ソウルに帰る

劇場公開日:

ソウルに帰る

解説

異国の地ソウルで自身の原点を探し求める女性の姿を描き、2022年・第43回ボストン映画批評家協会賞で作品賞に輝いたドラマ。「ダイアモンド・アイランド」のカンボジア系フランス人監督ダビ・シューが、友人の経験に着想を得て脚本を執筆しメガホンをとった。

韓国で生まれフランスの養父母のもとで育った25歳のフレディは、ふとしたきっかけから初めて韓国へ帰ることに。しかし自由奔放な彼女は、韓国の文化や言葉になじむことができない。そんな中、フレディはフランス語が堪能な優しい韓国人テナの協力を得て、自分の実の両親を捜しはじめる。

映画初出演のパク・ジミンが主人公フレディの複雑な内面を見事に演じ、「ファイター、北からの挑戦者」のオ・グァンロク、「三姉妹」のキム・ソニョンが共演。第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品作品。第23回東京フィルメックスのコンペティション部門で審査員特別賞を受賞した。

2022年製作/119分/G/フランス・ドイツ・ベルギー・カンボジア・カタール合作
原題または英題:Return to Seoul
配給:イーニッド・フィルム
劇場公開日:2023年8月11日

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(C)AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCRIONS/2022

映画レビュー

4.0クロニクル的に変わりゆく主人公の姿に釘付けになる

2023年8月29日
PCから投稿

不思議な手触りを持つ映画だ。見た目は韓国人のようだが国籍はフランスという主人公のアイデンティティと同じく、本作もまた韓国の地にありながら国境というものを軽やかに超えていく。我々は、外見からその人の出身地や過去を窺い知ることなどできないことを思い知り、と同時に、大切な何かを伝え合う中で言語がいかに憂鬱な壁になりうるのか、その皮肉めいた断絶もまた痛烈にのしかかってくるかのようだ。かつて養子縁組されてフランス人夫婦の娘となったフレディはいまソウルへ降り立ち、限られた時間の中で実の両親を探そうとする。そこにありきたりな感動的再会はなく、彼女の顔に浮かぶ戸惑いと混乱と焦燥が実にリアル。そこから数年単位でクロニクル的に織りなされていく展開、変わりゆくフレディの外面、その内部に渦巻く生々しい感情が我々を惹きつけて離さない。パク・ジミンの颯爽としていて艶かしくミステリアスな存在感に釘付けになる一作である。

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牛津厚信

3.5Plenty of Drama for Western and Eastern Diasporas

2023年7月11日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

A charming little ditty of a production, lightly LGBT with some late night club culture thrown in there. A fish out of water story of an adopted child from liberal France searching for her parents in conservative Korea. First time actress Ji-Min Park leads the film with natural, real-world finesse (career for her, please). Captures the Westerner-in-Asia experience rather accurately, I must say.

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Dan Knighton

3.5わかることとわからないことと

2024年6月10日
PCから投稿

自分を捨てた親に会いたくなるという決してわからない衝動

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mikyo

3.5故郷とは遠くにありて想うもの

2024年2月10日
iPhoneアプリから投稿

韓国人のソウル・フードがキムチならば、日本人は味噌汁といったところだろうか。韓国系アメリカ人のスティーブン・ユアン曰く、イ・チャンドン監督『バーニング』に出演したことで、自分が“恨(ハン)の民族”であることを再認識したらしい。何を言いたいのかというと、この映画韓国の首都“ソウル”と魂の“ソウル”をかけた映画タイトルになっている気がするのだ。

本作を監督したダヴィ・シューはカンボジア系フランス人の40歳、悪名高いクメール・ルージュの虐殺を逃れてフランスに連れて来られたという。本作が映画初出演となる主役のフレディを演じたパク・ジミンは、子供の頃家族でフランスに移住したという。お二人とも、朝鮮戦争から疎開するためフランス人夫婦に養子縁組された主人公フレディとは、若干異なったプロフィールの持ち主で、監督のお友達がフレディのモデルロールになっているらしいのだ。

やたらたと“○年後”のクレジット表示が出るせいで映画のリズムが非常に悪くなっているのだが、フレディの成長に合わせて一応の3部構成になっている。第一部では、日本行きの飛行機が台風でキャンセルになったせいで急遽ソウル行きに変更したフレディが、新しい家族をもった父親宅に招かれる。それから数年後、第二部では武器メーカーに就職したフレディが出張でソウルを再び訪れる。頑なに面会を拒否していた母親が態度を急変し涙の面会を果たすのが第三部である。

な~んだ『国際市場で会いましょう』と同じお涙頂戴映画じゃない、と早とちりしてはいけない。このフレディ、血の繋がった肉親特にやたらと涙脆い父親を目茶苦茶毛嫌いし、「韓国に戻って一緒にすまないか」と父から提案を受けても、「私はフランス人よ💢」と怒声を発してこれを拒否するのである。涙の再会を果たしたはずの母親とも予想に反する別離を経験し、なんのための韓国訪問だったのかがちと観客にはわかりづらいのだ。

韓国に一度も住んだことのないスティーブン・ユアンが、ハリウッドにいると韓国人であることを痛切に感じさせられたように、現地を訪れたフレディは(血縁とはまた別の)韓国人としての“ソウル”を、何かしら肌で感じ取ったからではないだろうか。具体的には、韓国の懐メロであったり、韓国男の肌であったり、隣家のばあちゃんが作ってくれた大根キムチだったりするのだが、劇中ハッキリとした説明は特にない。

ラスト、バックパッカーとして一人東欧のどこかを旅するフレディが、宿泊先のホテルでふとピアノを奏でる。韓国にいた頃の小さい時の思い出なんか何一つ憶えちゃいないし、滞在中はウザイことばっかりで全てをぶっ壊してやりたかったけれど、いざこうして離れてみると強烈な郷愁にかられるのはなぜなのかしら。故郷とは遠くにありて想うもの、なのである。

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かなり悪いオヤジ