百花のレビュー・感想・評価
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親だからって正しく生きるわけじゃないし。お母さん、ずっと謝ってるね。いつまで謝らせる気?
忘れていく母親。
忘れられない息子。
忘れないでいる母親。
忘れてしまっていた息子。
終始辛気臭い映画。最後の「半分の花火」への期待も、まがい物(僕にはそう思えた。たとえ綺麗であっても母子の記憶にとってはそれはまがい物)が雑音のように物語を曇らせている。
原田美枝子の若い母親役には無理がある。それは「北の国から」のあの若々しい凉子先生が頭から離れないからだ。ただ、そうはいってもこの年齢幅をこなせる女優を探すとなると、そうそういないのだろうなあ。・・・と、雑念が入り込む余地が余りある映画。もういいですよ、不幸をさも幸せなエピソードにすり替えるチープな映画は。
考えさせられました
世間のレビューがなかなか酷評で驚いています。
本日2度目の鑑賞でした。1度目からの余韻が残り、もう一度観たいと思いました。
認知症介護を経験した人にしかわからないかもしれません。わたしは大好きな祖母が晩年、認知症になりました。誰よりも可愛がってもらったと自負しています。体の不自由な母に代わって、祖母のお世話をしていました。会話がとんだり、同じことを繰り返し聞いたり、一点凝視の目になったかと思えば正気な目になったり。しっかりしていたからこそ、認知症の変化についていけない家族、うまく関われない家族の気持ち、菅田さんの表情が胸を打ちました。まだ若い母親なら尚更苦しいはずです。受け入れて笑えるまでには時間が必要です。その葛藤がすごく伝わりました。
祖母は、認知症進行により、わたしの名前だけを毎回間違えるようになりました。でも、わたしを見る目は優しいまま。だから、もういいや、わたしが誰でも、祖母が笑っているならとおもえるようになりました。
わたしが幼かったときの出来事を、いつも楽しそうに話してくれました。忘れない記憶なんだと嬉しかったです。
この映画は、母との埋められないつらい記憶と時間があるのに、息子として泉はよく頑張っていたと思います。何年経ってもなかなか許せないこともあると思います。心の変化がすばらしく描かれていました。
原田さんも素晴らしい演技でした。
母であり、女である。その葛藤の中で、生きていたんだなと思います。子供を捨てることはわたしにはできないけど、そう言うことも世の中にはあるのだと思いました。
伝えたいことはたくさんありますが、世間で言う感動映画ではないと思いますが、わたしは本当に胸が熱くなり、涙が溢れ、素晴らしい映画に出会えたと思っています。
詰まらない
すだがわるいのか、脚本が悪いのか、息子からの一人芝居で母が本当の...
すだがわるいのか、脚本が悪いのか、息子からの一人芝居で母が本当の意味で描けてない。置いていかれたトラウマとその背景としての恋愛の描き方はいいけど、認知症になる母への愛情とかあまり感じられない。すだという人が、そもそもすごく冷たいやつなんじゃないか。
認知症を受け入れられない自分だけ描く。認知症者への視線が冷たすぎて古い。
最後に忘れないと言ってた自分が忘れてた罪に気づくところはいいけど、それさえそこ止まり。
半分の花火という言葉に惹かれて見に来たししょうがないけど。
最後に
【認知】と【記憶】とゴダール
病院で多くの人が経験した事があると思います。
医師または看護師さんから、
ベッドでいろんなチューブを、
繋がれている寝たきりの大事な人を指して、
◯◯さんは、聞こえているから、認識してるから、
いっぱい話しかけてくださいと。
そんな言葉を思い出しました。
こちらには、認知できないなけど、
いっぱい記憶してる事はあるよ。
表現できないけど、
憶えてる事はアンタより多いよ、、、。
そんな、認知、記憶に、
敬意を払ってカメラを向けて、
愛情を込めてピントを合わせる。
そんな張り付いたカメラによって、
【認知】【記憶】が炙り出されて、
テンポやプロット、ストーリーを超えて、
客席まで押し寄せてきて驚きました。
本当に驚きました。
何が押し寄せてきたのか?
5秒以下のカットでないといけない、
観客を飽きさせてはいけない、
わかりやすくないといけない、
そんな、
いけない、いけないの、
防波堤を越えてきた新たな波、
逆ヌーベルバーグ?
被写体にカメラを向けなかったり、
映画を解体したゴダールさん、
解体された映画のピースを拾い集めたような、
長い長いカット、
こんな波が来ましたよ。
原田美枝子は本物の女優です
先日テレビに出演していた原田美枝子が、若い頃、黒澤明監督に美容整形してはいけないと教えられ、守ってきたと話していたが、それが、功を奏して、認知症の老女も、リアルに演じられるほんまもんの女優さんになられている。もちろん、若作りもお手のものであるが、人生の年輪を重ねた皺の深い表情が素晴らしいです。映画は、アルツハイマーの症状を同じシーンを繰り返して表そうとしていますが、それには疑問を感じます。また、仮にもピアノ講師を生業とするものが、小学生を放置したまま、一ヶ月も、平気でいられるものか、そこも共感できませんが、菅田将暉の魅力と、原田美枝子の女優力のおかげで、余韻を残す、感動作となっています。ちむどんどんのオーナー役もサバサバしてて好きです。
逃れられない現実
久しぶりに俳優菅田将暉の魅了させられた。
台詞は多くなく、感情も全体的には一定。そんな中、母を探す泉の息遣いやもどかしさからなる泉の怒りや悲しみ。
少ない台詞の中でもあれだけの存在感を魅せてくれた菅田さんに
久々に心撃ち抜かれました。
長澤まさみさんの起用に勿体ないという声も何度か見ましたが
あれは長澤まさみさんじゃなきゃ成り立たなかったとすら思う。
『嫁』という立場も当然重要だからである。実の母ではなくとも泉と寄り添い続ける限り『母』である事には変わりないからだ。
そして命を繋ぐ重要な存在。
欲を言うなら出産シーンをもっと濃い時間にして欲しかった。
次へ繋がれた命の誕生をもう少し潤いあるものにして欲しかったな。
原田美枝子さんは当然ながら素晴らしい演技で『母』『女』としての苦悩や葛藤、己の幸せ…理解は出来なくても、きっとこんな事はいくらでも世の中にあるのかも知れないと思えた。母として落第であったが故に晩年は罰が与えられたかの様な最後となるのもまた人生かも知れない。
映像酔い?するとSNSで幾度となく見掛けたが、真ん中より後ろで鑑賞するとそんな事はあまり感じなかったので参考にして欲しいなと思います。
自分自身、母でありまた母もまだ健在とする中で、今この作品を観ることが出来たのは良かった。
母親って勝手に元気だと思いこんでいる節があるので、たまには電話したり食事に連れ出したりしてみよう。
そして、疑問ばかりが残る映画だった。
予告と長澤まさみさんに惹かれて映画鑑賞。
とりあえず全体的な照明も内容も暗かった。内容はだいたい分かったが、共感は出来なかった。
男を選んで1年失踪、泉の大切さに気づいて震災後戻ってきたはいいが泉を昔の男を間違えて縋ってきたり、幻覚で追っかけたら窃盗になったり(アルツハイマー型認知症によるもの)、そのあげく泉の奥さんに「泉は恨んでいるでしょうね。後悔はしていない。」というセリフ。息子のことを本当に大切に思っているのだろうか?それは愛なのか?
ただ単に泉が記憶を取り戻し自分を捨てた母親に対する未練で前に進めない物語にしか感じ取れなかった。
男との場面をもっと短くして、もっと泉とお母さんの昔のいい物語などを上手く描いて欲しかった、、
わたしはすべてを覚えているのか。
認知症の母と息子の現在の関係を、過去のわだかまりや未来に生まれる息子の子ども、過去や未来に繋げつつ静かに丁寧に描く。
全体的に暗いし、淡々としていてそれほど盛り上がりもない。母が男と逃げていた期間がとても長く描かれているのだが、あんな小さな子を置き去りにして行ったところにどうしても共感ができないし、戻った後の親子関係をもっと描いてほしかった気もする。
しかし印象的な台詞がところどころあった。職場の後輩の(認知症のイズミの母の話の後で)「俺たちだって大したこと覚えてないじゃないっすか」とか、イズミの妻の「親だからっていつも正しいわけじゃない。わたしだっていつか投げ出したくなることがあるかもしれない」などの台詞にはハッとさせられた。そして認知症に関わらず人と人とを結ぶ記憶に思いを馳せた。
そして縁側で「半分の花火」の謎が解けた時、その謎自体はそれほど大したことではないが「認知症の母が覚えていても、健常の自分が覚えていないこともある、親を憎んではきたが、かけてもらっていた愛情のことも自分は覚えていなかった」ということ、その誰しも思い当たることがあるはずな事実を思い知らされて涙が溢れた。
原田美枝子さんの認知症の人独特の表情のない感じや、菅田くんの感情を抑えた常に何か思いを抱えているような表情はとても上手かった。
花火がとても綺麗
役者さんの名演技と花火シーンの美しさで救われました。
自分の思っていた内容とは少し違ってました。
もっと深いヒューマンドラマを想像していました。
消化不良気味な感情を抑えて劇場を後にしました。
ちゃんとリサーチしてから観に来なかった自分が悪かった。
でも、予告編は良かったんだよなぁ。
ひとつ腑に落ちたのは
「忘れること」が人間らしいということ。
これは納得できました。
そして、この映画をわざわざ劇場に観に行ってしまったこと。
自分は忘れてしまうでしょう。
良き作品かもしれませんが
自分には合わなかった。
人の闇を描いた、けれど昇華されるストーリー
そして、愛は残っていた 記憶のすれ違いで起こる親子愛の秀作
ラストは涙が溢れそうな位、感動しました。
息子の泉(菅田将暉)が認知症になった母親の百合子(原田三枝子)を支える物語です。
2人の間には、泉が子供の頃、空白の1年がありました。
そのことで、記憶が曖昧になっても自分を責め続ける百合子。少し恨みながらも献身的に支える泉。
半分の花火の記憶が、2人の親子愛をしっかりと繋いでいたのです。
高齢化社会の日本は、これから認知症患者がどんどん増えていくでしょう。
本作の百合子は、決してほめられた母親像ではありませんが、泉を思う気持ちが随所に表れていました。ラストは何とも切ないですね。
2人の演技も素晴らしかったし、脚本やカメラの演出も上手いと感じました。
親子愛の素晴らしさを表現した秀作だと思います。
今年は花火、見れずにいたが、9月に印象深い花火を観ることができた
まるで記憶の森に迷い込んでしまったかのような錯覚に囚われる純映画的な語り口の傑作
この映画はファーストカットから素晴らしかった。
テーブルの上に置かれた枯れた花がさしてある一輪挿しの花瓶。
この時点で何とも言えない不吉な予感を観客に感じせてくる。
一輪挿しからカメラが動くと、部屋でピアノを弾いている母親役の原田美枝子を映し出す。
しばらくピアノを弾いている姿を映したあとにカメラが動くと、なんと部屋でピアノを弾いていたはずの原田美枝子が玄関から家に戻ってくる姿が映し出される。
そしてそのまま原田美枝子が台所に移動してふとピアノのある部屋を見つめると、別の原田美枝子がピアノ弾いていて‥‥みたいな感じで初っ端から現実感覚がクラクラするようなシーンを畳み掛けてくる。
しかもこのシーンが素晴らしいのが、最初は安定していたピアノの旋律が、記憶の連続性が曖昧になっていくのと連動して、だんだんと乱れが生じてくるところだ。
この時点でだいぶ足元がぐらつくようなクラクラする感覚に襲われましたが、他にも絶対に映画でしか表現できないような純映画的な語り口のシーンがたくさんありました。
例えば、原田美枝子がスーパーで買い物をするシーン。
このシーンも最初のシーンと同様に記憶の連続性が曖昧になって、どこまでが現実でどこからが記憶なのか非常に不安定なシークエンスが展開されていきます。
このシーンでは、子どもが脇を駆け抜けていくという印象的な出来事を入れることで、明らかに記憶のループが発生していることを分かりやすく表現していて素晴らしかったです。
他にも、アパートの階段を登っていって部屋に入ると学校の授業参観の記憶に繋がっていくシーンとか、菅田将暉が冷蔵庫を開けると過去の自分がお腹を空かせて冷蔵庫を開ける場面に繋がるシーンとか、とにかく現実と過去の記憶をシームレスに繋げる仕掛けが上手すぎて驚きました。
語られている話自体は正直そこまで大したことのない話だと思いましたが、演出・撮影・編集・脚本・演技・音楽のクオリティーが高過ぎて一級品の芸術作品に昇華していたように感じます。
あれだけ王道エンタメ作品を多く世に送り出してきたプロデューサーが、まさか自分の監督作品でこれほどストイックな芸術作品を作ってくるとは思いませんでした。
あと、劇中で使用されるバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846ハ長調が同じフレーズのリフレインなのも物語のテーマを象徴していてととも良かったです。
マーザー
あまり期待はせずに鑑賞。この感じの邦画はあまりハマらないものが多いので。
まぁ案の定、というか予想以上に映画として面白くない作品でした。
個人的に今作との比較対象は昨年公開された「ファーザー」が近いなと思いました。両作品とも親が認知症になり、ファーザーでは認知症になった父親の視点から、「百花」では認知症になった母親を見守る息子の視点から展開されていきます。面白さや怖さで言えば圧倒的「ファーザー」でしたが。
良かった点
・映像が美しい
とにかく人物を映す際の映像が綺麗です。絞った人物のみにフォーカスを当てて映像にしているので、映像に集中してみるととても感動できます。ただ、この映像の美しさには違う問題が付き纏っていました。あと服装や装飾品の色へのこだわりがいいなと思いました。明るい色と暗い色でしっかり対比を演出しており、人に寄り添っていくごとに色が明るくなっていくというのも良い味を出していました。
悪かった点
・とにかく面白くない
内容が薄いです。認知症の母親に振り回される息子の話ではあるんですが、とにかくバックボーンが語られないのが問題です。母親はなぜ子供を置いて男と駆け落ちしたのか、実の父親はどうしているのか、駆け落ちしている間に泉はどう過ごしていたのか、AIシンガーの意味合いとは、震災がなかったら帰ってこなかったのか…。とにかく解決されずにほっぽってる状態のまま終わったので、上映時間104分の割に長く感じてしまいました。
認知症もといアルツハイマーと謳いつつも、行動の繰り返しを見せられており、認知症啓発のための映像を良い映像で見せられているように思いました。認知症の人は決して悪いとは思っておらず、周りもそれは分かっているのですが、やはり第三者の視点から観ると嫌悪感を抱いてしまうシーンが多かったです。謝るよりも先に自身の思いを並べて浸る、この様子が個人的にキツかったです。実際に体験していないというのもありますが、実際に周りの人がこのような感じになったら気を病むだろうなとも思いました。
・俳優の無駄遣い
菅田くんと原田さんは主演という事もあり、悲哀に暮れる演技が光っていました。ただ、周りの登場人物にフォーカスが当たっていないのが気になりました。長澤まさみさん演じる泉の妻はどうにもキャラが薄く、長澤さんの存在感が大きいだけにミスマッチな役柄だったなと思いましたし、河合優実さんや岡山天音さんをモブ扱いしていたのが個人的には許せなかったです。モブといってもしっかり役は与えるべきですし、天音くんに至っては殆ど顔が映ってなかったのも違和感だらけでした。
年間を通してのワースト候補まではいきませんが、ここ最近の邦画でも面白くなかった部類です。しっかりエンタメとしての面白さも重視してほしかったなと思いました。
鑑賞日 9/13
鑑賞時間 10:40〜12:35
座席 N-27
原作の大ファン
お母さんのアルツハイマーといづみの幼少期の記憶の勝負
お母さんの失敗といづみの責める気持ちの葛藤
お母さんのいづみへの想いといづみのお母さんへの想いの対比
お母さんの演技最高でした
あの半分の花火は1番きれいだよね
「半分の花火」に限っては称賛したい
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