チワワちゃんのレビュー・感想・評価
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チワワに魅力を感じない馬鹿だからよくワカンねぇや💦
バラバラ殺人被害者チワワちゃんとその若き遊び仲間の話。
素性も分からぬまま仲間になり、盗んだ金で豪遊し、やりたい放題。自分らを自爆テロと称して600万を3日で使い切り、仲間達は開放的に。
その後もチワワに魅せられる人間模様。
何故か惹かれる彼女と過ごした仲間達。
死んだ後、チワワの事の素性を知らなかったミキの前には、忘れつつあるもチワワの影響が残っていた仲間達。
魅力で影響力をもたらす人間は直接的でもメディアの様な間接的でも存在する。
「チワワが死んだ」と言う期間限定を設けて、仲間達がまだまだ若者ながら、取り戻す事の出来ない限定的な仲間内の青春の1ページ的ノスタルジアを彷彿させる作りをしている。
物語構成的には悪くないのだが、この作品の良し悪しは「影響をもたらす人間=チワワ」が観る側に対して魅力的に映るか映らないかがかなり影響されると思う。
しかも万人向けだから難しいよね。
私には(仲間的立場ならば)チワワは魅力的には映らず、仲間内の話なんだなぐらいしか思えなかった。
こう言う限定的な狭い話も良いのだけれども、「こんな豪華若手俳優陣を主軸の周りで使う程の構成話か?」と考えると否。
逆に主軸であるチワワの印象(魅力)が薄れるのだ。
もっと輝くチワワの魅力が欲しかった。
「チワワより門脇麦や玉城ティナの方が魅力的だったな。私なら(あんな大胆な演技は出来ないと思うけど)ちょっと袖の間から背中をチラ観させてくれた玉城ティナとチェンジ‼️」と考えちゃう訳です。(馬鹿)
もっとポップだと思う
放恣で淫奔な女性を狂言回しとする、ポップな述懐です。
『チワワちゃんはあたし達とあそんだりおしゃべりしたりなやみをうちあけたりバカ話をしたりしたきすしたりセックスしたり恋をしたり憎んだりした人もいた』(原作より)
死を悼む話というより、何がしたいのかわからない破天荒な子がいて、彼女に対するそれぞれの思い出がある、という話です。チワワは気分屋で非倫理的で破滅的で刹那的な子だったのですが、忘れ得ない「人たらし」だったことを、みんなが懐かしがっています。
原作はスピンオフのようにも感じられる小品でした。
自堕落は好意的に言えばマイクリーのネイキッドのような映画になる可能性もありますが、勝手に生きる好ましいとは言えない人を撮って好ましい映画にしてしまうなんて芸当、おいそれとできることではありません。それを乗り切るため、プロモーションビデオ風に、きらびやかな頽廃を挿入していますが、いずれにしても類型的で、どこかで見たような放縦な若者たちだと思います。
ただしこれは岡崎京子です。
岡崎京子の漫画は、アンニュイな目ぢからのある女性像が、ファッションアイコンとして、激しく業界ウケしました。編集者やフォトグラファーや映像作家やミュージシャンや文筆家が、岡崎京子の女性像をそれぞれの方法で使ったり語ったりしました。そこへ、ご当人の事故があり、新作が拝めないという事態になります。で、レジェンドになったのです。
ポップでエキセントリックで頽廃的な岡崎京子の漫画は誰もが認めるものですが、レジェンド扱いになったことで業界人がそれに「解る人には解る」みたいな精神性/権威性を、纏わり付かせてしまった、という気がするのです。
つまり映像化したとき「神格岡崎京子」の雰囲気が介入してくるのです。「おまえらに解るかよ、この世界観?」が介入してくるのです。それはヘルターはもちろん、リバーズでも感じました。
ただ本作はそれら前二作よりずっと、シンプルでまともでした。しかし根本的に、岡崎京子の映像化とは、元来映像を持っている岡崎京子に映像を付けようとすることの矛盾だと思うのです。
何も新しくない時代の表現とは
今時の言葉で言ってしまうと 音楽色合いも物語ひとつとっても とてつ...
空虚な青春
世界観…
なに見せられてるのか...
絵しか綺麗じゃない
岡崎京子の怪作
上映期間に観忘れていた作品でしたが、超えられない壁、岡崎京子原作作品ですな。
彼女の脳内はいったいどんなことになっているのか、岡崎世代の私には、
もっとも興味のあるところなんですが、
このチワワちゃんはその最もを表現した作品だと思います。
ネットが氾濫する現代に於いて、
相手の本名や家族構成すら知らないなんてフツーのことで、
ただ、亡くなったということで安易に傷ついたふりをして見せる…。
もう、本当に虫唾が走ります。
彼女との関わりを掘り下げて初めてわかる事実が、
仮に生きた状態であったとしても、誰かが手を差し伸べられたのか。
ただただキラキラした虚空の世界で、逃げることしか術を知らず、
この先の未来に怯え、頭を使わずにできることしか選択しない彼らこそ、
あぁ、いるいると劇中、頷いてばかりでした。
そういった世代の深い部分を、
どうして50を過ぎた岡崎京子が表現できるのか(当時は30代でしたねw)
未だもって謎です。ホントに謎。
原作はさておき、
キャステイングもよく出来た作品と思いました。
門脇麦が老けて見えるなんて、これまでない立ち位置でした。
彼女のスタイルは目を見張るものがあったはずなんですが、
それ以上のスタイルのチワワちゃん、お見事でした。
そしてクズをやらせたら日本一の池松壮亮の次世代を、
成田凌がしっかり受け継いでいますなw
どうぞ全女性から嫌われてくださいw
劇中の、
「女の子は気を遣って疲れるし、男の子は消耗する」のセリフ、
すごく響きました。
と、スマホの見せ方が秀逸で、この監督すげーなとも付け加えておきますw
R15+若手役者揃い踏みの刹那系
チワワちゃん初っ端から大活躍
だが逃走シーンのダサさからのオープニングが上手く繋がってない。
もう若くないし世紀が違うからノレないのか。
チワワちゃんバラバラになってからの話。
暫く音信不通だったのね、仲間同士。
玉城ティナ真面目か
ゴールドラッシュ?
遡る
600万でバス箱乗り
ナイトプールでパーティー
私たちの青春は自爆テロだった
3日で使い果たす
インスタ
スターダムに登るチワワちゃん
カメラマンがヤれる理由が分かった気がする。
放浪の半年
早送りでボカシで乱交
コンドームにボカシ要る?
AV
価値観と距離感
気を使うと消耗する
まだ好きなの?
成田凌みるたんびに腰振ってる気がするがまさかの中折れ
紫陽花白いライラックで埋めてほしい
そしてチワワちゃんは過去に消えた
RIP.ていつから使い出したのやら。
また集まって港で献花
6号上屋
東京のせいなの?
洒落てますなぁトーキョー楽しんでますなぁ。。。
若い人向け
若者の持つ毒
登場人物たちの軽薄さに憧れた。
一人一人みんなしてペラペラに見える。
自分の歳と大して変わらない彼女たちは別の生き物のように思えた。
出会いはナンパでぇ〜とかノリで泊めた女の子とセックスしまくる毎日〜とか、テキーライッキして走り出しちゃう感じ〜とか。
できない、なれない。でもなんかいいな空っぽでも楽しそうでさ。私はまともだと思っていたけど実は逆なのかもとさえ思わされる。若いってこういうことなんだろうって。
でもあんなにはしゃいで色んなモノを共有して一緒に生きていた友達や恋人も今どこで、あの時からなにをして、なにを見て、なにを感じて生きていたか分からなくなる日が来る。楽しいだけの時は一瞬で終わる。
いずれ馴染みの場所にも集まらなくなり、あのクラブも無くなる。大金に思えた600万もあっという間に無くなった。場所も、時間も、人間関係も
みんな自分の見ていたチワワちゃんの姿しか知らない。
自分の知らないチワワちゃんを知ろうとしても叶わない。
どんな言葉で書こうがまともなフリをしている大人たちから見たらチワワちゃんは空っぽの若者でしかない。
チワワちゃんがバラバラになったことも世間はすぐ忘れる。
テレビで流れるテロやデモも「やばいよね」くらいにしか思えない。
それでも彼女たちにとってはどこかの国で死んでいく何万人のことよりチワワちゃんのことの方が悲しい。そう思えることがある意味正常で擦れてなくて美しい感情とさえ思えた。
大人から見たら毒に見えるかもしれないが若者にとってはコレが生きるってことなんだ。チワワちゃんは生きてたんだ。強引に締めくくるとそんな感じ〜
夏に見たら走り出したくなっていたかもな。
昔あんなに仲の良かった、馬鹿ばっかりやって一生友達〜とか言いあったあの子たちには、やっぱり連絡しないでおこう……
心の傷を負った深層は、刹那のバカ騒ぎでは埋められない‥
映画を見始めると、センスある映像と音楽に気持ち良くなりながら、こんなバカ騒ぎの理由は何だ?彼らはいったい日常で何をやってるんだ?との疑問が次第に湧き上がって来ます。
すると次第に映画が進むに従って、映画としてこのバカ騒ぎを(否定しているわけではないが)肯定しているわけではないことが分かって来ます。
チワワはいわば私たちの心の傷(あるいは寂しさ)の象徴であって、その寂しさをバカ騒ぎで埋められるのか?のこの映画は問い掛けであったとは。
チワワはバラバラ殺人事件で死んだところからこの映画はスタートします。
よって結果的にバカ騒ぎによる私たちの心の傷の象徴であるチワワの救済には失敗し(殺害され)ていて、この映画は映画前半のバカ騒ぎを肯定しているわけではありません。
しかしこの映画が優れているのは、過去を否定して未来に生きるみたいな、人を回心させるのが当然のような人間に対する傲慢さもない所だとは‥
私たちは、自身の心の傷を抱えながら、別の何かにステップアップし残酷さもまといながら生きています。その複層的矛盾をきちんと描けているのがこの映画の優れた核心だと思われました。そしてこの映画も後半にそのように描かれています。
例外のチワワを残して‥
心の傷を負った深層は、刹那のバカ騒ぎでは埋められない‥
明確に貫かれたこの映画の一貫性は、心の傷を抱えながら残酷さも持って生きてる私たちの深層に届いていると思われました。
チワワはバラバラにされて死ななければならなかった‥
そしてそれを残酷に、しかし否定出来ずに私たちが見つめられるのは、チワワが私たち自身の心の傷の象徴だからでもあると‥
作品評価には賛否あるようですが、私はこの映画の到達点に深く共感しました。よって★4つの評価とします。
青春の力強さ
あれ?どうやって「自分」を証明する?
チワワちゃん
鑑賞日 2019 1/29
映画.comでの評価があまり高く無かったので期待はしないで見に行ったが、想像していたよりは面白かった。まず、千脇良子(チワワ)という人物が突然誰かに殺され、いなくなるのだがそのとたんから「チワワちゃん」という人間がどのような人間なのか、本名ですら彼女のまわりのみんなは知っているようで何も知らず、チワワちゃんを殺した犯人を捜すにつれだんだんわかっていく。というストーリーが現代の人々の交友関係について表されているようだった。ただ無心に遊び、恋愛し、セックスするという繰り返しが突然のあまり素性を知らない友だちの死によって終わり、改めて「自分とは何なのか」という疑問を湧き上がらせてくれた作品だった。
「この楽しい時間が続くって思った時が、もうみんなで集まらないってことの予兆なんだよ」という言葉が、心にグサッと刺さり、友人関係というものの本質を捉えていると感じた。時間も金も、凄まじいスピードで過ぎ、減っていく。そんなめちゃくちゃな、何も考えない時間を本当に上手く表現できていると思う。もし自分が突然死した時、自分の周りの人間は自分について知っていてくれていたのだろうか?とも思った。また、主題歌の「僕らの時代」は本作のテーマに沿ったいい曲だった。
旅行したい、バカ騒ぎしたい、だけど金がない
卑屈に生きるよりは明るく前向きに(形だけでも)生きているほうが周りからはよく見えるのだろう。毎日のようにクラブで遊び、何をやりたいのかわからない空虚な若者たちにしか見えなかったけど、映画を撮りたいナガイだけは意思を貫いていたかなぁ~て感じ。おっさん的に見れば「こいつら働いてんのか?」くらいにしか感じなかったけど、彼らの大半は大学生。ヤバい人たちとは距離を置いてたことくらいがマトモだった。
ストーリーもチワワちゃん殺人事件という一本筋があるにも関わらず、かなりダラダラと進んでいる。みんな本名も知らず、彼女の過去も知らず・・・友達の部屋を泊りあるくところだけは面白かったけど、殺人事件の被害者という点では緊張感が無さすぎるのが空しく思える。
何にもなかった。遊びまくりの若者たち。彼らが大人になったとき、面白かったね~などと語り合えるのだろうか?多分、みんな黒歴史としか記憶に残らないと思いますよ。可哀そうなのはチワワちゃんじゃなく、彼らの親だろうな・・・
すばらしい
MVだけっぽい感じはするが、
現れた→奪った→走った→逃げた→昇った→消えた、
というシンプルな背骨を軸にして、
楽しいカットを並べてるだけのようにみせて、みきちゃん、ゆみちゃん、ききちゃん、よしだくん、ながいくん、かつおくん、インタビューする人、それぞれの役割と配置とその効果など、
何度も何度もああでもないこうでもないシミュレートしてるはず。
CMとかでよくある、
俳優さん自由に楽しく会話しててください。
カメラはずっと回してます。
編集でいいところを頂きます、とは違う。
これ、撮影、照明の色彩や背景の切り取り方はインスタレーションの域。
好き嫌いだけでなく、ちゃんと測ったり計ったり検証しないといけない。
みきちゃんが、聞いて回ってたように、チワワちゃんって映画は何だったのかを。
チワワはジェシカ・テートみたい。
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