パラサイト 半地下の家族のレビュー・感想・評価
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よくできた作品
前知識ほぼなく鑑賞。
独特のカメラアングルだなと思いながら観てた。
あと家族写真が闇感じる(娘の顔が違う、お母さんがめっちゃ綺麗)ことが印象的だった。
働いても報われないケン・ローチ監督の「家族を想うとき」を思い出しながらみてた。
本作品は少しは陽の目をみれるけど、ずっと欺けるわけではなく徐々に剥がれていく。現実みながらネットで得た知識で力を発揮して認められても突然殺される。
あとで考察サイトみたら、縦線の使い方、カメラアングル、時計回り、色んなこだわりがあることがわかって、もう一度観たいとは思うけどしばらくいいかな(色んな意味で内容が重い)
ほんとにパラサイトしていた!
「見えない」貧困。国同士の序列。
この話には、世界の多くの観客が当てはまるであろう、中流層は出てこない。極めて上流と極めて下流の話。
のように見えるが?
半地下は最底辺ではなく更に地下がいた。
半地下は地上に近いと思っていたが、地上から見れば半地下も地下と同じ臭い人達だった。
川が氾濫するほどの大雨の日、この世からあぶり出されるかのように地上へ出てくるドブネズミのような半地下の民達。食べる物にも苦労する暮らし、雨が降れば家を追われ、頭が良くても夢があってもお金で諦める人生。
「お金はアイロン」この言葉通りなのか?
染み付いた地下の匂いはそうそう消えない。
たとえお金を手にしても、失った倫理観や根本的に異なる価値観は埋まらない。
友達から富裕層一家の家庭教師を1年間頼まれたことをきっかけに、半地下から家族で脱出すべく、計画を目論む主人公とその家族。でも、友達から打ち明けられていたにも関わらず、抵抗もなく教え子を略奪する。
妹を美術の先生として一家に紹介し、妹は元々いた運転手と家政婦を排除し、代わりに父と母もこの一家に送り込む。
賢いようで、友達、運転手、家政婦を不幸に突き落として手に入れた幸せがサクセスストーリーなはずはなく、幸せがずっと続くはずもない。
一家がキャンプで家を留守にした初日。運転手、家政婦、家庭教師、アートセラピストという普段の役割を忘れ、父母兄妹として家族で一家の豪邸で勝手に食べ物を漁り祝杯をあげる主人公家族。これが最初で最後の豪華な1日。
まさか、元家政婦が現れるとは。
まさか、家政婦が地下に忘れたのは夫だったとは。
まさか、雇い主一家が大雨で急遽帰宅するとは。
計画が次々と狂い出す。
なんとか豪邸から抜け出した父兄妹だが、たどり着いた家は浸水でぐちゃぐちゃで。家すら追われて体育館で雑魚寝で夜を明かし、なんとか生きている状態だというのに、かたや中止になったキャンプのかわりに誕生日パーティーを余裕でウッキウキで催し、知り合いに招集をかけ、着飾って完璧に集まれる状態。
呼ばれたらどうにか支度を済ませるしかなく、再び豪邸に集まる父、兄、妹。
よほど嗅覚も洞察力も鈍いのか、何も感じない一家の妻と、地下特有の匂いには気付くが嫌悪感を表すだけで何も考えてはいない一家の主。
何かとストレスに晒される社長宅だからこそ、家政婦さんでもプライベートに必要以上に踏み込まれたくないという気持ちがあるのは当然。普通の家庭でもそうである。
でもその根底には、富裕層に貧困層が入り込んでくるのを忌み嫌う、差別意識と排他的思想がある。表面上は平等かのように接していても。
社長が地下の匂いを感じ鼻を摘む仕草は、本当に臭いのも確かだが、言葉にせずとも貧困層は「鼻つまみ者」だと言っているのに等しい。
実際、家庭教師の若い女の子が刺されて瀕死だと言うのに、救助よりも自分達が助かるよう避難が優先で、救助にあたる運転手に早く運転しろと言う神経。
父親は直情的に社長を刺してしまったのだろう。
でも。仕事がなくお金がなくて、倫理観を貫けば命を繋げない暮らしだったのは確かだが、父親として、詐欺まがいの息子や娘を一度も叱ったり嗜めなかったのも事実。例え富裕層相手でなくても簡単に他人の物との境界線、善悪の境界線を超えてしまうのは悪いこと。
計画的な行動は息子にも娘にも受け継がれているが、計画は立てた時点で必ず狂うから、無計画が1番だと話す姿が印象的だった。上に行くことを諦めた父親。
豪邸の地下に隠れ住んだ元家政婦の夫に刺されて娘を失い、子供達が桃で傷つけ妻が蹴り飛ばして亡くなった元家政婦の始末をし、自身は社長を刺し逃亡の身で、ひとり、豪邸の地下に隠れ棲む事を選んだ父親。半地下家族が元家政婦を引きずり下ろしてやっと得た暮らしを、引きずり下ろされてなるものか!という気持ちでやってしまった間違い。
家族を幸せにしてこれなかった分、ここで選ぶ道が父親らしい唯一の選択だと無計画ながら悟ったのだろうか?
地下の匂いに加えて、ろくに風呂にも入れないし、前に住んでいた元家政婦の夫や、元家政婦の遺体の匂い付き。
正直、捕まって刑務所の方がマシではないか?
そう思わざるを得なかった。
韓国作品や韓国政府の人事には、成り上がる=人を引き摺り下ろすのが当然の光景が多いが、それではいつか下ろされる側に回り気が休まらない。見ている側はドロドロは面白いけれど、本物の成功は、何も気にしなくて良い潔白と清廉の中で掴んでこそ。どんなに辛く遠回りでも、全うに成り上がる以外、富裕層になる道はない。
国策でも他国から資金調達を行う方針の韓国で、良い仕事は国外にあるから、国民もできるだけ他国に出る。出る事が難しい層には国も目を向けていない。韓国で成り上がるのは茨の道だが、貧困の世襲が嫌ならどこかの代で上がるしかないと息子はよくわかっていたはず。
学歴詐称だけで住むうちに、家庭教師として結果を出し、友人の帰国まで必死に勉強し、宣言通り翌年本物の学生になるべく努力を続けていれば、また別の結果になっていたはず。自分だけでなく家族もと考えた優しさからだと思うが、最短でと欲をかくからこんなことに。
刺されてもなお、社長一家が貧困家族が感じてきた劣等感や、背に腹は変えられない暮らしの辛さ、それでも富裕層より多くに気がつくと邪険にされる心境を想像や理解し、動機に納得することはないだろう。
充分にお金も渡してきたのに、騙されて裏切られて寄生されて散々な目に遭った、人を刺すなんてなんておぞましい、やっぱりお金がないと卑しくて嫌、でおしまいなのだろう。
その韓国富裕層一家ですら、事業はNYにベースがあるようだし、なにかとアメリカ製の物を褒める描写から、思考もアメリカに牛耳られていることがわかる。
世界における、国ごとのカースト。国ごとの、国内でのカースト。どの世界にも、程度の差はあれ共通する貧富の差とそれぞれの層の意識の違い、思想の違い。
欧米なら肌色にその違いが表れていることが多いので、色で分けられてしまう。色ならまだ、可視化できる。
韓国には地続きの北朝鮮からの攻撃に備える国として半地下に防空壕や、地下シェルター構造があるがために、低層民は文字通り低いところに住むようだ。
低層民からは上層を見上げられるが、逆は視界にすら入らなくなる。可視化されないが、強いて言えば嗅覚を使って分ける、というのが新鮮な視点だった。韓国内ではパラサイトして暮らす最地下民でも、マウントを取れるのは北朝鮮のようだ。
では日本は?
アメリカの作った憲法のもと、軍事的にもアメリカにパラサイト。貧困層は韓国街と密接に結びついているし、経済が創価か韓国資金に繋がっていることばかり。
日本の高技術高品質な物、丁寧に育てられた国産のお肉お魚お米、自然から得る豊かな水、これらがどんどん価格を釣り上げられ、国民ですら他国製の輸入物を日常的に買うよう仕向けられているというのに、安い物を買っても、高い物を買っても創価か他国にお金が落ちる仕組みに気付いている国民は少ないように思う。
強いていえば、何を味わうかの、舌で分けられているのかな?成長ホルモン剤たっぷりのOGビーフやブラジル産鶏肉、殺虫剤まみれのサーモンを食べますか?と。
作品内では、家に寄生するパラサイト暮らしをパラサイトと呼んでいるように見えるが、実際は、自分より下とみなされる国、下とみなされる層を、パラサイトと表現しているような気がしてならない。
欧米からしたら、アメリカの下に韓国や日本がパラサイトしているというベースの見方があるのだろう。
結局は、作品を通してアメリカ万歳に繋がるし、「アジア人のパラサイト映画?!やっぱりアジア人っていやね」の共通差別意識をベースに世界では評価されたのではないか?と感じる作品。
でも結局、権力を手にしたかに思える層にパラサイトしているかのような「先住民」こそが、その国の本質だったりする。外食には困らない豊かな富裕層でも、求めるのは地下の人が作るカルビ煮込みやチャパグリだったりと。
それぞれの国の中ではどの国にも貧富の差があって、見た人が自分とは違う層の感じ方にも理解を示せるようになれば、もっと平和になるのかもしれないと思うが、観る人の多くは中流層。
作品内で表現された、言動は正しくもない貧困側の観点や気持ちに、どれだけの人が目を向けて理解したのだろう?と考えてしまった。
作品賞はアリ
ずっと気になっていたが
地上波ノーカットでやってたので見ました。
でも珍しく日本disがないと思ったら、dis台詞だけ翻訳で消されたそう。誰に忖度したの?次は台詞もノーカットで頼みます。日本のイメージが外国でどう扱われてるか、そういうところでわかるから。
レビュー読み過ぎたせいか期待よりつまらなかったけど、テンポが良く最後まで見られました。
「前半はコメディ、後半はスプラッター」とレビューに結構書かれてたけど、コメディ…?
韓国のコメディは見たことがなく、それ目当てで見たのに肩透かし。下品なシーンやドン引き行為は沢山ありますが、特に笑えるシーンはない。ブラックジョークなら、ラストの金持ち息子のトラウマ上塗りしたとこかな。後半スプラッターもガッツリ血が出るかと思いきや全然で、血糊ありのドラマが平気なら全く気にならないと思います。
P-12がついてますが、これはエログロよりも大抵「親子間の大きな問題」とか「身内同士の殺し」とかを扱う映画によくついてる気がします。本作は親子で他人の性行為を見るシーンがあるせいかも。生々しいというか、欧米でよくある「ラブシーンは芸術!」みたいなのではなく、単純に不快(作中に1回だけでそこまで長くもない)。
不快な性的シーンは大抵、高尚なキャラにも下品なところが…と言いたい時に入れることが多いですが、本作の金持ち家族は別に「高尚」ではない普通の人達だし、何故このシーンを入れたのか…監督が言うには、半地下父が金持ち父を殺すきっかけになる大事なシーンらしいけど。
前半、半地下の母が「金があったら、あたしだってもっと良い人だ」みたいなことを言う場面があって、その時は確かに金があれば心に余裕ができて、それが他人に対する優しさとして表れることもあるだろうと思ったけど、見てるとこの半地下家族は余裕があっても良い人になるか?と段々不審に。
余裕があれば、嫌なことがあっても必要以上に苛々したり絶望したりせずに済むという意味で「金があればもっと良い人」と言ってるのかと思ったけど、見てる限り金があったらあるだけ贅沢したいし、その生活に慣れたら「もっともっと」と言い出しそうな感じ。
息子が友達に貰った幸運(財運?)の石を抱きしめ、「この石が離れてくれない」と言うのも、贅沢を諦めきれないという意味なのか?
本作だけで韓国人云々と言うのは失礼でしょうが、レビューでちらほら「韓国人がどういう考え方をするかがよくわかる」と書かれてて、実際見て成程と思ったのが、所謂欧米的な、何でも「上か下か」の二元論で判断する部分が強いところ。最近の日本もそうですね。
受賞は解せないとするレビューも沢山見かけ、自分も疑問です。ただ、強いて言うならこの「上か下か」思考を、視覚的にも視覚外(臭い)でも表現したのが大きいのかなと思います。それでも3つ受賞には懐疑的ですが。
近年の「白人優遇するな」の流れで白人ばかりを選びにくくなったために、黄色人種を仕方なく捻じ込んだ感はあります(黒人は『ムーンライト』で受賞済)。全然知らない監督・俳優の、外国の作品を受賞させても「え、誰?」って感じで盛り上がらないし、金にもならないってのもあるんでしょうが…公平にして欲しいですね。
ただ、アジア映画の受賞が非常に珍しく、快挙なのは勿論なんですが、記念すべき快挙の映画がコレ?という気持ちはあります。映画としての出来は良かった(単純に映像が綺麗だった、でも良い話だった、でもなく、「映像作品でないと表現できないこと」を上手く表現してた)んですが、でも賞3つ獲った!と言われると「この年は全然良い映画なかったの?」と思ってしまう…
韓国大統領は本作の受賞を誇りに思ってるそうですが…コレで賞獲って韓国人は嬉しいんか…?と思ってしまいました。今まで相手にされなかったのに、賞を3つも獲ったのはそりゃ誇らしいだろうけど…内容としてはただひたすら「卑しい」人の話で、先のビジョンもなくひたすら自分の得のために欲を掻いて落ちぶれる様を見ていると、段々呆れが勝ってきます。
本作には大きく分けて、主人公の「半地下家族」と、大豪邸に住む「金持ち家族」と、その大豪邸の地下に住む「地下夫婦」が出てきますが、この半地下家族は「金持ちの家で働くような奴らはすぐ次の職が見つかるだろうし、底辺の自分達がチャンスを掴むために蹴落としても構わない」という思考の持ち主。平然と文書偽造、人を貶めて職を奪い、勤める人を次々追い出していき、代わりに自分の家族を寄生させていく。が、今の金持ち家族が住む前からその豪邸にいた家政婦は、実は「すぐ次の職が見つかる」どころか借金まみれで家もなく、その夫は半地下より更に酷い生活をしていた。
金持ち家族は金のためなら何でもやる人間の考えなど理解できないし、考え付きもしないから、すぐ騙される。「嫌な奴ら」ではないが、家事も子供の勉強を教えるのも送り迎えも全部人任せの平和ボケ家族。
半地下息子は金持ち娘と付き合い始めるが、偽造文書で雇われたにも関わらず娘との結婚を夢想。いやー、こういう図太い神経だからああいうことできるんですね。最初に半地下息子が、金持ち娘の家庭教師やってる友達が留学するので代理を任されるんですが、あっさり裏切る。笑
単に貧乏で大学も行けないような奴が、金持ち娘に手出そうと思っても出せねぇだろwって意味で任せたなら納得。あの性格のどこを信頼できるのか、さっぱり…財運の石までくれたのにね(友人も金持ちで、大量にあって邪魔という理由でくれただけだけど)。
ただ、半地下勢があれだけ能力あるのに全員無職というのは韓国社会の現状がそれだけ厳しいと解釈できますが、それ以前にあの生活水準でどうやってそんな技術習得したの?特に妹の偽造技術やばくないっすか…Youtubeだけで学べる域超えてますけど…日本みたいに本高くないのか?
ストーリーは突っ込みどころ満載。でもそこは問題じゃないんでしょうね。伝えたいことを正確に伝えるために、細かい所は削ぎ落として骨太に纏めた印象なので、細かい所が気になる人には勧めません。
低評価の人達も、受賞がなければもっと良い評価をしたと思います。逆に他人の評価や受賞で高評価した人も多いと思うので、「受賞しなければ平均評価はもっと上がった」とは言いませんが(受賞がなきゃ見る人自体こんな多くなかったでしょうし)、3冠受賞で期待値上げ過ぎた人は多いと思います。
そういう人にとっての見所は、貧富の差を階段の高低差で視覚的に表している嵐のシーンかな。豪邸から逃げ出し、どこまで下りるんだよ!というくらい階段をひたすら下るあのシーン、あいつらとはこんだけ違うんだよ!この差を埋めるためなら犯罪だって何だってやるよ!!という半地下勢の絶望を感じます。
また、金持ち父の「(雇うなら)境界線を超えてこない人が良い」という台詞。最初は半地下父のことを「境界を超えてこない」と褒めるのですが、「でも、あの臭いが境界を超えてくる」。仮に本当に臭いわけでなくても、隠そうとしても隠しきれない生まれの差がある、という残酷な現実をよく表した言葉です。染み付いた「貧乏」は外見はもちろん思考にも影響を与え、自信を失い、振る舞いにもそれが表れる。金持ちは金があるだけでなく、振る舞いに自信が滲み出る。見下す言葉は使わないのに、遠回しに「貧乏人が形だけ装っても、所詮金持ちにはなれない」という分厚い壁をうまく表現しています。
本作の表現で一番良いと思ったのは、誰も貧乏人を積極的に差別してはいないところ。
自分は差別には「積極的な差別」と「消極的な差別」があると考えていて、「イエローモンキー」や「女のくせに」「黒人如き」みたいな、差別と聞いてすぐわかるものが「積極的な差別」。
それとは別に、同じだけ努力しても必ず片方が不利になる状況、または同じだけの努力すらできない状況が続いてるにも関わらず、それに関して根拠もなく「努力が足りないだけ」「放っておけば解決する」等、自分が何もしたくないがために問題に対して無関心でいようとする。格差があるのに、自分の立場を守るために格差はないと言い張る。こちらが「消極的な差別」。と(勝手に)呼んでいます。
消極的な差別は、積極的な差別によってできた格差を「間接的に」助長するため、一見差別などしてないように見えます。そのため、積極的な差別よりも圧倒的に見逃されることが多く、また差別と認識すらされないことも多く感じます。
今アメリカで表立って「黒人如きが!」なんて言ったらブン殴られるかもしれませんが、消極的な差別はどうでしょう。最近話題のBLM運動(「黒人の命は大事」運動。犯罪者とはいえ黒人が警察官に不審な殺され方をした事件をキッカケに最近再燃した)で「黒人だけでなく全ての命が大切。何故黒人だけ特別視するのか」という声が上がりました。
これは「他人種は何かあった時警察に守ってもらえるが、逆に黒人には警察が一番の脅威」だからで、黒人が今も「特別に注意しなければ簡単に命を失う状況に常にさらされている」ことを意味しています。しかし「黒人を特別扱いしてる」と主張する人々にとっては、「もう奴隷制などないのだから、黒人も自由に生きられる」「自由に生きられるのに我々と同じ生活ができないのは黒人が努力しないor遺伝子的に劣っているから」という前提があります。
教科書にはズラリと白人男性の偉人の写真が並び、博物館にも白人男性の偉人像が並び、黒人の写真は奴隷に関するものばかり。白人が黒人と肩を組もうとしても何とも思われませんが、黒人が白人と肩を組もうとしたら警察に声を掛けられたりします。そして、黒人は今でも親に「警察に殺されないために、声を掛けられたら絶対に逆らわないこと、笑顔でいること、手を隠さないこと、振り返る時はゆっくりと」等、小さい頃から何度も何度も厳しく躾けられるそうです。
そのように育った黒人が、奴隷でないからといって白人と同じ立場のはずがありません。しかし白人にはそれがわからない。全ての人に同じ態度を取れば「これで平等」と平気で言えてしまうわけです。勿論悪気はなく、差別撤廃を謳う人でさえ、そういう考えの人はいます。「自分は与える側であり、与える量を皆同じにすることが平等である」と考えているのです。「平等」と聞いてこちらを思い浮かべる人は多いでしょう。自分はあくまで「可哀想な人達に施す格上」であり、メリットがないのに「与えてやった」のだから、格下は頭を下げて有難がるべきだと。
しかし、元の土台を平らにすること、すなわち「与える時もあれば貰う時もあり、与えたり貰ったりした後の量が皆同じになること」が、本来の「平等」です。
本作の金持ち家族はどうでしょうか。使用人がいないと今の生活を維持できない人々ですが、貧乏人の臭いに顔を背けたり、窓を開けたり。「臭いから仕方ない」…そこで考えるのをやめてはいけないなと。単なる体臭ではなく「そこに住む人々特有のにおい」なのに、近くに住んでいるにも関わらず、無関心でそれを知りもしない人々…
さて、否定的な意見が多めのラストは、自分も犯罪者が感傷に浸ってるとしか感じませんでした。
半地下家族も一応、地下夫婦のこと気にかけてはいて、根っからのクズではないかもしれませんが…悪いことしかしてないのに逃亡犯を迎えに行ってうあ゙ぁ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・あ゙ぁぁ゙ん…って、なるかい。何で感動っぽくした?
監督曰く「明らかな悪党も天使もいない」「適度に悪く、適度に善良で、適度に卑怯で、適度に正直な人々が縺れて破滅する」「(半地下家族は)悪党ではない、ただ誤っただけ」。
え?明らかな悪党じゃないの?適度に善良で適度に正直な人どこにいたっけ?完全に悪党と思ってましたけど~!!
低評価の人が引っかかったのはここではないかと。横でチラ見してた家族も「詐欺集団がやらかして落ちぶれる自業自得」と一言で本作を評価。上手い!
レビューで「清貧」という言葉を用いて日韓の考え方の違いを表現する人もちらほら。改めて韓国との考え方の差を感じました…が、受賞を考えると欧米諸国もなかなか…かも。
思想のかたより
半地下を知らない幸せ
結果論ですが、半地下でも貧しくても寄生する前がこの家族は幸せだったなと観終わったあと切なくなりました。
豪邸の地下で追い出した家政婦さんとせめて手を取り合っていたらこんな事まで発展しなかったのに、、
そもそも真面目に働いていた人の働き口を潰すやり方を繰り返していたのが良くないのですが、そうしないと生きていけない社会というのが悲しくなりました。
キム家目線で観てしまいましたが、お父さんがプッツンしてしまう気持ちなど、臭いを感じる富裕層の人にはきっと理解できない事なのでしょう。
そして手を取り合うなんて事もないと思います。
最後、手紙でお金を稼いであの家を買うと綴ったものの貧困層では実現不可能な計画が切なさを増します。
最後まで目が離せなくなる面白い作品でした。
と、半地下を覗いてまでも、富裕層感覚のお気楽なレビューをした自分震えます。
エンターテイメントとして面白い
序盤のコメディ要素のまま最後まで進めても良かったと思う。
韓国国内の実情をエンターテイメントとしてに落とし込めていて
見やすい。
大学を卒業しても就職するのが大変。警備員?一人の募集に500人が応募するほどに競争率が高い。
その中であれこれ手を出し、手に職を付けてきた主人公一家が逆襲する展開。
どうでもいいんですが気になることが、
金持ち家族の家の地下室の存在。
有名建築家が一から作った家。
万が一のために作った地下室を誰にも知られずにこれたのか?
設計図の保管義務はないのか?
日本には15年保管義務がある。
万が一の地下室なので電気、水道を通しているのはわかるが地下室
で漏電がおきたりしたら大惨事なのでわ?
まあエンタメ映画なのでいらん心配ですが。
残虐シーン、ベッドシーン、
社会風刺、社会格差等盛り込んでいて、邦画の愛のむき出しを感じさせる作品でした。
人のいい善人でお金持ちの家族が不幸になっていく様子を、さも金持ちは...
社会派ではない
テレビで社会派だの何だの騒がれていて、
アカデミー賞を受賞した韓国映画だと聞き、
見たがこれは酷い。
まず社会派だと云う印象が全く持てない。
ただただ怠け者の一家が金持ちの家を
乗っ取ろうとして失敗しただけにしか
思えない。
それに内容の現実味が薄すぎる。食べ物が
そんなしょっちゅう消えてたら誰だって
気づくし、地下からあんな大きい叫び声を
挙げてたら誰かしら聞こえるし、たった
八分で食べ散らかした物を片付けた状態
なのに誰も不思議に思わない。
さらに登場人物達が馬鹿すぎる。数日旅行
して家を開けるだけなのにあんな宴会の
ような事してバレないと思い、さらに、
予定変更で帰ってくる可能性すら考えて
いない時点で頭が弱いのかなと感じる。
さらに最後の無差別殺人も無理矢理すぎる。
動機もあまり分かってないし、主人公が
あんなに刺されても死なない時点でかなり
おかしい。
結論は総じてとてもじゃないが社会派とは
言えないと思う。正直言って出来は中の下の
ありふれたフィクション映画。アカデミー
受賞作品とはとても思えない。貧富の差を
描いた社会派映画を探しているならば、
別の映画を見る事をオススメする。
細かい表現から大きく感情が現れる場面、すべていい
うーん
パク社長一家が可哀想すぎて…
キム一家ひどすぎ。
貧しいからとか言い訳にならない。
家庭教師に本気で恋してた娘の心の傷、
あの幼さでpretendを知る息子の心の傷、
あの奥さんがそんな子どもたちを抱えて、生活の糧を無くして、どうやってやっていくのか…
にしても、なぜ執行猶予なの?
どんな話なんだろうとドキドキしてただけに、期待が大きすぎたかなぁと思う。
豪雨の中、下へ下へと流れる滝のような恐ろしい水が、下層で汚水となって貧しい人々の生活を破壊し体育館で公務員に怒鳴りつける
一方、雨がどれだけ降ろうと、流れて被害はなく、空気が綺麗と呑気にパーティーできる高所得者。
でも、カンヌやアカデミー賞で1位をとるべき作品なのかなぁ….
キム一家に、最後にギウが思い描いたような互いの無事を確かめて嬉し涙する日が来ませんように。
素晴らしい
起・承・転・結
奇想天外でした
アカデミー賞を受賞したときき、気になり視聴しました。
前半は、楽しみながらみていましたが、後半は、いつバレるのかハラハラしながらみました。貧困家族には、金持ち家族において計り知れない苦労が垣間見れると感じました。
洪水でのシーンが代表的だったかな。
大雨で家の中が水浸しになってしまうのは、かわいそうでした。。
疑問に思ったシーンは、キム・ギヴが石を持って地下に行ったのはなぜだろうと思いました。最終的に、石で頭をムングァンの夫に叩かれてしまうが‥ギヴの精神がおかしくなっていくことがわかり、地下の人達を殺そうとしていたのかな?
何処までも半地下家族目線
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