SLEEP マックス・リヒターからの招待状 : 映画評論・批評
2021年3月16日更新
2021年3月26日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋⾕、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
寝てもOK、起きて鑑賞するもOK、睡眠セラピーのような映画体験
この映画を見てからというもの、私は寝室で、毎日マックス・リヒターの音楽を聞きながら眠る習慣になりました。本当にぐっすり眠れるんですよ。個人的に、2021年1Q(1月〜3月)のベストフィルムです。
映画の冒頭、ロサンゼルスの市庁舎が夜景に浮かび上がっています。市庁舎のふもとに広がる公園に並べられているのは、夥しい数のベッド。観客がひとり、またひとりと現れてベッドに横たわります。彼らはベッドでコンサートを鑑賞するのです。寝ながら聞くコンサート。
演奏される楽曲は「SLEEP」。音楽家マックス・リヒターが作曲した8時間の子守歌です。聴衆は、もちろん寝るもよし、静かに聞くもよし、周囲をうろうろしても問題ありません。しかしこれ、ちょっと考えると、とんでもないイベントだということに気づきます。
だって、作曲家とか演奏家がコンサートを行うってことは、演奏を聴衆に聞いて欲しいわけですよね。だけど彼らは、聴衆に安眠を提供するために演奏を行うのです。リヒター本人は静かにピアノを弾き、ストリングスはゆっくりと静かに低音を奏でる。「情熱大陸」の葉加瀬太郎のヴァイオリンとは180度逆の、抑えた弾き方をひたすら続けるわけで、相当の肉体的な負担を伴うことは想像に難くありません。演奏者は交替で休憩を取ってはいるものの、深夜から早朝まで8時間も演奏を続けるのです。
マックス・リヒターは「普通は演奏を聞いてもらい、主題を伝えようとする。だけど『SLEEP』は、寝ている人たちが主題なんだ」と。凄い発想です。カテゴリー的には現代音楽の部類ですが、私たちが若いころの現代音楽は「ギギギー」とか「ガラガラゴローン」といった、癇にさわるような前衛音楽が主流でした。しかし、今どきの現代音楽はマインドフルネスに満ちている。
実はマックス・リヒターは、映画音楽も作っています。「戦場でワルツを」や「アド・アストラ」など、スコアを担当した映画もいくつかありますが、個人的には「メッセージ」のオープニングとエンディングに使われた音楽が印象的でした(「メッセージ」のスコア自体はヨハン・ヨハンソン)。
これは「On The Nature Of Daylight」という曲で、映画のために書き下ろされたのではなく「Blue Notebook」というアルバムに収録された楽曲ですが、「メッセージ」では非常にうまく使われていました。見る者のエモーションをかき立てるんです。
本作「SLEEP」では、シドニーのオペラハウスや、アントワープの聖母大聖堂といった世界の名所で行われた「SLEEP」の公演の模様が紹介され、夜が明けた早朝のロサンゼルスにおけるフィナーレで終了します。女性ヴォーカルによる神々しい独唱で目覚めを迎えた観客(爆睡を続けている人も大勢いる)が、スタンディングオベーションを贈るシーンで、オンライン試写で見ていた私も、ひとりで立ち上がって拍手をしていました。マックス・リヒター、最高かよ。
この人、ドイツ系イギリス人なんですが、13歳でクラフトワークの「アウトバーン」を聞いて「雷に撃たれたような衝撃を受けた」って告白を聞いて、ますます大好きになりました。
【本作は、シネマ映画.comで配信中です!】
(駒井尚文)