町田くんの世界 : 映画評論・批評
2019年5月28日更新
2019年6月7日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
「善なること」に意味はあるのか?コミカルな味わいのなかに現れる大きなテーマ
いいね、町田くん! 思わず、その名前を口に出したくなる映画だ。石井裕也監督の新作は、ほとばしる汗と涙と、意外性とみずみずしさに満ちていた。
高校生の町田くん(細田佳央太)は心優しきメガネ男子。勉強はできず、運動もダメ。全力で走っても「めっさ遅っ!」な町田くんだけど、彼には「困っている人を見過ごせない」という究極に善なる心があった。そんな町田くんが孤独な同級生・猪原さん(関水渚)に出会い、ある感情に目覚めていく――。
まるで自主映画に戻ったかのような、決めすぎないラフな味わい。新人2人を主役に抜擢し、岩田剛典、高畑充希、太賀――主役級の豪華キャストで脇をかためる。しかもみんな制服姿で高校生をしてる(十分、似会うけれど。笑)。なかでもクラスメイト役の前田敦子の存在感は抜群だ。冷めた目線と口調で突っ込みを入れつつ、町田くんの存在に輪郭を与えている。
と、いろいろ型破りな手法で、石井監督は現代の寓話を世に投げてきた。
そう、本作はコミカルな味わいのなかに、現代に問う大きなテーマがある。この悪意に満ちた世界で「善なるもの」は存在するのか。「善なること」に意味はあるのか。こうした人物像は繰り返し描かれてきた。たとえば沖田修一監督の「横道世之介」。そして今年のベスト入り確実な、イタリアの珠玉作「幸福なラザロ」。醜いこの世界を小さき力ながら無欲に無自覚に浄化せんとする彼らには、往々にして「自己犠牲」という結果が待つ。果たして町田くんはどうか。これまた意外な展開が待っている。
汚れちまったこんな世界にも、駅の階段で他人のベビーカーをサッと担いで登るサラリーマンがいる。財布を無くして絶望する高校生に、名乗らずに飛行機代を渡す人もいる。そして善なる心に触れた人は、確実にそれを次へと繋ぐ。現実も物語も、世界はまだまだ捨てたものじゃない。
(中村千晶)