2023年6月公開「逃げきれた夢」の二ノ宮隆太郎監督による前作ということで参考のため鑑賞。「逃げきれた夢」のレビューで書いたように、2作の共通点の1つに冒頭の印象的な長回しがある。「お嬢ちゃん」では海岸に向かって砂浜に座る母親を背中側からとらえ、波打ち際から戻った父親が幼い娘を妻に託してコンビニに買物に浜を後にするのを追って陸側にパンし、入れ替わりにフレームインする若い女性2人が丸太ベンチに腰掛けて日焼け止めを塗りながら雑談する様子をおさえ、ここに女性1人、さらに男3人女1人が加わって初対面の男たちが自己紹介するあたりで、今度は遠景の道路脇の歩道を主人公・みのり(萩原みのり)と友人の女性がずんずんと歩いて横切るのを引いた構図のまま追いかけて……といった具合。
映画の中心はみのりだが、みのりが直接関わる若者たちや特に関わらない若者たちのだらだらとした雑談を収めたシークエンスも適宜挿入され、青春群像劇のようでもある。特徴的なのが、男であれ女であれ3人集まるとまるで約束事のようにロールプレイが始まること。仕切りがちなAが「俺/私は〇をやるから、Bは△役、Cは□役やって」という感じで始まり、雑談の延長のような平熱感でロールプレイングに興じる。本作がENBUゼミナールのシネマプロジェクト作品であり同ゼミのワークショップを通じて監督と俳優がコラボしていること、また監督・脚本の二ノ宮隆太郎は自ら俳優としても活動していることを考え合わせると、芝居の練習として彼らが日常的に行うロールプレイをそのまま劇に取り込んだようでもあるし、映画の中で俳優たちが演じるキャラクターがさらに別の役を演じるというメタ的な面白さもある(小さな劇中劇が多発していると言ってもいい)。
そして、みのりというキャラクターの特別感。みのりはいわば“町でいちばんの美女”で、勤め先の不動茶屋(鎌倉に実在するお店でロケしたようだ)に彼女目当てで若い男性客が通ったりするほどなのだが、たいてい不機嫌で、気に入らないことがあれば相手が大男だろうが親戚のおばさんだろうが猛然と抗議するし、「口くせえんだよ」「クソ」などと言葉遣いも悪い。
だが不機嫌さの本当の原因は、自分の中にあることをみのり本人もわかっているし、そのことが伝わるよう二ノ宮監督は描いている。それはきっと現状を変えて何者かになろうともがいている多くの若者たちに共通する焦りや葛藤なのだろうし、そうした日々を肯定する二ノ宮監督の優しい眼差しが映画を好ましいものにしている。