街の上で : インタビュー
今泉力哉監督が紡ぐ“下北沢の日常” 若葉竜也&中田青渚、下北沢トリウッドで語る
今泉力哉監督が東京・下北沢でのオールロケ撮影&オリジナル脚本で挑んだ長編映画「街の上で」。共同脚本に漫画家・大橋裕之氏(「音楽」「ゾッキ」)を迎えて紡がれるのは、今泉監督独自のユーモア、優しさで包み込んだ“下北沢の日常”だ。
下北沢の古着屋で働く荒川青のもとに訪れる“自主映画への出演依頼”という非日常的な出来事からはじまる数日間――。主人公の青を演じたのは、若葉竜也。青が出会う女性たちとして、穂志もえか(青の元恋人・川瀬雪役)、古川琴音(古本屋の店員・田辺冬子役)、萩原みのり(美大生の映画監督・高橋町子役)、中田青渚(町子の映画の衣装スタッフ・城定イハ役)が参加している。
企画の始まりは、今泉監督のもとへ届いた「映画祭で披露する映画を、下北沢を舞台にして撮ってほしい」という下北沢映画祭からのオファーだった。18年9月にアイデア出しが始動し、19年7月下旬にクランクイン。19年8、9月の編集作業を経て、同年10月13日に世界初上映が行われた。20年5月1日の劇場公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、封切りは延期に。今泉監督は延期決定の発表時、こんなコメントを出していた。
今泉監督「まだまだ先の見えない状況ではありますが、やはり満席の劇場が似合う映画だと思っています。笑い声。知らない人と肩を並べて。それも含めての映画だと思っています。映画『街の上で』期待してお待ちください。映画館でお会いしましょう」
2021年4月9日、今泉監督の願いを込められた「街の上で」が、ついにスクリーンへと走り出す。
今回、映画.comでは、若葉と中田の対談を実施。念願の劇場公開を目前に、その胸中を聞いた。
さて、ここからは余談になるが、以下のインタビューは「街の上で」と縁の深い場所で行っている。劇中にも登場する下北沢トリウッドだ。多くの人々が映画体験を求めて座った客席に、腰を下ろす若葉と中田。映画館で、映画の話を聞く――取材の場として、これほど素敵な環境は他にないだろう。
さらに、本編を鑑賞した身としては「若葉竜也(=荒川青)が下北沢トリウッドにいる」という光景が感慨深い。この理由は「街の上で」を鑑賞すればわかるはずだ。前後列に分かれて座り、撮影の日々を振り返った若葉と中田。そんな2人の姿を想起しながら、読み進めてほしい。(取材・文/編集部、撮影/西邑匡弘)
――出演の経緯をお聞かせください。若葉さんにとっては「初主演作品」という位置づけでもありますよね。
若葉 「愛がなんだ」が公開されていた頃、今泉さんと一緒にトークショーをすることになったんです。その会場に向かっている車の中で、マネージャーから話を聞いて、5枚ほどのプロットを読まさせていただきました。基本的に、ある程度骨組みのある脚本や企画書がない場合は、(出演自体を)ジャッジしないようにしているんです。でも、今泉さんとは「愛がなんだ」でタッグを組んでみて“温度感が近い”ということがわかっていました。「今泉さんとだったら、また面白いものができるかもしれない」と思い、「やりますよ」と。そして、蓋を開けてみたら主演だった――という流れなんです。
――当初、主演とは聞かされていなかったんですか?
若葉 はい、下北沢を舞台に映画を撮るという話だけは聞いていました。プロットに書かれていた主人公も無口でしゃべらないという人物。劇中の青の設定とは異なっていたんです。
――中田さんは「あの頃。」にも出演されていますが、どういう経緯で参加されることになったんでしょうか?
中田 「あの頃。」は、「街の上で」の撮影後に参加したんです。今泉さんと初めてお会いしたのは、別作品のオーディションでした。でも、その時は縁がなくて、その後「街の上で」のワークショップオーディションに参加して、出演させていただくことになりました。
――冒頭のシーンでも印象付けられますが、“ここにいた”というメッセージが内包されているように感じました。生きている人も、亡くなった人も、変わりゆく下北沢の風景でさえも“ちゃんとここに存在していた”ということ。その思いは、コロナ禍を経験した現在の状況を経て、一層深く響くものになっています。本作の魅力を挙げるとしたら、どのような点でしょうか?
若葉 個人的には、青という人物が、物語の終わりに向かっていっても全く成長していないという部分が好きなんです。何か事件を起こさなくても、130分(本編尺)という時間をきちんと提示できる。それは凄く大きなことだと実感しているんです。今泉さんの映画をずっと追いかけて見てきましたが、その中でも今泉力哉純度が高い作品だと思いました。
――今泉監督が初期に手掛けた短編の空気感を想起しました。
若葉 それはありますよね。例えば、2ショットの距離感。岩永洋さんは素晴らしいカメラマンで、とても“良い体温”の画を撮られます。岩永さんはもちろん、今泉さんと録音部の根本飛鳥さんとの相性も良かった。全てが奇跡的な組み合わせで盛り上がっていったという形です。
――中田さんはいかがでしょうか?
中田 私は、何も考えずに見ても面白いという部分です。
――予告編もビジュアルも、一見すると“格好良さ”が際立つ仕上がり。でも、実際に本編を見てみると、終始笑ってしまいますよね。良い意味で裏切られた感じでした。
中田 私、伏線がいっぱい張り巡らされている作品を見ると、頭がいっぱいになって……頭痛がしちゃうんです(笑)。「街の上で」には、そういう部分がないので、楽な気持ちで楽しめる。エンタメだなぁって思います。それが魅力なんです。
――映画.comでは、2019年10月13日の世界初上映時、今泉監督と若葉さん、MotionGalleryの大高健志さんのてい談を実施しています。若葉さんは、その取材時に「“荒川青らしさ”みたいなことは全く考えず、フラットに演じた」「青に関しては、絶対自分じゃないと演じられなかったという自信がちょっとある」と仰っていました。
若葉 どんな役でも根底には“人間”というものがあると思っているんです。直線的な感情表現をするではなく、もっと匂い立つような生々しいものを体現したくて、今までやってきていました。ただ「わかりにくいからもう少しストレートに」という演出が入ることが結構あったんです。その度に歯がゆい思いをしてきました。
若葉 「愛がなんだ」の撮影でも、人物をどうやってスケッチするのかという点に直面したんですが、今泉さんは、その思いを引き上げ、すくい取ってくれた――この経験がとても大きかったんです。その時、今泉さんが見ている人間と、とても近いものを演じられるような気がしました。芝居に関しては、100%受けの姿勢ですし、今泉さんであれば、それを面白くすくい取ってくれる。一方で、今泉さんが求めている空気感は、自分だったら体現できるのではないかと思いました。何故なら、自分は直線的な芝居のロジックを疑っていたから。青という人間を別の方がやっていたら、もう少し単色で、劇中のような人間性、キャラクター像にはならなかったのではないかと思っています。そういう意味では、これまでの出演作で練り上げたものを「街の上で」に出していったという感覚があります。
――中田さんは役作りに関してはいかがでしょうか? 「君が世界のはじまり」(ふくだももこ監督)も拝見させていただきましたが、同作の琴子役も本当に素晴らしかったです。
若葉 俺も見た! 面白かった!
中田 ありがとうございます(笑)。
――「君が世界のはじまり」の琴子も、「街の上で」の城定イハ役も、兵庫県出身の中田さんならではの関西弁が活かされています。「街の上で」の脚本は、当初は標準語で書かれており、中田さんが本読みの段階で自ら関西弁に変更したというエピソードをお聞きしました。
若葉 それ、さっき誤解が解けたんですよ。
――どういうことでしょう?
若葉 実は、今泉さんが事前に「関西弁でやってみて」と仰ったうえで、本読みに臨んでいたらしいんです。僕はその事情を知らず、中田さんとは初対面の状態。台本には標準語でセリフが書かれているのに、本読みを始めたら、いきなり関西弁で話し始めた――だから「この人、変な人なんだな」と(笑)。
一同 爆笑
若葉 「関西弁でいくの、この人は……?」と思っていたら、今泉さんが「うーん、面白いですね」と。「え? 提案があったわけじゃないの?」となってしまって……ずっと勘違いしていたんです(笑)。
――実際、関西弁は演じやすいですか?
中田 演じやすいですね。
若葉 母国語みたいなものだもんね。
中田 母国語(笑)? リズムというか――意識しているわけじゃないんですけどね。
若葉 今泉さんは「喋るスピードが速くなる点だけは気をつけて」って言ってたっけ。
中田 それは覚えてる。他には「ここをこうして欲しい」と言われた記憶がないんです。
――比較的、自由に演じてほしいという意向だったのでしょうか?
中田 「自由に」とは言いつつも、私が“こういう風にやる”というのをわかっていた感じがあるのかもしれません。
――お二方の共演シーンについて、特に印象に残るのは「17分ワンカット」のシーンです。
若葉 実は、あのシーンは十数カット撮影する予定だったんです。カットバック、寄りのショットも含めて。2ショットで1テイクを撮って、面白かったからOK。それで終わり――という感じでした。
中田 へー、そうだったんだ!
若葉 へー、そうだったんだ……じゃないよ(笑)!
中田 知らなかったんですよ(笑)!
若葉 あのシーンは、中田さんが自由になった瞬間だったような気がしています。今の年齢で「こんな自由になれるなんて凄いなぁ」と。僕も、中田さんの芝居に“反応”した感じがありました。
――細かい部分ですが、イハの「コップの置き方」にも注目してしまいました。
中田 (コップの置き方は)最初は意識していました。若葉さんがコップを置いたら、私も置く。コップの間隔が近いと、人と人との心理的な距離感が近いというものがありますよね?
若葉 急に合コンみたいな話になったな(笑)。
中田 え!? 聞いたことありません(笑)? だから「これくらいの距離感かな」というのを探っていたりしました。最初は、そういうことをしていましたけど、途中からはそこまで意識はしなくなりました。
若葉 ちなみに、あのくだりは全部セリフ通りなんです。でも、僕は途中でセリフが吹っ飛んで、中田さんに助けてもらうという展開に(笑)。それでもOKが出たんですよ。
――では、お互いの印象についてお聞かせください。隣にいらっしゃるので、なかなか恥ずかしいことだとは思いますが……今回は、中田さんから答えていただきましょう。
中田 (急なフリに対して)うわー……はい!
若葉 褒めればいいのよ、褒めれば(笑)。
――世界初上映時のてい談では、今泉監督は「芝居は、相手がどれだけ受けてくれるかが大事。若葉さんはたとえ相手がオーバーにやりすぎてもきちんと受け止めてくれる人」と仰っていました。
中田 その言葉に尽きます。イハは、どちらかと言えばポンポンと言葉を投げるタイプで、青がそれに反応してくれる。「こうやって(言葉を)投げた方がいいのかな」「こうした方がいいのかな」ということはあまり考えていなかったんです。若葉さんであれば、芝居を受けて、きちんと返してくれるという信頼がありました。
若葉 褒め合いみたいになっちゃいますけど……(笑)。僕がびっくりしたのは、中田さんは“当て感”やバランス感覚の良さが、頭ひとつ飛び抜けている印象があるんです。今の年齢で、それが出来てしまっているのが心配になってしまうほど。だからこそ、もしかしたら20代半ばで苦戦する時がやってくるかもしれない。
中田 (囁くように)“当て感”ってなんですか?
若葉 うーん、ボクサーでいえば、目をつぶっていても当たってしまうと感じかな。だからこそ、重宝されてしまうんですよ。30代に近づいた時、“当て感”が悪かった人の努力と競ってきてしまうタイプなのかも。ちょっと尋常じゃないほど“当て感”が良いんです。それは古川さんにも感じました。一方で、穂志さんと萩原さんは“当て感”が良さそうに見えるけど、無骨で、緊張しいで、職人気質というイメージ。四者四様なんです。
中田 んー……“当て感”?
――“当て感”のイメージがわきませんか?
中田 “当て感”というよりも、当てるところが大きいんじゃないんですか? ほら、私は若葉さんに投げているじゃないですか。若葉さんの“当たるところ”が大きいってことなんじゃないですか?
若葉 え!? なんで責められているの? こっちは褒めてるんだよ(笑)。
一同 爆笑
――今泉監督の作品は、ダメな人は決して“悪”ではないということを教えてくれているような気がします。ダメな人物でも、肯定し、認め、否定をしない。青もダメな人ではありますが、突き放すような描き方はされていません。そんな演出をされる今泉監督との出会いは、ご自身の人生にどのように作用していますか?
若葉 自分のやってきた事を、今泉さんが「それ、いいよね」と仰ってくれて、映画の中でピックアップしてくれたことが、本当に嬉しかったんです。「愛がなんだ」がヒットしたことで、色んな人々が共感してくれた。今までやってきたことに対しては、否定されることの方が多かったんです。それをようやく肯定してくれる人たちが少しずつ出てきた。それは途轍もなく嬉しい事でしたし、更にそれを突き詰めたいと思っています。
――若葉さんは、監督業(「蝉時雨」)もされています。今泉監督は“どんな監督”でしょう?
若葉 小学校の頃、自己流のゲームを作ったり、ルールを決めるのが上手い人たちがいました。その人たちに、近いような感じがしています。ルールを作って、その範囲で役者を自由に遊ばせる。この円(=ルール)からは出てはダメということも伝える天才です。でも、俳優が遊んでいる時、一緒になって遊ぶのではなく、その様子をとんでもなく冷酷な目で見ている。現場が笑っていても、いっさい笑っていなかったりすることもありますから。本当に面白いのかどうかを見極めているんだと思うんです。そういうシビアな視点も持っている。あとはセリフですね。日常会話の精度が恐ろしく高い。
中田 私も時折怖いと感じてしまいます。若葉さんが仰られた「ここから出たらダメ」という部分がとても怖くて……自分としては自由にやっているつもりなのに、監督からすると“計算の中にいる”。何を考えているのか――表情からは読み取れないんです。
――今日は舞台となった下北沢でのインタビューとなりました。せっかくですので、下北沢という街の印象もお聞かせください。
若葉 僕が、下北沢に訪れたのは近年のことになります。バンドをやっていたり、役者をやっている人たちが憧れる聖地。バンドであれば音楽、役者であれば芝居について、飲み屋で言い争いをする。そういう部分にも憧れて、下北沢に住んだりしますが、結局は夢半ばで挫折をして、田舎に帰っていく。もしくは、少し上手くいって別の場所に移り住む(笑)。下北沢という場所に留まるという人の方が少ないような気がしますね。常に人がやって来ては、去っていく。交差点のような街。儚さも感じますし、いびつなモノや人物でも受け入れてくれるような印象です。
――この場所は、どのようなところを撮っても“下北沢らしさ”というのが醸し出されるような気がしています。
若葉 そうなんですよ。でも、この映画、ほぼ室内ですからね(笑)。だけど、その部屋も自然と「下北沢の部屋」に見えてくるんです。
中田 私はあまり訪れたことがない場所なので、ぱっと見た印象なんですが、近場の渋谷とは全然違う場所だなと思います。上京してきて、渋谷にいると「都会だな」と感じて疲れてしまうことがあったんです。でも、下北沢はそう感じませんでした。下町らしさもあるんでしょうか。居やすい場所なんです。
――最後の質問となります。世界初上映を行ったのが、19年10月13日。封切りは、20年5月1日を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、約1年以上の公開延期という判断を下しました。ようやく劇場公開ということになりますが、どのような映画に育っていってほしいですか?
若葉 僕は、ゼロ年代の映画に影響を受けて育った人間なんです。名作もいっぱいあって、何度も見返したくなる。見るたびに、見え方が変わっていく。そういう映画に憧れていましたし、そういう作品に参加したいと思っていました。憧れていた映画のようになってくれたら嬉しいなという感覚がありますね。「何度でも見れる」。これが一番の誉め言葉かもしれません。
中田 映画好きの方々にもぜひ見て頂きたいんですが――あまり映画を見ない人でも楽しめる“人を選ばない”作品だと思っているんです。だから「普段はあまり映画を見たことがないよ」という方に見て頂けたら、とても嬉しいです。