鉄道運転士の花束

劇場公開日:

鉄道運転士の花束

解説

定年間近の鉄道運転士が同じ仕事に就いた息子を一人前の運転士に仕立て上げる姿を、ブラックユーモアを交えて描いたセルビア映画。定年間近の鉄道運転士イリヤは現役時代に電車の事故で28人を殺してしまったという不名誉な記録の持ち主。イリヤが養子として迎えた息子シーマは、義父の仕事を継ぐ準備をしていた。イリヤは折に触れシーマに「事故は避けて通れないものだ」と話すが、運転士の業務についたシーマは夜も眠れないほど不安にかられてしまう。仕事をはじめて3週間、シーマは無事故を続けていたが、ついにその緊張感に耐えられなくなる。そんな息子を助けるため、イリヤは自殺志願者を探し、ビルなどから飛び降りるかわりに電車に轢かれてほしいと無茶な交渉を進めるが……。監督、脚本はカンヌ映画祭短編部門で審査員賞受賞経験もあるミロシュ・ラドビッチ。

2016年製作/85分/G/セルビア・クロアチア合作
原題:Dnevnik masinovodje
配給:オンリー・ハーツ
劇場公開日:2019年8月17日

スタッフ・キャスト

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映画レビュー

3.0独特のブラックさと、ほのぼの系ハートウォーミングの谷間をゆく

2019年8月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

大感動できたり、大笑いできたり、というわけでもないのだが、何だか妙に心をくすぐるものがある。それはひとえに、日本ならばブラックジョークの度合いが過ぎるとコンプラに引っかかりそうな内容が、このセルビア=ボスニア合作では実にユニークに味付けされて俎上に上がっているからだろうか。お国柄を感じさせる「笑える、笑えない」のラインには多少ヒヤヒヤ。でも決して人の生死を安易に持ち出しているわけでなく、映画の重要な柱として用いているので、嫌な後味が残ることはない。

これは少年の通過儀礼の物語だ。血は繋がってなくても、それ以上の絆で繋がった父と子がいる。初老の鉄道運転士は子どもに対して「恐れるな。きちんと前を見て、経験を重ねて、進んでいけ」と遺言にも近い意志を伝えようとする。かくも親から子へ「人生の踏み出し方」を伝授する意味では、レトリックはどうあれ、万国共通の普遍的なテーマとして受け取ることができた。

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牛津厚信

5.0PTSDから解放されていく父親と、弱さゆえにその父親の生き甲斐になっていた息子シーマの物語

2023年11月20日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

ギャクとブラックユーモアの、機関車 重連チャンなのだが、
お父さんが息子を、こんなにも不器用に愛している様には、不覚にもじんわりと来てしまうんだなぁ。
子供のいなかったイリヤが、だんだんと父親になっていく姿が、たまらなく愛おしいのだ!

「もっと、あんなふうに息子を愛せれば良かった」
「もっともっと、愚直に息子の味方になってやれば良かった・・」って
自分の足りなさを振り返る父親たちは、きっといるだろう。

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【コミュニティの子育て】
心理カウンセラーのヤゴダさんが、父イリヤと息子シーマの両方を温かく見守り、
そして同じ機関区の運転士仲間が、家族のようにお互いの人生を支え合う・・
車輌基地の廃車車輌で暮らす人たちが、その本当に小さなコミュニティの中で 共に支え合い、共に生きているのです。
これは、口は悪いが人情にゃ厚い、「八っつぁん熊さんの、江戸落語の長屋」のスタイルだぜい!
俺は祖母を轢いたよ―というのは口から出任せかもしれないが、親友ディーゼルの17歳の息子を轢いてしまったというイリヤの一言は事実だったのだろう。

でも赦し、
でも赦され、
捨て子のシーマを機関庫の子供としてみんなで溺愛する。

「海の上のピアニスト」や
マルセリーノの「汚れなき悪戯」同様、親の無い子を育てる大人たちの物語は、どうしてこんなにも胸に沁みるのだろう。

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【編集カットが残念】
自殺願望者を何人も探して奔走するイリヤのエピソードは、(他サイトのレビューによれば劇場版ではもう少し尺があって、大切な部分であったらしいが)、DVD版では大方がカットされていたようでちょっと残念。
鉄橋の上に立つ男から「キスしてみろ」と迫られて、たじたじとなるイリヤ。
美しい妻ダニカを亡くして以来、数十年、男はおろか(※)新しい恋人にもイリヤはキスが出来ないのだ。

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【鉄ちゃん垂涎の鉄道もの】
「鉄道員」「地下鉄のザジ」、
そして
ジェーン・バーキン主演の鉄道映画
「彼女とTGV」など、《鉄道物の作品》を検索していたら、オススメで出てきたのが本作「鉄道運転士の花束」だったのでした。

珍しいセルビアの映画です。
セルビアにはあんな感じの人たちが住んでいて、笑いのツボとか、こういう映画が作られているのですね。
そしてこんなかたちで息子の自立と船出を助けてやるお父さんもいるのですねェ。

親の稼業を継ぐこと ―、それはどこの国でも昔から引き継がれてきた伝統です。
先輩から後輩へ、師匠から弟子へ、そして親から子や孫へ。
技や、知恵や、その業界のしきたり。
職場の空気や、大切な礼儀など、一緒に暮らす中で知らず知らずのうちに伝わっていく「良いもの」。
それが徒弟制。

ましてやその教える相手が最愛の息子であれば、
・幸せになってもらいたい
・苦労は少しでも避けさせてやりたい
・ピンチを脱出するための自分の経験も授けてやりたい
・一緒に苦しみたい
・出来ることなら苦しみを代わってやりたいのだ
・・こういう思いはまさに親心というものです。

「ヨレヨレのノイローゼ状態になって“アレ”を怖がるシーマのために、自分がひと肌脱ごう」と思ってしまう養父の論理の飛躍は、呆れてしまうのですが、
これが愛です。
Amazing Grace です。

捨て子を拾い、しょいこんでしまった新しい苦労が、隠退まえの年寄りのイリヤを新しく活かします。

「パパ!」と初めて呼ばれて抱きつかれて、やっと自分の事故のPTSDからも解き放たれたイリヤ。
― そういう傷付きやすい お父さん自身の物語なのでした。

お節介なキスシーンは最後までありませんでしたが、
けれど、やっと、イリヤがヤゴダの唇に触れたのであろうことは、車内のコンパートメントでの二人の雰囲気からわかります。
その日の運転は「我が子シーマ」という晴れがましいプレゼント付きなのでした。

機関車を運転しながら、冷や汗で錯乱していたシーマ。
曲がり角ごとに機関車を止めて藪の中を点検していた出来の悪いシーマ。
怖がりで、でも責任感の強かったシーマ。
出来の悪い子ほどこんなにも可愛い。

だから後悔もあるし、涙も笑いもある。
長屋には愛が満ちている。

映画ってホントにいいですね。
自分も、かくありたかったな。

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【おまけ情報※】
①シーマの卒業式で「我が家では男同士のキスは無しだ。それが伝統だ」って、息子を突き放すイリヤ。
でもセルビアユーゴスラビアを含む東欧では、男同士のキスの習慣がありますよね。
ソ連のブレジネフと東独のホーネッカーのキスは有名な写真ですし。

②そしてちなみに、我が長距離トラックの運転手業界では
「運転手はバツがついてようやく一人前さ」と言われています。家、帰れませんから。僕は年に10日ほどしか帰宅しませんでした。
父ちゃん運転手たちは、同じ運転手稼業になった息子に=バツイチになった息子に、「バツがついてようやく一人前なのさ」と、そう言って肩を叩いて慰めるんですよ。
コミュニティも仲間同士の支え合いも有ったものではない。全部崩壊です。
来年からは「2024年問題」で運転手の休息時間や帰宅確保が厳しく規定されます。

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きりん

3.5作り話じゃないよ!今は亡き我が親父は元運転士で、この話の通り

2022年5月3日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:VOD

洒落た話で面白かった。
しかし!今は亡き我が親父は元運転士で、この話の通り。しかも、事故ばかりじゃなくて、自ら命を断つ方々が多かった。一日に二人の方々を天国に送った事もあったそうだ。だから、この主人公の様にノイローゼになった。それでやむなく電車の検査係に身を落としたと話していた。賃金が大幅に減ったのだ。だから、親父は『電車に身をなげる奴!』って怒っていたのを記憶する。以前の新聞は運転士に過ちがなくとも実名が載ったそうである。一週間に2回名前が載ったって話していた。それは兎も角、この話は面白い。僕は運転士ではないが、近親者が運転士になった。彼は幸い二人だけですんだ。

自ら天国に召されようとしている方々、気を確かにして、くれぐれも命を大切にしてもらいたい。

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マサシ

平和な時代にも人は殺されている

2021年10月11日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

 一介の鉄道運転士にしては刑事や軍人のように眼光の鋭い俳優。なんか見たことある人のような、、、
 「アンダーグラウンド」のラザル・リストフスキーではないか。
 平和な時代のセルビアでも人は死ぬ。いや、殺される。鉄道に。事故で死なせてしまった人数を自慢げに話す運転士仲間たちの描写に批判的な意見が多いが、これらの意見はすべて近代社会に生きる人間すべてに帰ってくるブーメランとなる。
 鉄道に限らず、高速道路や航空機でも毎年のように死者が出ている。我々の社会は死者が出ることを前提としてこのようなインフラ整備に血税を注ぎ込み続け、むしろそれを発展や成長という誇るべき価値と認識しているのだ。
 運転士になってまだ事故に遭っていない若者が、いずれ遭遇することになる事故と殺人におびえている姿は、近代社会に生きる者が、上の価値観に疑問を抱き人命の犠牲を畏れるとまともには生きてはいけないことの現れではなかろうか。
 長い内戦で多くの死者を出したセルビアで、平和が訪れたあとでも人が殺され続けている。いや、我々の生きる世界そのものが、そのように絶えず人命を犠牲にして動き続けている皮肉。
 主人公のシニカルなセリフの多くがこうした世界観から出ているものとして観ると実にすんなりと腑に落ちる映画となる。
 しかし、車両基地らしきところで車両を改造した住居がなんとも魅力的だった。とくに図書室のようになっていた恋人の部屋。

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佐分 利信
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