モーリタニアン 黒塗りの記録のレビュー・感想・評価
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モーリタニアン人は無実か?テロ予備軍か?
2021年(イギリス)監督:ケビン・マクドナルド。
2015年。一冊の本が出版されました。
「グァンタナモ収容所 地獄からの手記」
著者は9・11の協力者を疑われたモーリタニア人のモハメドゥ・ウルド・スラヒ。
黒塗りだらけなのは、彼を救うために奔走した弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)が
請求したモハメドゥの調書が、黒く消されてほぼ読めなかった事を、皮肉ったのです。
9・11以後、キューバのアメリカ軍基地に併設されたグァンタナモ収容所。
人間の尊厳を否定する拷問が行われたことで有名ですが、幾ら政治犯でもテロ予備軍でも、
人間としての最低限の人権は守られるべきなのでは?
ましてモハメドゥは無実の可能性がとても高かったのです。
不屈の弁護士ナンシーの心血を注いだ努力。
起訴する側のスチュアート中尉(ベネディクト・カンバーバッチ)ですら、
黒塗りの調書にアメリカ政府の違法性を感じるのでした。
まあ本当に想像を絶する長さの拘束・拘禁。
水責め、3日間も寝せない、同じ無理な姿勢を6時間も続けさせる、酷い拷問でした。
その拷問を積極的に認めたラムズフェルド。
そして正義の人のような顔をしたオバマ前大統領も、同じ穴のムジナ。
この告発の映画はBBC制作のイギリス映画なのも皮肉ですね。
原作に惚れ込んだベネディクト・カンバーバッチが一番に映画化を望みました。
ただし、収容されていてその後に自由の身となった収監者の13%が、
テロ活動に戻ると言った、ショッキングなデータがあるのも事実です。
過去鑑賞
2022年 78本目
こういう政治的な話は評価すること自体難しいです。約15年に渡って冤罪で不当な扱いを受けてた人の話でいいのかな笑
しかし久しぶり(エリジウム以来?)のジョディフォスター。。口元も首回りもシワシワのおばあちゃん😅
まだ58?だけど年以上に老けた印象。
話し的には響かなかったけど、ジョディにはもっともっと出演してほしい。カンバーバッチは影薄かったなぁ
一個人を徹底的に貶める
9.11がアメリカの受け入れがたい出来事だった事は間違いない。
ただ受け入れがたい理由が立場、人種、宗教等々によって相当な違いがある。
9.11を引き起こした犯人たちを絶対に許さないと言うスタンスから、怪しいものはまとめて勾留し証言を無理矢理に引き出す。
アメリカの安全を壊したものたちに鉄槌を落とす…その為には疑わしきも罰する勢いだ。
施設内での拷問は一昔前に聞いた事があるようなやり方だったが、やはりエグい。
光の明滅や轟音で眠らせないとか、速攻で参ってしまうだろう。
黒塗りを生み出した仕組みを考えると、その内何もかもぬりつぶされそうな恐さがある。
ジョディ・フォスターとカンバーバッチの二人の役どころが与えられた立場も目的も違うが、信義に基づいて行動できるのは希望を感じられる。特にカンバーバッチ演ずるスチュワート中佐は立場上拷問を隠す側に回ってもおかしくないのに公正な立場を貫いたのは驚きだ。
しかしもっと驚いたのはスラヒだ。
長期間の勾留、拷問に耐えて無罪を訴える…。
真似できそうにない。
彼の頑張りが超人的だった事とその後の体験談を書ける所が凄い。
ある意味、アメリカの懐の深さ、過去を検証できる証拠を残せる(黒塗りでも残す)やり方は「黒塗りで残してどうする?」とは思う。
だが残す事で異様さは伝わるし、時代が変われば特定のベクトルに支配されず公正な判断でモノを見ることが出来るようになるかもしれない。
独善と化した正義は、正義と呼べるのか…?
以前、クリステン・スチュワート主演の日本未公開作『レディ・ソルジャー』でも見た。
キューバにある“グアンタナモ収容所”。
ブッシュ政権の2002年に設立され、アフガニスタン紛争やイラク戦争など、アメリカに対してテロ行為を行った首謀者やそれに関わった容疑者らを主に拘禁。
“アメリカの敵”を収容。言わば、“アメリカの正義”の実績。
しかし、その実態は…
“悪名高き”と呼ばれる同収容所。
不当な強制連行、収容、長期に渡っての拘禁。
裁判にかけられる事も無く。
収容所内で行われていた看守たちによる拷問…。
『レディ・ソルジャー』はフィクションであったが、こちらは実話。
上記の悪行が全て行われた、衝撃の…。
多くの犠牲者を出し、人類の歴史上最悪のテロの一つ、“9・11”。
首謀者はオサマ・ヴィンラディン。アルカイダ。
犠牲者たちの無念に報いる為に、この許し難い大犯罪に対するのは、至極真っ当な事だ。
テロリズムは許さない。
しかし、“正義”という行為には、光と陰がある。
やり過ぎた正義。
暴走した正義。
盲目となった正義は、止める事は不可能。
もはや独善と化した正義は、それでも正義と呼べるのか…?
モーリタニア人、モハメドゥ・ウルド・スラヒの手記に基づく。
2001年11月。彼は家族や友人らと団欒していたある晩、突如地元警察に強制連行。幾つかの収容所に拘禁された後、グアンタナモ収容所に行き着く。
裁判もナシ。罪は…?
疑いがあった。9・11テロの首謀者の一人という“疑い”が…。
4年経って、ようやく事が動く。
2005年。人権派の弁護士ナンシーは、罪状も無いまま不当に長期に渡ってグアンタナモに拘束されているスラヒの弁護を引き受ける。
一方のアメリカ政府は、何としてでもスラヒを死刑にしたい。政府からスラヒの起訴を担当された海兵隊検事のスチュアート中佐は、あのハイジャックで友人のパイロットを亡くしており、そのテロをリクルートしたのはスラヒであると聞かされる。
スラヒを巡って、弁護vs起訴。
彼は無実の人間か、テロに関わりある一人か…?
結論から言うと、9:1。いや、9.5:0.5と言う所。
テロには一切関与ナシ。が、テロに関与した人物と認識あり。
正確に調べ挙げれば、一人の人物の範囲の事など、造作も無い事だろう。
が、その時のアメリカは違った。
何が何でも首謀者や容疑者を捕らえたい。罪を罰したい。早期解決したい。
その焦りと怒りが、眼を曇らす。
本来なら単なる疑いは、証拠として通用しない。
スラヒの疑いは潔白だが、際どくもあり。テロ関与の人物との認識や、かつてアルカイダに身を置いていた事も。そのアルカイダ在籍は、共産主義との闘いの為。アメリカに刃を向ける為ではない。
しかし、こうも疑いが出始めると、偏った見方からすれば、証拠となる。
後は強引に押し進めるだけ。強大な国の圧力の前で、一人の人間など…。
供述書などでっち上げればいい。
その手段は…、言うもゾッとする。
長時間に渡っての不安定な体勢。
色気で唆す。
強烈な照明。
水責め。
大音量。
暴行。
母親も逮捕すると脅迫。
非人道的な尋問。
…いや、そうではない。
拷問。暴力。
“アメリカの正義”の為とは言え、こんな事が許されるのか。
…いや、そもそも、そこに真っ当な“正義”はあるのか…?
これを“正義”と呼べるのか…?
もし、彼が無実と確定された時、どう釈明するのだ…?
その心配はない。
不利な点は、黒く塗り潰せばいい。
全て明るみに出たって、一切他言無用。
どの国も同じ。政府のお得意常套手段。
隠蔽。知らぬ存ぜぬ。
“法廷サスペンス”のジャンルになっているが、実際法廷シーンは多くなく、弁護側、起訴側、そして当人、三者三様のドラマをスリリングかつじっくり描いたアンサンブル・ドラマになっている。
弁護側。
ナンシーと、部下のテリー。
テリーはスラヒに人間的に接するが、ナンシーはあくまで自分の“仕事”として。スラヒがテロリストの一員であろうとなかろうと、有罪であろうと無罪であろうと、政府に不当に扱われている者たちの弁護をするだけ。一切の感情も私情も挟まない。…の筈だったが、グアンタナモの実態とスラヒへの仕打ち、アメリカの“闇”を知り…。
ジョディ・フォスターのさすがの名演。シャイリーン・ウッドリーも好助演。
起訴側。
作品的には、弁護側やスラヒと対する位置。政府の手先。なので、どんなに憎々しく描かれているかと思いきや、ステレオタイプな描写に陥ってない。スチュアートにも彼なりの信念がある。非常に優秀で、クリーンでもあり、調査を続ける内に、陰部を知る。グアンタナモの拷問。自分の信じていた正義が覆った時、彼は…?
ベネディクト・カンバーバッチが巧演。
そして、スラヒ。
本作は彼の物語だ。彼の受難の一部始終だ。
拘禁期間は14年。その間に母親は亡くなり、再会は叶わなかった。
彼への仕打ち、非人道的な扱い、拷問は壮絶なもの。
あの拷問に屈し、虚偽の供述をしてしまった事もあった。人は精神的に追い詰められた時、どうしようもなくなり、仕掛けられた罠の方へ逃げてしまうという。こうして幾多の冤罪が生まれる。
苦しみ、悲しみ、焦燥、恐怖…地獄の14年。
立場や状況が危うくなる事常々だったが、アラーに誓って、自分自身の正当性を貫き通す。最後の最後まで、それを諦めなかった。
その姿を体現。タハール・ラヒムが熱演。
ドキュメンタリーや社会派作品に手腕を発揮するケヴィン・マクドナルド。
アメリカの闇をあぶり出し、訴える社会派性と、一級のエンタメ性は的確。
劇作品としては、『ラストキング・オブ・スコットランド』より見応え充分の代表作になったのではなかろうか。
正義の名の下で、こんな事があったとは…。
全く知らなかった。
当然だ。
闘った者たちが居なければ、明るみになる事はなかった。
当事者たちに敬服する。
EDで、無罪が確定しても、アメリカ政府はスラヒ氏をさらに7年も釈放しなかった事がショック。
その時、どんな思いだったろう。
とてもとても計り知れない。
晴れて釈放された時、どんな思いだったろう。
私の陳腐な文章では、スラヒ氏の心情をとてもとても表す事は出来ない。
が、これはほんの一部。
9・11テロの関与者として疑われ、不当に拘禁され、無実の声が届かず、助けの手も差し伸べられる事も無く、闇に葬られた真実もまだまだあるだろう。
これをして、アメリカの正義だなど、笑わせるな。
アメリカの闇、罪である。
世界中でも冤罪や国の不当な行為は絶えない。
スラヒ氏の実話を見ていたら、日本の袴田事件を思い出した。これもまた罪深い。日本史上最悪の冤罪事件。
全てではないかもしれない。
が、真実は知れ渡り、悪しき行為は暴かれると信じている。
必ず。
今まさに、正義と思い込み、愚かな侵略行為を晒している国がある。
いつか、気付くのだろうか。今している行為が、間違いであった、と。
自身の罪はもはや免れない。
せめて、被害国や自国の未来の為にも、これ以上罪を被せるな。さらに増して、取り返しのつかない事になる。
法律の必要性
「CIAはすでにテロ容疑者にこうした尋問を行っていたことを認め、テロに関する「唯一無二の、その他の方法では入手不可能な」情報を得るためには有用なテクニックだと主張してきた。しかし報告書を見ると、こうした手法が有効だった事例はほとんどなく、CIAは関係当局に事実を隠蔽するような報告を行っていた疑いがある。」
グアンタナモはまさに法外な拷問を行うために意図的に作られた収容所だ。グアンタナモ収容所に14年間拘束されたモーリタニア人、モハメドゥ・スラヒ。そのうち2年間は過酷な拷問の連続で死にかけていたという。2年間にわたって壮絶な拷問を繰り返されたら...正常な状態ではなくなってしまうことは容易に想像ができる。そこまでして自白強要することになんの意味があるのか。大昔の出来事のように感じるが2015年にようやく祖国に帰れたというから驚きだ。
「私はアメリカは正義の国だと信じていた。まさか裁判もなく8年も拘留されるとは思わなかった。
アメリカが私を恐怖で支配するだなんて。やってもいない罪でせめられ続けた。だが許そうと思う。許したい。それが私の神アラーの思し召しだから」
悲惨な経験をしたとは思うが最後は祖国に帰る事ができた。立場によって人間は何かの役割を担っているが、どんな状況に置かれても自分の正義を貫いて生きる事は短命になりそうでいて、実は生き延びる秘訣なのかもしれない。
法治国家のアメリカ🗽が…
法治国家の先進国のアメリカ🗽がこれでは…。日本もそうだが、世論を気にしすぎでは…。日本では証拠があっても、裁判官の意見、考え方で曲げられる。(心証の問題と言われる)法律とはなんなのかを、考えさせられる内容でした‼️
祈りのことば
ジョディーフォスター演じるきれいごとじゃない人権派弁護士がかっこいい。特に背景は描かれないけど、いろんなものを見てきすぎて、依頼人を見なくなっている姿が伝わる。凄惨な拷問を知って思わずそばに駆けつける転換も良かった。
プロボノ案件は口を出さないでってぴしゃりと言ったり、機密情報に電話一本で確認入れたり。今までの彼女の歩みが透けて見える。
でっち上げの犯人にするには賢すぎたんだろうし、彼自身は西側の理念を体現している。検察側もあんな真面目で信念のある人を任命したのが彼らにとっては失敗だった。
一方でもしかしたらそれほど賢くなく、運にも恵まれず有罪になってしまうケースもあるんだろうなあ。それにしてもグァンタナモの有罪率は低すぎる。あのアメリカの熱狂がそうさせたんだろうか。
実際のムハンマドゥが明るい。あの明るさが生き延びる秘訣なのか。マルセイユは生きられなかった。
ムハンマドゥの祈りの言葉が美しかった。証人喚問の演説も素晴らしい。
アメリカでも黒塗りにするのねー。
よく耐え抜きました! 再送信
前のアカウントが不明となったので、履歴管理のため、再レビューしました。
1 9.11同時多発テロが生み出した狂った正義感。それに巻き込まれた若者の姿と彼を巡る人々の動きを通して、アメリカの消えざる汚点を描いた社会派サスペンス。
2 テロがあった直後、ブッシュ大統領は、この責任は必ず取らせると国民に誓いを立て、テロの首謀者や大量破壊兵器を巡り、狂ったようにアフガンやイラクを攻撃。同時に、テロの関係者とされた多くの人々を拘束し裁きを受けさせようとした。主人公もその中の一人。
3 映画は若者、弁護士、起訴チ−ム責任者の 動きを散りばめながら展開していくが、次第にアメリカが彼に何をしてきたかが明るみとなる。真実が全て暴き出されたと思った瞬間、さらなる恐怖と狂気の事実が告げられる。
4 この映画には国の犯罪を暴く生真面目さがある。そして、主人公を巡る弁護士と起訴チ−ムと機密の壁がせめぎ合う知的面白さもある。何より、国家権力に対する主人公の揺れる心の動きやへこたれない姿を真芯にした構成。そこらへんのバランスが良かった。
5 ジョディ・フォスターとカンバ-バッチは脇に回ったが、狂気の時代の中で、流れに棹さす良心を体現し、好演。主人公は強靭で折れない心と寛容な精神を持った本人を再現して魅力的であった。
6 最後、主人公が自由となった後の映像が紹介されたが、笑顔と伸びやかな姿に安堵を覚えた。
キューバしのぎ
中国やロシアの言論弾圧、不当逮捕などが問題になっているが、“民主主義”同盟を標榜している国がこんなことをやっていては、何をか言わんやである。そもそもアメリカの司法が及ばないグアンタナモ収容所というのは、一体全体何なのか。友好国でもない他国にそんな基地を置いていること自体がおかしな話だ。
同時多発テロは唾棄すべき暴虐だが、その復讐のためにアメリカが引き起こした行動の結果はその何十倍もの犠牲者を出している。そのあたりはアメリカンインディアンに対する騎兵隊のやり方と変わらない気がする。
映画としては、ようやく裁判にこぎつけたところで、検察と弁護側の攻防が描かれなかったのが物足りなかった。交替した検察官がどのような主張をし、弁護人がどう論駁をしたのか。そのあたりがミソのはずなのだが。
この映画を見た範囲で言うと、理不尽な拘禁と拷問は当然非難されるべきだが、テロ実行犯のリクルーターという容疑については不透明にも思えた(むろん疑わしきは罰せずなので、釈放は正当だが)。最後のシーンは「真実の行方」のエドワード・ノートンがちょっと脳裏をよぎった。
それにしても、収監中の容疑者に提供する推理小説の最後の方のページだけ切り取っておくとか、やることが大人気ないし性根が腐っている。
社会派作品だが非常に観やすい良作
予告編観て面白そうだったのと、非常に評価が高かったので鑑賞しました。ストーリーに関する事前知識はほとんどありません。
結論ですが、予告編で感じた社会派で難しそうなイメージとは裏腹に、意外にも難解なシーンなどは少なく、しっかり内容が嚙み砕かれた分かりやすい内容になっていたと思います。だからといって内容が薄くなっているわけではなく、しっかり密度が濃くて見どころも多い。「ベネディクト・カンバーバッチが敵役を演じる」と公開前のニュースになっているのを観ましたが、あんまり「敵」って感じじゃなかったですね。鑑賞前はジョディ・フォスターとベネディクト・カンバーバッチの戦いになるかと思っていましたが、実際はジョディ&ベネディクト VS アメリカ政府やCIA っていう構図でしたね。「『フォードVSフェラーリ』なのにフェラーリが敵じゃないじゃん」ってのと同じ印象。
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モーリタニア出身のモハメドゥ(タハール・ラヒム)は、アメリカ同時多発テロのリクルーターの容疑をかけられて拘束されてしまう。証拠が何一つない状態で起訴をされることもなく、拷問と虐待が横行する過酷な環境であるキューバのグアンタナモ収容所に収容されていた。この拘束を不当であるとするアメリカの人権派弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)とテリー・ダンカン(シャイリーン・ウッドリー)が彼の弁護人として調査に乗り出す。時を同じくして軍の弁護士であるスチュアート・カウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)は、上層部からの指示でモハメドゥを死刑にするための起訴の準備を始めるのだった。
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アメリカってテロに対する憎しみや警戒心が日本人とは比べ物にならないくらいに大きいと思っています。私が最近観た『パトリオット・デイ』っていう映画も2013年に実際に発生した爆破テロをモチーフにした映画でしたけど、テロに対する憎しみの籠った描写がめちゃくちゃ多かったんですよ。だからこそ、史上最悪のテロ事件であるアメリカ同時多発テロに対して「一刻も早く首謀者を特定して電気椅子送りにしてやる」と思ってしまうアメリカ政府やアメリカ国民の心情は理解できますが、ここまで来てしまうと集団ヒステリーというかセイラム魔女裁判というか。ただ、当時は一刻も早く犯人を見つけることこそが正義であって、手段はどうでも良かったんでしょう。同時多発テロから20年が経過し、ビンラディンが死去から10年が経過し、情勢が安定した今になって振り返っているからこそ、「あの時は異常だった」と感じられるんだと思います。
この恐ろしい物語が実話に基づいているというのが驚きです。
映画のラストに実際のモハメドゥやナンシーについて描かれていることで「この話は実話だったんだ」ということが明確になっています。先述の『パトリオット・デイ』も同じような演出していました。色んな方のレビューを見ると『パトリオット・デイ』のラストの当事者へのインタビューシーンは結構不評だったように感じますが、本作のレビューを見る限りはあんまり批判的な人は見受けられませんね。同じようなシーンに見えるんですけど何でここまで評価が違うんだろう。不思議です。
映画的に素晴らしい演出があちこちに見られ、特に最後にテロップで裁判に勝利した後のモハメドゥとナンシーについて淡々と説明される演出は痺れました。裁判に勝って大喜びしているモハメドゥの映像が突然ブラックアウトしたと思ったらテロップで「勝訴後も7年間拘束され続けた」という説明がなされる。私の後ろの席で鑑賞していた女性が「えっ!?」って素で声を出してしまうくらいには唐突かつショッキングな演出ですね。素晴らしかった。
難しい内容ではありますが、かなり分かりやすく描写されている映画ですので、事前知識が無くても内容を理解して楽しむことができる映画だと思いましたね。また、「大きな事件や災害が起こると世論が過激化する」というのは東日本大震災や現在のコロナ情勢で我々日本人も痛感していることですので、まるで自分事のようにこの映画を観ることができました。
多くの人に観てほしい素晴らしい映画です。オススメです!!!
素晴らしい映画、、、
悪名高く恐しいグアンタナモ刑務所での衝撃的な長期不当勾留、虐待的尋問が冷徹に描かれています。困難でもスジを通す人たちの闘いの話です。
まず感じたのは全編を通じて落ち着いたカメラワーク、発色。薄暗いシーンでも見せるものははっきり見え、うるさいシーンや小声でも役者さんのセリフが自然に全部ちゃんと聞こえます。なぜこう言った基本的なことが今の邦画ではほぼ出来ていないのか不思議ですが、本作では当然のように安心して観られます。
また、ほぼダブル主演といえるタハール・ラヒムもJ・フォスター共に手堅くうまいですし、暴力やセンセーショナルなシーンを過多にせず、底知れず重厚で冷たく硬いが同時にとても重層的なアメリカの軍と法を淡々と描写しつつも観客が退屈に感じる前に次のシーンに手早く繋いでいます。近年大活躍のカンバーバッチの大立ち回りに期待する向きには少々残念かもしれませんが、その彼の役柄も全体の”アメリカ的な物事・アメリカに生きる人”という流れに沿っています。
でも‥ やっぱりこういう映画は政治的になってしまうのですね。若干ですがそれを感じてから、シーンやストーリー展開の政治的性有無を脳内で一々確認して客観視に務めてしまったので(結局大して気にすべきほどでありませんでしたが)、今一つ物語に入り込めませんでした。映画よ、ごめん。
ただ偏見ついでに言うと、上映の劇場内も日々日本の社会・政治悪を憂いておられそうな深いイイ感じの中高年の方が多かったように見受け、終映後みなさん深刻な面持ちで席をたってました。
小ネタ的に面白かったのは、「暴行犯の弁護をしたら私もレイプ魔に見られるのか。殺人犯の弁護についたら私も人殺しか。普通はそう見られないのに、テロ容疑者の弁護をするとテロ支持者と言われてしまう。これはおかしい」のくだり。私もそんな風な見方をしてました、反省です。
エンドロールで流れる本人の笑顔、、、、
ノンフィクションとあってか、ストーリーに派手な演出等はなく淡々と進んでいく。寧ろ、アレ?思ったより穏やかな感じだな、と。
しかし後半からいきなりエグい尋問や暴行が明らかになっていき、あー、、あぁぁぁ、、、急に胸が抉られる。
最後、ご本人が笑顔で歌うシーンが一番胸を打った。
あれ程に人間を全否定する暴行を受けた者が、なぜ今あんなに笑顔でいられるのか。。。
彼らを許す、という法廷での彼の言葉が、見終わった後もずっと頭の中に残った。
生き抜いてくれて、よかった
過酷な状況。
人はどうしたら、こんな状況でも生き抜けるのか。
信仰なのだろうか。
どんなに腐った権力の組織のなかにも、まっとうな心を持った人がいる。
それが、何かを動かすこともある。
オバマはなぜ、動かなかった?
私たちが知っているオバマは、偶像なのか?
生きていてくれて、本当によかった。
無実を諦めないでくれて。
あなたを一人にしたくなかった。
心に刺さる言葉だったに違いない。
ジョディ・フォスター、デビューから見てきた身としては、感慨深い!
いい女優だなぁ~やっぱり。
変わらず凛としてる。
日本語版は、出版されてないのかな?
愛すべき容疑者
9.11のテロ事件の首謀者として収容所に監禁されたモハメドゥを救おうとする弁護士とそのモハメドゥの死刑起訴を任された海軍の男と、モハメドゥの監禁された様子を描く映画。
ポスターからするに背筋を伸ばして見るようなアメリカの政治・歴史ものかと思いきや、モハメドゥの収容所での描写と事件の捜査をする描写が交互に繰り返される。収容所のシーンではスクリーン比率が狭まって、画質も古いヨーロッパ映画の雰囲気。
9.11周りの映画は沢山見たけど新聞記者の取材中心だったり、軍や司法関係者のお堅い会話劇で進んでいくのが多かった印象。今作はそれと反対に、むしろモハメドゥ自身の人柄をちゃんと描いてムハメドゥと一緒に収容所を体感させることで観客に訴えてる。
弁護士との初面会シーンで示されるようにユーモアを上手く使えるモハメドゥは、収容所内でも少しほっこりする箇所が沢山。徐々に英語を覚えていくものの兵士の言葉から学んでるから最初らへんの言葉遣いが最悪なシーンとか、収容所内で仲良くなる隣の男との会話や、徐々に監視員と仲良くなってたり、この男を愛さずにはいられない。
その後に拷問のシーンで、音と光で観客も同じように拷問を体感させられるので、映画の語り口を上手く使っててすごく良かった。
9.11周りでアメリカに問題が多いことは事実だけど、「不当に容疑者(あるいは疑わしき人物)を長期間勾留する」って日本もやってたよねカルロス・ゴーンの時に。ゴーンが本当に不当に資金を使っていたかどうかは分からないけれど、108日も容疑だけで拘留してたのは今作と同じこと。
同じことをしていてもアメリカには元大統領の実名や写真を出せる映画を作れる文化がある。権力に背き退任した人を賞賛する記事を出す新聞社がある。日本はどうでしょうか。
人権は守られるべきだ。この映画見なくとも。
先ず、9.11同時多発テロは、紛れもなく、アメリカに対する侵略行為です。犯罪です。
では、この映画の主人公は、誰の為に、なんの為に、グアンタナモ収容所で、戦っていたのでしょう?
普通の冤罪事件とは違うと思った方が無難です。また、何を根拠に、アメリカ合衆国、アメリカ軍は、この主人公の有罪無罪にこだわったのでしょうか。
その間に、真相が闇に葬られてしまっただけのような気がします。
同じテロでも、独立闘争や解放闘争とは、全く違うと思うべきです。そういった大義名分が無く、何の為にアルカイダは戦死(?)したのでしょうか?この映画を見て、10年経っても何一つ変わっていないと思いました。
アルカイダやイスラム国って、アメリカ人に対してのヒール役者なのではと思いました。日本にとっては、朝鮮民主主義人民共和国がそれですね。
この映画、まるで、安っぽいプロレス興行を見ているようかなぁ。
法の支配
9.11テロに関係した容疑でキューバにあるグアンタナモ米軍基地内の施設に拘留されたモーリタニア人の実話。
米国は法令を遵守しながら現代の戦争を闘うことには長けていると思うが、国家が「法を適用しない」と決めたときに、組織としてここまでシステマティックに無法を遂行できるかを見て恐ろしくなった。そして弁護士や軍の法務官が違法性を訴えてもテロリスト、裏切り者と非難され、愛国心や復讐心、組織防衛が優先されること、それでも法の支配と法による正義の追求を信じる人々がいるということ(米国人だけでなく被告もそうだ)を主張しているのだなと感じた。
そのプロセスには時間と手間がかかり、時に救済が間に合わず苛立ちや絶望がつのるとしても、そう考えて行動することが社会をマシにすると信じたい。
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