万引き家族のレビュー・感想・評価
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明るい映画。映画は、こうでなくちゃ!
感想は最高です。
是枝作品は今回が3作目という是枝弱者ですが…。
「誰も知らない」で柳楽優弥君の名演技を引き出した是枝監督は、今回も最高の子役使いでしたね。
祥太役の城カイリくん、リン役の佐々木みゆちゃん、最高です。
ラストの安藤サクラの泣きの演技。
ダメ男、適当男を演じさせたら右に出るものなしのリリー・フランキー。
食べ方が凄い樹木希林。
松岡茉優は、「桐島部活…」の時も絶妙の嫌な奴を演じきりましたが、今回もいい子なんだけど褒めれない子、でも、可哀想、という微妙なキャラクターを演じてましたね。
リンに「私も名前が2つあるの。」は、「お前、その話五才の子にする??」とかね。
ファンになりました。
貧困問題、社会保障問題を取りあげて、「こんな恥ずかしい日本の姿を海外に見せるな!」だの、「文化庁から助成金を受けて日本批判をしている。」とか叩いてる人がいるみたいですね。
まず、是枝監督は元々テレビのドキュメンタリー番組を作られていた方だそうで、その時から一貫してテーマは「貧困・社会保障問題」だったそうです。
そして、日本の恥ずかしい姿を見せるなって、事実を隠して良く見せる事を日本がやってしまっては、北の方の国みたいになっちゃいます。
映画や音楽と言った芸術が政治批判しなくなると、つまらないし。(今作品に、その意図があるかは、さておき)
この映画お涙頂戴の感動映画ではないです。
割と笑えたり、明るかったり、幸せを感じるシーンの多いので、それがまた不思議な感じ。
絶対観るべき映画です。
パンデミック
何にせよ、人聞や人気には臨界点があって、そいつを超えれば爆発的に拡がり、超えなければフェイドアウトの憂目に会う。
過大評価と過小評価が生まれる構図は単純なれど、制御不能であることはみんなよく知っている。
ちょっと拡がり過ぎかなぁ。
アットホームの判りやすさではダメだったのに、パルムドールの意味も知らない人たちが受賞作品に群がる。決して批判しているのではない。とにかく劇場に人を集めるコンテンツは貴重だから。
パルムドールと聞いて、どんなに素晴らしい映画かと思っていたのに期待ハズレだった、と言う人も多いでしょう。終わった後の顔を見れば分かるが、これは良い映画だよ。
松岡茉優を見直した一品でもありました。手脚の動きで心象、痛みまで伝わるもんなんだ。時間で性を切り売りしている時。時間を惜しみ痛みを共有しているとき。その違いは、素振りだけで、高い浸透圧で胸に染み入って来ます。見直しました。良かったです、凄く。
ほんものとは何か
貧困 家族 親子
『教えられることは◯◯◯くらいしかなかった』という寂しさの衝撃
難解なイメージもありますが、問題提起と回答は明確な作品だと感じました。「万引き家族」というキーワードの前半「万引き」が目立つので貧困や犯罪や日本社会にも思いを巡らせましたが、メインの問題提起は「家族」の方かなと思いました。この家族の大人は収入がありますので、本当の貧困だから万引きをするわけではないのだと思います。コロッケは普通に買っているし。
これは万引き(もしくは他にも明らかになる犯罪)によってつながっていた家族の物語です。
【問題提起】
家族の絆とは何か?何によって人と人はつながるのか?
【回答】
お互いが家族であることを確認しあうことで家族はつながれる、というメッセージなのだと私は読み取りました。
この映画を見ていると様々なパターンのつながりが示されています。
血のつながり、
金のつながり、
身体のつながり(男女関係だけでなく子供をぎゅっと抱きしめるスキンシップも含まれる)、
一緒に食事したり海に出かけたりという時間を共有するつながり、
助け合うことによるつながり、
教える/教えられるのつながり
そして犯罪を共有するというつながり。
「万引き家族」というタイトルそのものかもしれないけど、万引き以外にも過去に犯罪を共有しているという衝撃、そんなつながりもあるのか、と、驚いた。
しかし、血以外では全てつながっている治(リリー・フランキー)と祥太は、最後まで家族になりきれなかった、と、私は読み取りました。でも、その理由は血がつながっていなかったからではありません。
「お父さん」と呼んでほしい治も、わざと見つかるように万引きをして警察から家に連絡させる祥太も、お互いが家族であることを確認しあいたいのだと思うのです。
駄菓子屋(柄本明)の言葉に動揺する祥太は、悪いことだから万引きを辞めたいのではなく、治に父親として世の中のことを教えてほしいのだと思います。「お店に売っているものは、まだ誰のものでもないから万引きしても良い」という理屈と同じように、車上荒らしをやっても良い理屈を治から教えてもらうことで、祥太は安心したかったはずです。ですが、きちんと祥太と向き合わない治。
治は寂しい人だな。取調室での「教えられることは万引きくらいしかなかった」と発言するシーンで、私は最も寂しさを感じました。祥太を置いての夜逃げも、最後に「お父さんからおじさんに戻る」という告白も、バスに乗る前に引き止めるのでなく発車した後に追いかけるところも、寂し過ぎる。苦しい。辛い。
こうしてお互いを確認しあえなくて崩壊した家族は、この家族だけではなさそうです。貧困ではなく血もつながっているであろう、ゆりの家族も、亜紀(松岡茉優)の家族も、きっと同じ。どうやら、お互いが家族であることを確認しあえない原因は、貧困とは別のところにありそうです。
原因は、「教えられることは万引きくらいしかなかった」という言葉の奥にある治の自信の無さなのでしょうね。寒い日に外で凍えているゆりに気付いて手を差し伸べる温かさもある、遅くまで帰ってこない祥太を探しに行く優しさもある、しかも怪我をすれば(善悪は別として)高額なルアー万引きのような新しい稼ぎを思いついたり遺体を床下に埋めたりといった行動力もある頼れるおじさんだとも思いますが、きっと自分に自信が無い。
『でも、他にも教えられることはいくらでもあったでしょう?』って、治に言いたくなりました。そして、『祥太の不安を受け止めてやってよ!』とも。
いや、でも、あれだけ自分自身が寂し過ぎる治には受け止めきれないか。。。この自信の無さや寂しさを解消するには、やはり家族のつながりは必要なんだろうか。これでは理屈は堂々巡りだけど、そうなんだろうな。自信が無いから家族であることを確認しあえない、家族であることを確認しあえないから自信が無い。いつまでも寂しさのループから抜け出せない。そして、お互いが家族であることを確認しあえなければ、血がつながっていても、裕福であっても、家族は崩壊する。辛いな。
寂しさのループを抜け出したいのならば、まずは、お互いが家族であることを確認するところから始めていくのだろうな。
決して後味が良い映画とは思いませんが、いろいろ考えさせてくれる良い映画ですね。松岡茉優さんは、いつも通りカワイイです。
是枝さんの誠実さ、心で演じた俳優陣
主人公は擬制の家族。ただ、今流行りのシェアハウス的な気の合う者どうしで作る家族とは違い、治と信代以外は、なりゆき上一緒に暮らすようになった家族。
仲むつまじく暮らしているように見えながら、実はほとんどカネに関する会話しかしていない。いや、カネの話を明け透けにして、自らの釣果を誇りながらも、それを分け合う必要性を恋慕や慈しみによって認め合うことで、かろうじてギスギスしない。この関係こそ、仲むつまじさの正体なのだ。
そのことをさりげなく炙り出していく、是枝さんの細やかな作劇、俳優陣の心のこもった、それでいて自然な演技が、素晴らしすぎた。
星4つなのは、警察の聴取が家族の秘密を露わにしていくラストの展開。治の怪我や信代の解雇で露わになる綻び、祥太のスイミーの話を聞こうとしない治、治の手品の仕掛けを一人で知ってしまう祥太と、伏線はばっちりだったのに、なぜ最後の種明かしは公権力によってなされたのだろう。
確かに、あるべき家族像を押しつけてくる「常識」の象徴として、警察はぴったりだったかもしれないし、個々の共同性を公権力が壊しにかかっている現代の暗喩としては優れているのかもしれない。しかし、今の時代もっと怖いのは、ギリギリで生きている人びとの共同性が、目に見えない微細な力で内部崩壊を起こしてしまうことだ。この家族は、逮捕をもってしなくても、お互い疑心暗鬼になって離れてしまう爆弾を抱えていたのだから、より徹底した内面的な離反があってからの再生を描いた方が、観る者の心をより強く揺さぶり、明日を生きる糧にもなったのではないかと思う。
いろいろと考えさせられる作品です。
・今日の社会問題についていろいろと提議されている作品
・決して褒めることは出来ないけど、温かい人達のストーリー
・演者さん達の熱演が光ります
・音声の無いセリフのシーンは、熱くなった
家族共同体が崩壊した人達の築く家族共同体
序盤から中盤は万引きを日課としている下層の家族の日常が描かれる。しかしながら、翔太が父親であるはずの人をお父さんと呼ばなかったり、ゆりが誘拐報道されているなど、普通の家族ではない伏線がところどころにある。
終盤になると、それまで家族だと思われていた人達は血のつながった家族ではなく、それぞれの家族共同体が崩壊した人達の集まりであるということが分かる。万引き家族は疑似家族だったのだ。
疑似家族でありながら、一家団欒の食事シーン、海水浴のシーン、散髪のシーンなどの偽家族はとても幸福そうに見えた。家族共同体が崩壊した人達が家族共同体に飢え、そして欲しているようにも思えた。
期待通り
最終日直前、やっと見れた。話も知ってたし、名シーンも知ってたけど、やっぱり凄かった。ちょい役に名優たちを使うところも粋。安藤サクラの取り調べの泣くシーン、秀逸。寄せ集まった血の繋がらない家族、絆が強いとか言ってるけど、ボロが出てからは結局他人。でもそんなもん。りんちゃんやしょうた、あきの本当の家族よりはよっぽどマシ。一緒に住んでた時の幸せは本物だったのだろう。りんちゃん、大丈夫かな。これが日本の現実なのかな。
家族を作りたくなった
家族とは居場所
スイミーの強度、儚い個の集まり
スイミーは何故、仲間と集まったか、知ってる?
この祥太の言葉が、この作品の本質を表す。
スイミーを読み返してみると、スイミーは、外界の脅威に怯え小さな洞穴にじっと身を潜めて暮らしていた仲間に、自らが外の世界で見てきた美しく、雄大な光景を見せてあげたい、その思いで集まって大きな魚となる事を提案していることがわかる。
繋がっていないからこそ繋がろうとするのである。
血の繋がりはない。だが、似たような境遇で、1人では世の中から掻き消されてしまうような儚い存在...そんな彼らだからこそ、互いに繋がろうとし、自分だけでは知り得なかった世界を経験する(させる)のである。そのつながりである「悪」によって、彼らの「善」が明るみになるのである。
個では何とも儚い存在である彼らが、集まって擬態することで、実際以上の強度(繋がり)を持つ...これがスイミーの主題であり、『万引き家族』の主題である。
家族より家族らしいなら異常だっていいじゃないか。
幸せすぎては見えない、明るすぎては見えない。異世界における豊かさ、陰の中にポツンと煌めく幸福こそ、平和すぎて盲目となっている現代に響く普遍的主題だ。
想像通りかな
鑑賞して、数年前尼崎であった、他人同士暮らしてて最後にはリンチや多数の殺人になってた事件がネタなのかな?とか思った。
あれを日本の事件といえるのかは、犯人のほんとの国籍とかも日本だかわからないのでどうかなと思うけど、
要するに昨今の日本素晴らしいという風潮に対しての日本ディスりたいのかな?と思いながら観た。
感動するだとかそんな映画では当然なくて、ひたすら暗い背景だとか見せつけてるみたいなね。そりゃまあ安倍さんも何も言わないわけだ。
まあ、ある意味一面かもしれないけど。
情緒とかテーマもない気がする、単に暗い閉塞感のある住みにくい日本なんですよ〜と、言ってるような映画では?
大体「万引き家族」なんて美しさも身もふたもないタイトルな訳だし。
なんかの意図があるのかな〜とか、癖というかつい思っちゃって、
マスコミさんは作りたいし、賞も与えたいんだよね、こういうの。
個人的には、安藤サクラさん、好きだから残念。演技いいのに、勿体無いなって思います。
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