ゾッキ : インタビュー
竹中直人×山田孝之×齊藤工、それぞれの瞳に映った“監督としての姿”「同じチームという点が頼もしい」
今日も地球は「秘密と嘘」で回っている――漫画家・大橋裕之氏が生み出した“唯一無二の世界”が、スクリーンへと放たれようとしている。初期作品集「ゾッキA」「ゾッキB」を基にした映画「ゾッキ」は、3つの“異能”の化学反応によって完成した。竹中直人、山田孝之、齊藤工による“監督3人体制”で誕生した本作では、カテゴライズ不能の映画体験に身を委ねることになるだろう。
「ゾッキA」「ゾッキB」に収録された珠玉の作品群からピックアップし、1本の長編映画としてまとめ上げた監督陣。そうして完成した作品は……確かにジャンル分けは不可能だ。至上の愛、面白みに溢れた人間模様。時にシュールで、時にリリカル。不可思議な笑いと多幸感が滲みだす。よくわからないけど、なんかいい――という言葉が最適解なのである。
吉岡里帆、鈴木福、満島真之介、柳ゆり菜、南沙良、安藤政信、ピエール瀧、森優作、九条ジョー(コウテイ)、木竜麻生、倖田來未、竹原ピストル、潤浩、松井玲奈、渡辺佑太朗、石坂浩二、松田龍平、國村隼といった豪華キャストが集い、ついに実現した「大橋裕之ワールドの実写映画化」。映画.comでは、2020年2月に撮影現場に密着。そこから約1年の月日を経て、再び監督陣に話を聞くことができた。完成した作品を前に、3人は何を感じているのだろうか。(取材・文/編集部、写真/朱恒斌)
――改めて、今回の「ゾッキ」は、どのような現場になりましたか?
竹中 これはお世辞ではなく、蒲郡という場所をロケ地として選べたのが本当に良かったです。街の人たちも協力的で、天候にも恵まれて撮影は穏やかに進んでいきました。撮影を終え蒲郡を去るのが、とてもせつなかったです。
齊藤 僕自身の役割としては“中継ぎ”的なところがあるなと思っていたんです。でも、大橋さんの作品自体“中継ぎ”の連続のような――四番打者が不在のような感じが良いなと思っていたんです。バトンをしっかりと受け取って……というよりは、世界観の共有を楽しみながら作っていました。九条ジョーさんと森優作さんが作られた伴と牧田の姿は、レンズ越しじゃなくても、ずっと見ていたいなと思えるほど。2人が出会うきっかけになれたのであれば、僕は正しい現場を作れたんじゃないか――2人のクランクアップに立ち合った際、そう思いましたね。
――東京国際映画祭上映の際には、森さんのことを「地に足がついていて、そこに日常を生み出せる役者」と評されてましたよね。
齊藤 (「伴くん」では)森さんが鍵となるキャッチャーなんです。一緒の現場になることがよくあったんですが、スタッフさんにたまに存在を忘れられるんです。それがもう最高だなと。現場に役者として参加していると、わりと背伸びをしてしまいがちなんです。でも、森さんはきちんと地に足のついた状態でいる。“場に馴染む”という究極の奥義を身につけた男なんです。
竹中&山田 笑
――山田監督はどうでしたか? 本作は、初めて映画監督として参加された作品になりました。
山田 いつも「幸せだなぁ」と思っていましたね。皆さんがお芝居をしている様子を、最前列で見ることができる。とにかく、それが幸せでした。松田龍平に関しては「ずっと見ていたい」と思ったほど。こちらがNGを出せば、何回でもやってくれるんですけど……芝居が良いからほとんどOKしか出なかった(笑)。
――プロデューサーという立場に視点を移すと「現場を守る」という姿勢を貫いていたと思います。例えば、睡眠時間を守るために「予定のシーンの撮影が終われば、次の撮影まで8時間の間隔を空ける」。齊藤監督の提案を受け、託児所も設けられました。
山田 それがどんどん当たり前になっていくと思っていますけどね。まだ“なっていない”という事実が、僕はマズイと考えています。
――ポスプロ作業はいかがでしたか?
山田 それぞれ、自分のパートに臨んだ形ですね。編集を担当されるのは、同じ方でしたから。
竹中 自分は、昔から「このアングルで撮る」と決めたら、余分なカットは撮らないです。その一瞬を撮りたいから。編集用の素材撮りは一切しないのでそのまま繋いでいきます。でも、もうデジタルの世界で手作業じゃないんですよね。僕はフィルムの時代に生きてきたからパソコンでさっさっと出来てしまう事に、まだ驚いてます。35ミリフィルムを切って貼り合わせていましたからね。「ある時代は変終わったんだな」としみじみ思いました。やっぱり編集作業は面白い。カットをほんの少し入れ替えただけで印象が変わりますからね。
山田 それぞれの間(ま)があるなと思いました。竹中さんのパートを見ていても、次のカットに移るタイミングに注目していたんですが、予想が外れる。そして「おー、ここでいくのか」となるんです。「この一瞬の間(ま)を見せたかったのかな?」とか、勝手に想像してました。
――では、それぞれのパートについてのご感想もお聞かせください。
竹中 いやぁ、面白かったです。それぞれが全然違いますしね。もちろん、映画として1本に繋がってしまえば、初めて観る人には、誰がどのパートを監督したのかはわからないと思います。それぞれの“眼差しの違い”という点が、何度見ても楽しいのではないかなって思います。山田組では俳優が孝之を信頼しているのが伝わってきます。誰もが力の抜けた素敵な演技でした。しかし龍平が出てくると「うわ、映画だな」と思っちゃう。龍平のあの空気感……たまらなかったです。龍平の持つ確固たる映画俳優……って強さかな。
齊藤 確かに。
竹中 そんな強さが、常にスクリーンから放たれていますね。藤村が自転車に乗っているシーンですが、龍平がただ自転車で走っているだけなのに長回しでがっつり見せるあの凄さ……。孝之は、よく龍平をキャスティングしたなと思いました。あと、ピエール(瀧)の登場シーンの素晴らしさ!
山田 (笑)。あ、思い出しました! 僕、あそこでNG出したんですよ。「ここはさっと登場してください」と伝えたんですけど、瀧さん、ちょっと欲張ったんです。「そこは欲張らないでください」と言いました(笑)。
一同 爆笑
竹中 ピエールが本当に素晴らしいです。食べ物を口に運ぶだけなのにとてもドラマティックでした。嫉妬してしまいました。でも、同じ映画を作っている仲間だからね。これが孝之単独で作った映画だったら「ふざけんなよ」と思っちゃいます(笑)。
――齊藤監督のパートについてはどうでしょうか?
竹中 「伴くん」を見ると、丁寧というか……演出の細やかさが際立ちますよね。見事なんです。色んな意味で驚いちゃいました。ひとつひとつのフレームの作り方も「うわー、細かいなぁ」って。でも、工も仲間なので……嫉妬はしません。「ゾッキ」は、僕の映画でもあるからね。でも工の単独監督作品だったらやっぱり「ふざけんなよ」って思っちゃう(笑)。
齊藤 今、竹中さんが仰ったように「嫉妬する対象ではない“同じチーム”の作品」という点が頼もしかったですね。竹中組&山田組のキャストは、僕には演出できなかったであろう方々なんですよ。僕には、九条さんくらいがちょうどいい。
一同 爆笑
齊藤 僕のキャパを超えてしまうので、背負いきれないんです。僕にとって、竹原(ピストル)さん、松田(龍平)さんは、眺めてしまう対象ですから。衣装の違いも面白かったですね。僕のパートは、どちらかと言えば「Winter Love」に近い。服の皺、配色も含めて、リアルな方面に寄っている。でも「父」における竹中組の配色というのは、竹中さんだからこそ辿り着き、成し得たものなんです。「伴くん」の世界には、倖田來未さんは存在できない。でも、竹中さんのフィールドであれば、成立して“生きる”。竹中組のレンジの広さ、そして的確さは見事でした。御二方とも、本当に明確なビジョンがあったと思います。“心の絵コンテ”が明瞭で「これが欲しい」というものがきちんと見えている。だからこそ、スタッフも、キャストも(完成へと)向かいやすい。僕の場合、そのビジョンがお腹を下している時のような感じです。
竹中&山田 笑
齊藤 僕は、現場でも悩み続けて、ポスプロでもウジウジしているんです。山田監督の現場で注目したのは「これが欲しい」という意識における点の決め方。原作にはないのに、山田監督の中にある“大橋裕之的なもの”が生まれる瞬間を見ることできたんです。例えば、カップラーメン。これは実際に陳列され、日焼けしているものを使用されています。実際に、そこにあったもので味をつけていったんです。道先案内人のビジョンが明確だと、その船はきちんと進んでいきます。
――原作漫画及び、大橋作品は最少の線で構成されている点が特徴的です。そこから明確なビジョンを作り上げるのは、なかなか難しいことのように思えます。
齊藤 (原作を)絵コンテにしてしまうか、概念とするか――その線引きは三者三様でしたね。御二方は原作に頼り切らず、自らの世界というものがあった。そこが凄いなと思いました。
――山田監督は、竹中組、齊藤組を目の当たりにしていかがだったでしょうか?
山田 常に学びでした。スタッフ、キャストとのコミュニケーションの取り方はもちろんですが、描き方という点についてもです。この脚本からこんな風にくみ取っていくのかと。編集も、キャスティングに関しても同様です。僕は原作を読んでストレートに臨んだつもりなんです。だからこそ、それぞれの作品作りを見て「こんなにも広げる余白というものがあるのか」と感じました。
――撮影現場では「(作品を)アジアまでもっていきたい」と仰られていました。“世界進出”という観点ではどうお考えでしょうか?
山田 「ONE PIECE」「ドラゴンボール」「NARUTO」は世界にいっていますよね。「ゾッキ」については、日本でも原作者の出身地・蒲郡を知らない人がいます。多分、他の国に持っていったら、認知度はゼロだと思うんです。我々が抱く『大橋裕之は、天才だ』という感覚を、他国の方々が見たらどうなるのか――それがとても気になりますよね。
――齊藤監督は「フードロア Life in a Box」(HBOアジア制作)にも参加されていました。アジアにも活動領域を広げていく点に関しては意識されていますか?
齊藤 最近、WOWOW開局30周年番組のMCをやらせてもらったんですが、そこで映画の特集をプレゼンするというコーナーがありました。紹介したのは、世界への切符となった巨匠たちの代表作というもの。ホップ・ステップ・ジャンプにおける「ホップ」の作品をまとめたんです。「その男、凶暴につき」(北野武監督)、「鉄男」(塚本晋也監督)、「萌の朱雀」(河瀬直美監督)。こういう作品を並べてみると「世界はこれで注目した」というものの輪郭が見えるんじゃないかと思ったんです。共通していたのは、どの作品も工夫を凝らして、自分の半径で映画を作っていたということでした。日本に入ってくる映画にも言えることかもしれません。例えば、「別離」のアスガー・ファルハディ。僕らの知らないこと、日常の半径における物事が、映画というフィルターを通じて海を越える。求められているのは、そういうものなのではないかというのが見えてきたんです。
齊藤 そういう前提があるとすれば、「ゾッキ」はもちろんアジアというフィールドにはフィットすると思います。でも、今はウィズコロナの時代。他国の文化に触れづらくなってきていますよね。蒲郡というローカルな地域を描いているので、ある意味観光気分にもなれる作品なんです。むしろヨーロッパ、アメリカでも……もしかしたら北欧で評価されるかもしれない。
竹中 アキ・カウリスマキに売り込みたいね。
齊藤 そういうトーンじゃないですか。デンマーク、ノルウェーもありですね。間違って評価される可能性が……。
山田 え? 間違って(笑)?
齊藤 (笑)。最近、翻訳サイトを利用して、以前作った短編に字幕を付ける作業をしているです。最終的には調整してもらいますが、英語だけじゃなく、色々な言語をつけてるんです。「ゾッキ」に関しては、さまざまな国での可能性を秘めているような気がしています。
――竹中監督はどうお考えでしょうか?
竹中 その辺のことは、孝之と工にお任せです(笑)。僕はとにかく大橋裕之さんの大ファンなんです。大橋さんの世界を映画にすることができたというだけでうれしい。それが次に繋がっていけばいいなって思っています。「ゾッキ2」ができたら嬉しいですね!
――確かに、原作となった「ゾッキA」「ゾッキB」には、まだまだ未映像化のエピソードがたくさんありますよね。
山田 “残っている”どころじゃないです(笑)。
竹中 「ゾッキC」も発売されたし! ドキドキしています。
齊藤 大橋さんがさらに前に進まれたということは、映画の仕上がりが「こんなのじゃない!」とは思っていないということなのかな。
山田 大橋さんは基本的に「面白い」って言ってくれるんですよ。「嫌だ」と初めて言ったのは、「ゾッキ」の特報映像が完成した時だけ。そういうのじゃないって(笑)。
一同 爆笑
竹中 でも、良い映像だったと思ったけれど……。次に発表された予告編は、龍平が手元の紙を見ている時の顔が素敵だった。あの龍平の顔、ガツンときちゃったな。
齊藤 松田龍平って、全部いいんですよね。
山田:とてもわかりやすい秘密兵器を使った感じなんですよ。単にファンなんです。10代の頃から知ってますけど、ずっと「松田龍平は本当にいいな」と思っていて。原作を読んだ瞬間に「(藤村役は)龍平君じゃん!」となりました。
齊藤 例えば“頷く”という演技。彼を入れ込むと、竹中さんが仰るように「映画になる」んですよ。
――藤村と牧田が交錯するコンビニのシーンですね。
齊藤 あそこは、山田組の素材を借りているんです。僕が演出をするとしたら“頷かない”という選択肢をとっていたはず。
山田:僕もそう思ってました。
齊藤 何を理解したのかはわからないけど、何かを理解したような感じがする。あの“頷き”には、浅さと深さが同居しているんですよ。
一同 爆笑
齊藤 でも、牧田の心情を考えると、あそこで“頷かれる”ことで店を飛び出していく。仕上がりの時点で「なるほど……これは“頷く”のが正解だ」と思いました。
山田 脚本が仕上がった時、僕も「藤村はここで“頷く”のかな?」と思っていたんです。その思いは、現場に入っても変わらなかった。でも、龍平君が演じたのを見たら「絶対にあった方がいい」と考え直しました。これを成立させてしまうのかと。さすが、松田龍平だなと(笑)。俳優としてオファーがきた時、あの“頷き”をする自信ってあります?
齊藤 いや、全くない。あれは成立させられない。ああいう経緯で、あそこに辿り着いて“頷く”って……。
山田 僕だったら、絶対「監督、ここって、なんでニヤッと笑って頷くんですか?」って聞いちゃうと思うんですよ。あの人、何も聞かずにやってきましたからね(笑)。脚本家の倉持(裕)さんは、あの表情が見えていたっていう事ですよね。