スープとイデオロギー

劇場公開日:

スープとイデオロギー

解説

「ディア・ピョンヤン」などで自身の家族と北朝鮮の関係を描いてきた在日コリアン2世のヤン ヨンヒ監督が、韓国現代史最大のタブーとされる「済州4・3事件」を体験した母を主役に撮りあげたドキュメンタリー。朝鮮総連の熱心な活動家だったヤン監督の両親は、1970年代に「帰国事業」で3人の息子たちを北朝鮮へ送り出した。父の他界後も借金をしてまで息子たちへの仕送りを続ける母を、ヤン監督は心の中で責めてきた。年老いた母は、心の奥深くに秘めていた1948年の済州島での壮絶な体験について、初めて娘であるヤン監督に語り始める。アルツハイマー病の母から消えゆく記憶をすくいとるべく、ヤン監督は母を済州島へ連れて行くことを決意する。

2021年製作/118分/G/韓国・日本合作
原題または英題:Soup and Ideology
配給:東風
劇場公開日:2022年6月11日

スタッフ・キャスト

監督
脚本
ヤン ヨンヒ
プロデューサー
ベクホ・ジェイジェイ
エグゼクティブプロデューサー
荒井カオル
撮影監督
加藤孝信
編集
ベクホ・ジェイジェイ
音楽監督
チョ・ヨンウク
ナレーション
ヤン・ヨンヒ
アニメーション原画
こしだミカ
アニメーション衣装デザイン
美馬佐安子
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(C)PLACE TO BE, Yang Yonghi

映画レビュー

5.0東アジアの歴史に引き裂かれた家族の記録

2022年7月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

監督自身の個人史であり、同時に日本と朝鮮半島の近現代史でもあり、その2つが大きなうねりの中で交錯していく驚くべき傑作だ。
「済州4・3事件」の虐殺を生き延び日本に渡ったた監督の母は、それゆえに韓国政府を許せずに北朝鮮を支持することに。北への忠誠を息子たちを北朝鮮へ送ることで示してきた母を、娘の監督は快く思えなかった。年老いてアルツハイマーを患いだす母を介護することになった監督は、胸中穏やかではない。母はかつてのつらい記憶「済州4・3事件」を突然思い出し始める。済州を訪れた監督と母。監督はそこでこの島のあまりにも壮絶な悲劇を知り、引き裂かれていく。
日本、韓国、北朝鮮の複雑な現代史の理不尽がまるごとこの家族になだれ込んできている。国家と個人の関係について、これほど深く切り込んだ作品はそうそうないだろう。人を動員するイデオロギーというものに対置されるのは、家族の絆を象徴するスープ。対立するイデオロギーが吹き荒れる東アジアの歴史の暴風にも負けずに残ったこのレシピはなににも代えがたい宝物だ。今年最高の1本。

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杉本穂高

4.5帰国事業に3人の息子を送ったワケ

2024年12月26日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

4.3済州島事件を体験したから、
強い平和の心があったから

在日コリアンとしての北への活躍の源が4.3事件だった事に、理解できる。

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jiemom

4.5オモニのはなし そして家族のはなし

2024年12月17日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

悲しい

知的

劇場公開を見逃していた作品、今回ようやく配信にて鑑賞できた。

このドキュメンタリーに登場する人物は朝鮮籍のオモニ、韓国籍の娘、そして日本人の婿である。みなが別々の国籍であり信じるイデオロギーも異なる。それでも彼らは家族でいられる。彼らは異なる者同士お互いの事情を理解し尊重しあっている。
彼らのようにたとえ主義主張や人種が違えどその違いを受け入れ互いが尊重し合う社会になれば争いもなくなり平和が訪れるだろうに。でも世界はなかなかそうはならない。

本作はヤン監督の家族三部作最終章。オモニだけは撮らないと断言していた監督。アボジは頑固ながらも撮影していると油断してポロっと本音を漏らす人だったので撮影し甲斐があったという。それに対してオモニは絶対に本音を漏らさないのだという。ある意味手ごわい相手でありオモニを撮るつもりは毛頭なかったという。それがアボジの死をきっかけにしてたがが緩んだのだろうか。世話する相手もいなくなり急激に衰えたせいもあってか本音を漏らすようになったという。
始まりはアボジの前にフィアンセがいたという話だった。だがそれは聞けば朝鮮半島の隠された悲劇につながる物語だった。

済州島四・三事件。それは近代朝鮮の黒歴史。罪もない人々が虐殺された悲しい事件だった。
当時の韓国での単独総選挙に反対した共産主義者たちによる武装蜂起に対して李承晩政権は武力で鎮圧を図った。その際無関係な村人たちが無差別に虐殺されてしまったのだ。そしてそこには大阪から疎開していた十代のオモニがいた。
彼女の婚約者は武装蜂起した仲間を助けるために立てこもる山に行き帰らぬ人となる。オモニも弟と妹を連れて命からがら島から脱出した。道行く道には虐殺された村人たちの遺体が折り重なるように積まれていたという。
そんな壮絶な体験をしていたオモニ。娘であるヤン監督もなぜオモニがいままで韓国やアメリカを嫌い北朝鮮に傾倒したのかがようやく理解できたのだった。
これほどまでの仕打ちをされて祖国韓国を信じることなどできるはずもない。まだ見ぬ北朝鮮を祖国として希望を見出そうとしたオモニの気持ちを娘は痛いほど理解できた。

ただ、この過去の告白をしたオモニはそれをきっかけにして急速に認知症が進んでしまう。現地済州島で当時の記憶を聞き出そうにも全く要領を得ない。それはまるで過去のあまりにつらい記憶を心の奥底に沈めて自分の心が壊れるのを防ごうとしているようにも思えた。忘却はオモニの必死の自己防衛だったのかもしれない。

日本で生まれ育ち、差別と貧困に苦しめられ戦争に巻き込まれて故郷に疎開したがそこでも壮絶な体験をして命からがら日本に戻っても再び差別に苦しめられてきたオモニのあまりにも苦難に満ちた人生。とても気さくで朗らかなその笑顔からは到底推し量ることのできない人生を生きていたことを目の当たりにさせられて衝撃を受けた。
こんなつらい体験をしても人は笑顔でいられるものなのか。けして娘にも本音を漏らすことのなかったオモニ。そのオモニの屈託のない笑顔は今までのつらい体験を記憶の奥底にしまい込んでいたからこそできたものなのかもしれない。

認知症が進んだオモニは家の中で亡きアボジや長男、弟の名を呼ぶ。オモニは自分が両親やアボジ、そして北に送った息子たちや弟、そして娘のヤン監督と同じ家の中で暮らしている妄想の中にいた。それはオモニの人生では一度もありえなかった暮らしだった。それがたとえ認知症による妄想であろうともオモニは幸せだったはずだ。娘たちは母の妄想を否定しなかった。

娘のヤン監督たちは壁に掛けられた金親子の肖像画を壁から外す。映画では描かれていないが娘はオモニに聞いた、あの肖像画を外してもいいかと。オモニは構わないという。娘と婿は顔を見合わせてもう一度尋ねた、あの長年壁にかけられていた肖像画を本当に外してもいいのかと。けろっとした顔でオモニは軽くうなずく。娘はオモニを試した、じゃあ横にかけてある孫の写真も外していいかと。オモニはそれはかけときなさいと言った。
ヤン監督がこの場面をカットしたのは母への配慮だった。「ディアピョンヤン」でアボジが帰国事業への後悔をぽろっとこぼすシーンを入れたがために監督は総連から責められ北朝鮮への入国ができなくなった。それに加えて母の元には嫌がらせの電話もあったという。だからこの肖像画を母が外していいというシーンはカットしたのだという。
ただこの肖像画を外すシーンを見てこの時やっとオモニは自分を縛り付けてきたイデオロギーから解放されたのだと思った。肖像画がなくなった壁はまるで長年背負ってきた重荷を下ろしたかのようにすっきりしていた。そしてオモニの参鶏湯スープのレシピは婿に受け継がれていく。

認知症で親が自分たち息子のことも分からなくなるのは悲しいことだと思っていた。でも本人にしてみればそう悲しいことではないのかもしれない。つらいことや煩わしいことから解放されて心配事もなくなる。今まで苦労してきた人生の最後にすべてを忘れて楽になれる時間をもらえるのだと、そして思い出の中の家族と共に暮らせる時間を与えられるのだと思えばそれは必ずしも悲しいことではないと、このオモニの姿を見て思った。

オモニの忘却は自己防衛だった。しかし為政者たちには忘却は許されない。当時の済州島での虐殺はけして忘れ去られてはならないものだ。国は過去の過ちを認めて虐殺の事実を後世に伝えるためにその場所を保存し、慰霊碑も立てた。
歴史修正主義がはびこり過去の歴史を否定し慰霊碑撤去に動く国もある中でこの自国の負の歴史を認める態度は潔いものだ。

在日コリアンの人々の壮絶な過去。地元大阪生野区のコリアンタウンはいまや韓流ブームで若者たちで常にごった返しているが、そこに昔から住むオモニたちの悲しい過去を知るものは少ない。

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レント

4.0祖国に裏切られ続けたから

2024年11月1日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

韓国映画を観るようになってから知った''済州島4・3事件''。韓国最大のタブーをオモニの視点を通して観ると、国家に翻弄され続けた人生だったと。息子さんのこと、残念だし後悔しますよね。でも、個人ではどうすることもできないから、せめて経済的な援助するしか術がないって、凄く分かるなあ。生まれてくる場所も時代も選べませんし、辛い人生であればあるほど何かにすがりたくなる。人類は国家や宗教がないと生きられないのでしょうか?ご両親の反面教師なのかもしれませんが、監督が国家を必要としていない無政府主義者なのも理解できました。

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ミカ