それは、ある休日の昼下がりのことだ。馴染みのレンタル店でアクションの棚を何の気なしに物色していた私の目に、アクション映画に似つかわしくないピンク色が飛び込んできた。
私の手は何かに吸い寄せられるようにそのピンク色のタイトルを手に取った。それは白昼夢のように不思議な体験だった。
すでに借りていくものは決定済み。棚を見ていたのもほとんど眺める程度の流し見。
私の意志とは関係なく、勝手に手が動いているような奇妙な感覚。
DVDを手に取った時、タイトルの文字を認識していなかったと言って良いだろう。
何か強烈な磁場のようなものが私を操っていたとしか思えない。無意識の世界からの誘い、大いなる意志の介在した出会い。
ふと目が覚めたような感覚を覚えて、少し慌てながら手元を見た。
そこにはこう書かれていた。「マッスル 踊る稲妻」と。何コレ?!
とりあえず、監督シャンカール・音楽A.R.ラフーマンというコンビを信用してレンタル。帰宅して予告編を観ても、どんな映画かサッパリわからん!ホント、何コレ?!
ストーリーの軸は2つで、純愛ラブストーリーと謎の男によるサスペンス。
ボディビルダーのリーゲンサンは、モデルのディヤーに夢中で、彼女の宣伝する商品ならブラでも生理用品でも購入するほど。
ライバルの露骨な脅迫にも怯まず地区大会で優勝したリーゲンサンは、セクハラ被害の為窮地に陥ったディヤーからCM撮影のパートナーをオファーされる。
彼女に夢中なあまり、体に触れるような演技は出来ず、ディヤーのキャリアは風前の灯。
「良いCMを撮影するために、リーゲンサンに相思相愛だと思わせろ!」という監督のアドバイスに良心の呵責を感じつつも従うディヤー。有頂天になり彼女ともっと接近しようとするリーゲンサン。
ここにトップモデルの座を奪われたディヤーへのセクハラ男・ジョンと、リーゲンサンに好意を寄せるトランスジェンダーのスタイリスト・オズマも絡んで、笑いあり、アクションありのラブパートが展開される。
一方で、フードを被った醜悪な容姿の男が、ディヤーとおぼしき花嫁を拉致するシーンが冒頭にある。こいつは一体何者なのか?
時間軸がいじられ、フード男が暗躍するストーリーと、リーゲンサンとディヤーのラブストーリーがいつ交差するのか、興味深い作りだ。
不思議な体験をしたから大袈裟に言うわけではないが、ラブストーリーとして最高だった!
とにかく映像への並々ならぬこだわりが感じられ、幻想的でクール!
特に中国でのCMロケシーンは、主演の二人が赤・緑・青と統一した色相のコントラストの中で舞うように動き、華やかで美しい。
ディヤーへのリーゲンサンの愛は深く、彼は本当に純粋で、相思相愛演技に浮かれたリーゲンサンを観ていると、むしろ切なくなるくらいだ。
謎のフード男の正体とか、フード男の復讐劇より、恋愛パートに夢中だった。とにかく、リーゲンサンに幸せになって欲しい!エンディング前など、本気で祈ったものだ。
率直なところ、歌は上手いけど「ロボット」みたいな印象的な楽曲はなかった。しかし、ダンスシーンの全てが豪華絢爛で、リーゲンサンがディヤーに夢中な事がハッキリ伝わる映像表現は完璧。
インド映画の神さまが、この作品になかなか気づけなかった私に手を差し伸べてくれた。そんな逸品だ。
それにしても、邦題はもうちょっと何とかならなかったのか。