浜の朝日の嘘つきどもと : インタビュー
高畑充希×大久保佳代子が伝えたい、タナダユキ監督へのメッセージ
タナダユキ監督が高畑充希を主演に迎え、福島・南相馬で撮影した映画「浜の朝日の嘘つきどもと」は、優しさで溢れている。2020年7~8月に同所で撮影に臨み、100年間にわたり愛されてきた映画館とそこに関わる人々の思いを汲み取った高畑、共演の大久保佳代子から話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)
福島中央テレビ開局50周年記念作品として製作された今作は、南相馬に実在する映画館・朝日座を舞台に、茂木莉子と名乗る女性(高畑)が地元で100年愛された映画館存続のために奔走する姿を描いた、タナダ監督のオリジナル脚本作。コロナ禍での製作となったことからも現代の世相が滲み出ているが、震災後の風評被害などに負けずに生きてきた福島の人々に対し、さらに映画を生業にする全ての人々に対し、さりげないギフトのようなセリフがちりばめられている。
そして、実に多くの作品タイトルが登場する。「青空娘」「東への道」「喜劇 女の泣きどころ」「トト・ザ・ヒーロー」、さらにタナダ監督が主演している杉作J太郎監督作「怪奇!!幽霊スナック殴り込み!」の名も……。タナダ監督がひとつひとつこだわり抜いたもので、「青空娘」に関してはタナダ監督が権利元へ長文の手紙を送り、使用許諾を得たという。
本編で、高畑は経営が傾いた朝日座を立て直そうと東京からやって来る莉子、大久保は高校時代の恩師で、朝日座存続の夢を莉子に託す田中茉莉子に扮している。劇中では高畑と大久保、高畑と柳家喬太郎(朝日座の支配人・森田保造役)のトーンの異なる軽妙な会話の応酬が実に小気味いい。高畑と大久保にとって、これまでに節目で見続けてきた作品を思い浮かべたとき、どのようなものが挙げられるだろうか。
大久保「わたしは『家族ゲーム』(森田芳光監督)かなあ。絶対的に面白いと思っていて、観るものがないなあ…という時に選んだりもするので、回数でいったら一番見ているかもしれませんね。あの独特の雰囲気、会話のやり取り、由紀さおりさんの返しとかが大好き」
高畑「わたしは重たい映画が好きなんですね。ひとりで映画館へ行って、“食らって”帰るのが好き。好きだなって思った映画って、意外と何度も観ないんですよ。“食らう”から(笑)。街の風景が見えないくらいの気持ちを抱えたまま、歩いて帰るのが好きなんですよね。でも、違うベクトルで何度も観てしまうのは『バトル・ロワイアル』(深作欣二監督)。あれは、食らい方が違います。画として、これが公開された凄さというか……、ああいうショッキングな作品はあまり見ないのですが、なぜか引き付けられちゃうんですよね」
大久保「あと、テレビ東京で昼間に『アナコンダ』(ルイス・ロッサ監督)が放送されているじゃないですか。あれ、観ちゃうのよねえ(笑)。あれも画、なのかなあ。あの衝撃の画が観たいんだろうなあ」
「それ、分かります!」と大笑いする高畑と、淡々としながらも耳に優しい語り口調の大久保のやり取りは、いつまでも聞いていたくなる。劇中では高校の先生という役どころを得た大久保。さすがに一筋縄ではいかない少々クセのある教師役に息吹を注いでみせた。筆者も未だに近況報告をする母校の恩師が何人かいるが、ふたりにとって忘れられない“先生”の記憶があるのか聞いてみた。
高畑「通っていた学校がすごく進学校で、偏差値至上主義だったんです。そんな環境のなかで芸能を目指していた私は結構異質で(笑)。大きなオーディションを受けることになったんですが、東京へ行く必要があって……、ただ周囲の常識では『オーディションで学校を休むなんて有り得ない』という風潮だったこともあり、学校を休ませてくださいと言うべきか悩んでいたんです。そうしたら、当時の担任の先生が『そんなの絶対に行くべきでしょう。こんなチャンス、めったにないんだから』って言ってくれて。そのオーディションに受かって、この仕事をさせてもらっているわけですから本当にありがたかったなって思いますね」
大久保「学校の先生に関しては、いい思い出があまりないんですよねえ。でもちょっと前、NHK Eテレで百人一首の番組(趣味どきっ!『恋する百人一首』)に出演したのですが、ご一緒した先生(山口仲美さん)とは未だに交流があるんですよ。お食事に行ったこともありますし、何かあると『あの番組見たわよ、大久保ちゃん良かったね』と連絡をくれて。うちの母親くらいの年代の方と繋がるって珍しいんですが、すごく目をかけてくれて有難い存在なんですよね」
撮影で実際に使われた朝日座は、映画館として常時稼働しているわけではないそうだが、地元の「朝日座を楽しむ会」が折に触れて企画上映を開催しているという。そして、映画の上映がない日は近所の人々の憩いの場になっている。筆者は昨年、緊急事態宣言が発出され休業を余儀なくされた劇場の支配人たちの声を取材したが、その中であるスタッフが常連客から言われて嬉しかったひと言を教えてくれた。「人は、映画を観に映画館へ行く。でも俺は、映画館へ行くために映画を観る。そういう客がいてもいいだろう?」。
今作でも、忘れることが出来ないセリフ、映画業界で働く人の心に響くセリフが用意されている。「みんな、映画館がいつでもあると思っているから大事にしないんだ。どこもそう。解体するとなってから惜しまれてもねえ」「人と一緒だよね。好きな人にいつでも会えるわけじゃない。いついなくなるかもしれないのにねえ」「良い映画界にしていくしかないよね。まあ、たまには失敗もするだろうけど」……。ふたりにとって映画館の原体験とは? 居心地の良い映画館って? と話を振ってみたところ、大いに盛り上がった。
大久保「出身が愛知県の小さな街だったから、隣の豊橋市にある映画館へ中学生の頃に女の子4人くらいで電車に乗って行って、なぜか伊丹十三監督の『お葬式』を見たんです。いま見ても面白いんですが、林の中でものすごい濡れ場(侘助と良子の)があるんですよ。それを女子4人で見て、『ああああ』と思ったのは覚えています。その濡れ場で青いパンティが転がっているんですが、その青色が原体験です(笑)。暗闇だから黙って見るしかないんだけど、『早く時間過ぎないかな』と思いながらもしっかり脳裏に焼き付いている体験は、これが最初じゃなかったかなあ」
高畑「私は、隣の駅の映画館に家族で『名探偵コナン』とかを観に行ったりして、普通ですよ。割と舞台を見る家庭だったんです。でも、たまに行く映画館でポップコーンを買って、キャラメルの多いところだけを選んで食べていたのは覚えています。映画は大人になってからの方が観るようになりましたね。そういえば先日、ミュージカル(『ウェイトレス』)の福岡公演中に時間が出来たので、『ミナリ』を福岡中州大洋映画劇場で観たのですが、ここは映画館へ行くための映画館だと思いました」
高畑は、以前からタナダ監督作のファンだったことを5月に行われた完成報告イベントで明かしており、今作で念願がかなったことになる。前述のセリフからも見て取れるように、タナダ監督だからこそ書き得た脚本、受け入れられた演出は間違いなくあったはずだ。最後に、いまタナダ監督に最も伝えたいことを、ふたりに考えてもらった。
大久保「私にとって、女性の監督って初めてだったんですよ。現場はスムーズで朗らか、それでいて心配りというかケアが行き届いているんですよ。『茉莉子先生、いまの良かった』って、ポソッと言ってくれることがあるんだけど、それで『この人のために頑張ろう』って思えるんですよね。その辺の匙加減が絶妙。だからといって、ベッタリでもないんです。『なんとか良い作品になればいいな』と思い続けながら、気持ち良く演じさせてもらいました」
高畑「監督とは撮影後も交流が続いていて、先日は舞台を観に来てくれたんですね。監督にすごく刺さったみたいで、『もう1回観に行っていいですか?』って連絡をくれて……。2回とも凄い長文の感想文をくれるんです。恥ずかしいくらい褒めてくれたり、作品を俯瞰して観て感じたことも言ってくれて、さらに色々な人に布教もしてくださる。現場ではスパッとしているし、良い感じにドライな部分もあるのですが、突然マグマのように爆発する熱さもあって好き。そういう細かい好きを共有できた瞬間が嬉しいから、これからも共有を続けていきたいですね」