ともしび : 映画評論・批評
2019年1月22日更新
2019年2月2日よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー
ランプリングの、歳を重ねていっそう胸に迫る凍てつく眼差しの厳しい美
「ともしび」で第74回ヴェネチア国際映画祭主演女優賞に輝いたシャーロット・ランプリング。沈黙の雄弁に徹した彼女の演技力/存在力あってこその快作を放った監督アンドレア・パラオロは14歳の時、「地獄に堕ちた勇者ども」でランプリングを見初めたとディレクターズ・ノートに記している。
ナチスの時代を背景に鉄鋼王一族の末路を描く巨匠ヴィスコンティの傑作の中、遠縁の娘で重役の若妻という小さな役で華麗なる一族の食卓の片隅にいたランプリングは実際、人を射抜く眼差しの冷たい炎にも似た磁力で巨匠お気に入りのスターたち、妖しくも美しい面々をしり目にとびきり忘れ難い光を発していた。
そんな彼女を想定して監督第2作「ともしび」の脚本も書いたと続ける監督は、老いを味方につけ「まぼろし」「さざなみ」と女優としての新たなピークを謳歌してきたランプリングのさえざえとした在り方/演技、歳を重ねていっそう胸に迫る凍てつく眼差しの厳しい美に敢然と自作を委ねてみせる。実姉の自殺といった私的試練もさらりと演技に溶かし込む女優ランプリングの内と外との境界上に毅然と在る在り方、それを映しとるような顔をこそぬかりなくヒロイン、アンナに重ね過激に寡黙な映画の要としてしまう。
はっきりと示されはしないが、ゆっくりと映画が歩を進めるうちにくっきりと見えてくる何かのせいで収監された夫。ひとり残されたアンナが頑なに守る日常の営み、暮らしぶりを映画は辛抱強くみつめる。スパイク・リーの「ブラック・クランズマン」も手がけた撮影監督チェイス・アーヴィンが、社会の目にさらされながら内なる自分をもてあますひとりの居場所を35ミリフィルムならではの陰翳に繊細に刻む。
内と外の狭間に立ちずさむアンナ、刑務所の夫以上に囚われ人めいた彼女の孤立をいくつもの窓、扉が囲い込む。そんな“枠”を踏み越えて歩み出す日の訪れを微かに予感させる映画は、それでも冬の光、寒気を安易に手放そうとはしない。海岸に打ち上げられたクジラのように、ただただ腐臭を放って朽ちていくしかないのか。動き出せずにきた自分を漸く解き放つ時が来るのか。答えはあくまで観客に任せて監督はその宙づりの保ち方で実存をめぐるサスペンス映画を強かに紡ぎあげている。
(川口敦子)