えあいながら希望を見いだしていく姿を優しいまなざしでつづったヒューマンドラマ。

ニューヨークで13歳の娘と暮らすソーシャルワーカーのシルヴィアは、若年性認知症で記憶障害を抱えるソールと出会う。家族に頼まれてソールの面倒を見るようになったシルヴィアは、ソールの穏やかで優しい人柄と、彼が抱える抗えない運命への哀しみに触れ、次第にひかれていく。しかしシルヴィアもまた、ある過去のせいで心に傷を抱えていた。それぞれ自分の殻に閉じこもって生きてきた2人は、互いに寄り添いながら自身の過去や人生と向きあっていく。

ジェシカ・チャステインがシルヴィア、ピーター・サースガードがソールを演じ、2023年・第80回ベネチア国際映画祭にてサースガードがボルピ杯(最優秀男優賞)を受賞。テレビドラマ「ゴッドレス 神の消えた町」のメリット・ウェバー、「サスペリア」のジェシカ・ハーパーが共演。「或る終焉」「ニューオーダー」などで知られるメキシコの俊英ミシェル・フランコが監督・脚本を手がけた。

2023年製作/103分/G/アメリカ・メキシコ合作
原題または英題:Memory
配給:セテラ・インターナショナル
劇場公開日:2025年2月21日

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第80回 ベネチア国際映画祭(2023年)

受賞

ボルピ杯(最優秀男優賞) ピーター・サースガード

出品

コンペティション部門 ミシェル・フランコ
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(C)DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023

映画レビュー

4.0二人だからこそ前に進んでいける

2025年2月27日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

ミシェル・フランコ作品はいつも説明的なセリフや描写を徹底して廃し、無駄なく研ぎ澄まされた登場人物の動線や顔色などから、置かれた状況や半生を自ずと浮かび上がらせる。本作もその流れは同じ。しかしメキシコ出身の偉才がブルクリンの街角で二人の米国人俳優と共に描く今作は、これまでと何かが違う。身を切るような痛みを内包しながらも、そこにはほんの微かな希望と日のあたる場所が提示されているかのよう。さらに”記憶”という要素を用いることで男女を思いがけない手法で出会わせ、大切な関係性へと導いていく。フランコ作品ならではの傷を持つからこそ、彼らは空いた穴を埋めるために互いを抱きしめ、支え合うのだろう。記憶によって苦しめられてきたシルヴィアはソールといる時間だけは記憶から解き放たれ、毎日が新たな自分であり続けられる。そのかけがえない幸福が切実に胸に迫る。二人を祝福するプロコル・ハルムの名曲の響きも深くて優しい。

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牛津厚信

3.5「青い影」のオルガンの対位法と、記憶をめぐる男女の対比

2025年2月22日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

「青い影」(A Whiter Shade of Pale)といえば若い頃はジョー・コッカーが熱唱するカヴァーが好きだったけれど、久しぶりにYouTubeで聴いたらあの印象的なイントロのフレーズがエレキギターメインで軽くて、今はやはりプロコル・ハルムのオリジナルのハモンドオルガンのほうが神々しくて美しく感じる。バッハの「G線上のアリア」との類似性は昔から指摘されていて、「青い影」のオルガンも左手のベースパートは二拍ずつ長調のスケールを下降、右手の主旋律は八分音符で細かく降りたり昇ったりしつつ8小節のフレーズ全体では音域が上昇する構成になっている。この下降するベースと上昇する主旋律がバッハの対位法っぽく聴こえる理由。

いきなり音楽の話を長々としてしまったけれど、映画を見終わってからふと、過去の記憶に苦しめられている女性と、現在の記憶を失って苦しんでいる男性というのも、実に対比的だなと。この男女の組み合わせはきわめて作為的で、現実にはきっとうまくいかないだろうと思いつつ、大人の寓話として二人の関係の変化を見守り、エンディングのその後に思いを馳せるべきなのかも。

ちなみに日本では映倫区分がGになっているけれど、米国ではR指定だし、十代後半で年齢制限して公開している国も多い。直接的な表現は少ないけれど、アルコール依存症、レイプ、父から娘への性的虐待の話が出てくるので、同じか近い経験で苦しんだ人や共感性の高い人が観ると、精神的にけっこうこたえるのではないか。少なくとも落ち着いた大人の恋愛映画ではないので、そのへんを留意して臨むべきかもしれない。

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高森 郁哉

3.5プロコル・ハルムの"青い影"が傷ついた男女を包み込む

2025年2月20日
PCから投稿

泣ける

悲しい

過去に深い心の傷を負った女性と、遠い過去の記憶しかキープできない男性が、高校の同窓会をきっかけに出会い、徐々に距離を縮めていく。時間の持つ意味がまるで正反対の2人が恋に落ち、今という時間をどうにかこうにか共有して行く。恋愛は現在、または未来を意味する人間の尊い営み、そして習性なのだ。

女性側の過去については若干既視感があるし、男性が患う若年性認知症に関しては説明不足な点はある。

でも、僕たちが住むこの社会には見た目からは想像がつかない問題を抱え、葛藤している人たちがいて、同じ時間を共有していることに、改めて気づかされる。劇中に俳優のクロースアップはほぼ皆無で、逆にロングショットが多用されているのは、他者に対する視線と距離感を意識した監督の演出なのではないかと感じた。

男性が好んで聴くプロコル・ハルムの"青い影"は伝説の名曲だ。そのメロディが過去を忘れたい女性をも優しく包み込む瞬間は、少し胸が熱くなる。

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清藤秀人

3.5ニューオーダーのような作品の方が向いている

2025年2月27日
iPhoneアプリから投稿

結論から言うと、
ミシェル・フランコは、
「ニューオーダー」のような、
シビルウォーよりも衝撃度の高い、
企画の切り口で勝負するような作品の方が、
向いているのではないだろうか。

本作は記憶と喪失、そして再生の難しさを描いた作品だ。

登場人物たちの感情の機微が繊細に描かれており、
キャストの演技は圧巻の一言に尽きる。

しかし、その演技があまりにもリアルであるがゆえに、
彼らの精神的な負担を強く感じてしまった。

近年、アクション映画における安全対策の重要性が認識され、
アクションコーディネーターや安全責任者の配置が一般的になっている。

また、セクシャルシーンにおけるインティマシー・コーディネーターの必要性も、まだまだ不十分ながらも広く認知されるようになった。

しかし、
精神的な負荷の高い作品におけるメンタルトレーナーの必要性は、
まだ十分に認識されているとは言えない。

本作のスタッフクレジットには、
コンプライアンス関連のスタッフはクレジットされていたが、
メンタルトレーナーの名前はなかった。

パーソナルトレーナーを付けている可能性は高いが、
これほどまでに俳優陣に精神的な負荷がかかる作品であるならば、
専門家のサポートは不可欠だろう。

そもそもの大前提として、

異なる人格を演じることは、
高度な技術と専門的な訓練を要する危険な行為、
と認識する事が必要である。

俳優たちは、
役になりきるために自身の精神を肉体を極限まで追い込む。

その過程で、心身に深刻なダメージを負う可能性もある。

ジェシカ・チャステインのタフな作品、
昨今のジュリアン・ムーアの仕事、
先日のブレイク・ライブリーの作品など、

俳優の精神的な負担が懸念される作品が少なくない。

これらのような作品を観るたびに、
シナリオや演出がキャストに過度に頼り過ぎていて、
まず俳優たちの安全を考えてしまう。

映画製作は、俳優たちの犠牲の上に成り立つものではない。

彼らが安心して演技に打ち込める環境を整えることは、
製作陣の責務である。

そのためには、メンタルトレーナーの配置を義務化するなど、
自戒も込めてより具体的な対策が必要である。

映画全体としては、
キャラクターの心情が深く掘り下げられ、
演技に感情が溢れている一方で、
現代映画製作における課題を浮き彫りにした作品でもある。

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蛇足軒妖瀬布