ファントム・スレッド

劇場公開日:

ファントム・スレッド

解説

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のポール・トーマス・アンダーソン監督とダニエル・デイ=ルイスが2度目のタッグを組み、1950年代のロンドンを舞台に、有名デザイナーと若いウェイトレスとの究極の愛が描かれる。「マイ・レフトフット」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「リンカーン」で3度のアカデミー主演男優賞を受賞している名優デイ=ルイスが主人公レイノルズ・ウッドコックを演じ、今作をもって俳優業から引退することを表明している。1950年代のロンドンで活躍するオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコックは、英国ファッション界の中心的存在として社交界から脚光を浴びていた。ウェイトレスのアルマとの運命的な出会いを果たしたレイノルズは、アルマをミューズとしてファッションの世界へと迎え入れる。しかし、アルマの存在がレイノルズの整然とした完璧な日常が変化をもたらしていく。第90回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞した。

2017年製作/130分/G/アメリカ
原題または英題:Phantom Thread
配給:ビターズ・エンド、パルコ
劇場公開日:2018年5月26日

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(C)2017 Phantom Thread, LLC All Rights Reserved

映画レビュー

4.5めくるめく

2018年7月19日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

この監督、この俳優。そして、「毒」というキーワード。この物語はどのような結末にたどり着くのだろうと、観る前から空恐ろしい気持ちでいっぱいだった。切り刻まれるのは男か女か、もしくはお互いか。どれほどに陰惨な修羅場が繰り広げられるのか…と、頭のすみに覚悟と緊張感を常備。けれども、まるで夢から醒めるように、すっと映画は結末を迎える。 どこまでも、甘く。なんというハッピーエンド、と思えたのは、彼らの振りまく毒にすっかりやられたせいだろうか…と、かえってぞくぞくした。
この映画のクライマックスは2つある。まずは、完璧なデザイナー、レイノルズが自ら否定し、破り、汚したドレスの復活。本人は自分がしたことを察する間もなく熱にうさなれ、かつて自分が贈ったドレスを纏った、若き母の幻影に出会う。そんな幻をあっさり打ち消すのは、田舎のウエイトレス上がりのアルマだが、レイノルズは成すすべもなく、一寸の隙もなく看病に徹する彼女を受け入れるよりほかない。夢と現実が入り交じったような暗い密室の外では、まばゆいほどの光の下で、新たなドレスが着々と形づくられていく。その指揮を執っているのは、彼でもなく、完全無敵の姉でもない。見えない糸であやつられているように、主人不在のまま整然と立ち働くお針子たちは、不思議な存在感を放っていた。
そして更なるクライマックスは、終盤の食卓。アルマは優雅な動きで(レイノルズが嫌悪する)バターを惜しげなく使った料理に毒を盛り、彼もまた、それを優雅に味わって見せる。フレームの中では、第一のように彼が苦しむ様子は描かれない。毒を盛る人・盛られる人が、まるで共犯者のように共鳴し合っている。実は毒は幻なのか、平然としているのが演技なのか。毒を盛る・盛られる様子が演技なのか。真実はフレームから押し出されているだけなのか。突き詰めようとすればするほど、物語の糸は絡まり合う。真実を求めるのではなく、自分にとっての真実を選び取れ、と迫られているように思えた。
第二のクライマックスの後、薄暗がりの中で、新たなドレスがつくられる。姉も、お針子たちも、もういない。そこにいるのは、レイノルズとアルマだけだ。華やかな諸々から隔絶されたような2人が、これまでになく満たされ、ほのかな光さえ発しているように見えた。
思いがけないラストに遭遇し、ふと、塚本晋也監督の「六月の蛇」を思い出した。仕事も人生も駆け出しだった当時は、その結末に戸惑うばかりだったのだが、なぜかこの映画に引かれたという職場の大先輩は満足そうだった。「最後に、倫子さんはしあわせになってよかったよねえ…。」予想もしないシンプルな感想に、衝撃を受けた記憶は今も鮮やかだ。久しぶりに「蛇」を観返してみたら、今の自分はどんな感想を持つだろう。そして、あの先輩も、の映画をどこかで観ていたらと願う。

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cma

4.0デイ・ルイスの生き様は、映画職人としてのPTAの精神そのものなのだろうか

2018年5月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

幸せ

「役を生きる」とはこの俳優、ダニエル・デイ・ルイスのための言葉である。同じPTA作品の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の地の底から情熱をみなぎらせるような役柄とも違い、ここではナチュラルな仕草や声のトーン、目線の動かし方などを駆使しながら、柔らかな佇まいの中に強靭な何かを秘めた男を見事なまでに演じきる。この存在感に触れただけでもピリリと身が引き締まる思いがするではないか。

老舗ドレス工房の朝の風景、食事時の流儀。ひと縫いひと縫い。全ては仕事中にどれほど感性を研ぎ澄ませるかに傾注され、後のものは二の次。そこに入り込んだひとりの女性をめぐって男の価値観が徐々に揺らいでいく、その戸惑いの過程が実に滑らかに綴られる。そこでふと思った。もしやDDLの姿には、PTAの映画作りの姿勢が投影されているのではないか。特に家族を持つことで変わりゆく精神性について、この映画は深く深く掘り下げている気がした。

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牛津厚信

4.0緻密で美しい、あるカップルのマウント合戦

2018年5月28日
PCから投稿

笑える

怖い

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村山章

5.0二人の思いそれぞれに強く共感した

2024年10月13日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

笑える

怖い

二回目鑑賞したら、一回目とまるで異なった気持ちになりアルマの言葉に涙してしまった。(2024.10.14.)
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レイノルズのルティーン、特に朝の身支度に見惚れた。ダニエル・デイ=ルイス自身も毎朝やってるんではないかと思わせる滑らかな手の動きと集中力、頭のてっぺんから靴下&靴のつま先までバシッと決める。イギリスだから朝食に拘りがあるのは当然。hungry boyの主たる栄養源は朝食に違いない。「お腹すいた」を繰り返す大人はマザコンだろう。

別荘の近所にあるVICTORIA Hotelのレストランのウェイトレスのアルマは、若い、かわいい、垢抜けていない。すらっとした姿の彼女が思わずこけた姿がガツンとレイノルズの心を掴んだ。注文の品は全部暗記しているし手書きのメモも小生意気でシャープ、頭も良いアルマ。頼んだ紅茶はラプサン(朝食時にいつもレイノルズが中国茶風のポットと茶碗で飲んでいるのもラプサンだろう)。初対面の日のその晩のディナーに誘われたアルマ、アルマを眺めるレイノルズの笑顔はこのうえなく優しい。そして共に朗らかに、にこやかに別荘へ向かう、アフェアでなくレイノルズの仕事のために。

レイノルズの姉・シリルは黒パンプスのヒールの音をコツコツたててフレグランスの香りを辿りながらアルマに近寄った;「サンダルウッド、ローズウォーター、シェリー、それにレモンジュース?」怖い!レイノルズがアルマを採寸する時間ジャストに別荘の仕事場に到着して採寸メモを始めるシリル。「彼にとって理想の体型ね」胸が無いのも肩幅があるのも美しい、たとえアルマにとってコンプレックスでも。「弟はお腹が丸いのが好きなのよ」

嗅覚で受け入れられないものも嫌だがそれ以上に耐えられないのは音だと思う。アルマがたてる音は私にも耐え難く有り得なかった。不快感を覚えても口に出すのは少し後というこのあたりのダニエルの間合いと表情はよかった(怖かったが)。繊細なことだから文句を言うのにも繊細さが求められる。鈍感なアルマを呪った。でもアルマは最後にはお水の入ったピッチャーを高々と掲げグラスに注ぎ豪快な音をたてるのだ、わざと。神経質で完璧主義で自分にも人にも厳しいレイノルズを自分の世界=彼の夢の中の母親になってあげる=に招待してひとときの休息を与えるために。

アルマはレイノルズ自身もレイノルズが作るドレスも心から愛した。彼に作ってもらったドレスは彼女に本当によく似合う。ネックレスを全くつけないデコルテが輝いている。アルマが最高のミューズで理想のモデルであることもレイノルズはわかっている。レストランで自分に夕食を誘ってくれたレイノルズの笑顔に嘘はないとアルマは最初から確信していたと思う。シリルの心はもう掴みシリルもアルマのことが好きだ。あとはレイノルズと自分の繋がり。私は人体模型ではない、なぜ恋人なのに二人きりの空間と時間が持てない?弱った彼は赤ちゃんみたいに頼りなく優しくオープンで私だけが彼を看てあげられる、元気にしてあげられる。仕事一途の生活は緊張を強い心身が疲弊し神経がやられ人を抜け殻にする。アルマが勝った。次はアルマの手の内を知った上で彼女の世界に自らの意思で足を踏み入れたレイノルズが勝った。

25~30才程の年齢差の二人は交代に、相手圏内に足を踏み入れ自分圏内に入ってもらいを繰り返し、レイノルズを苦しませていた死の重みと香りは遠のいていったのかも知れない。それともレイノルズはもう既に死んでしまったのかも知れない。それでもアルマは必ず彼を見つけその世でまた共に生きるんだろう。

あまいラブ・ストーリーではない。デュ・モーリアの小説『レベッカ』の空気感と同質のものを感じた。映画の最後の微笑ましいシーンは、監督からダニエル・デイ=ルイスへのプレゼントなのかもしれない。美しい音楽が頭の中をまだ巡っている。

ダニエルの映画俳優復帰のニュースに喜びを禁じ得ない。願わくば二枚目半の役を、そして役にのめり込まないで欲しい。

おまけ
アルマ役のビッキー・クリープスは映画「エリザベート 1878」(2022)の主役シシィを見事に演じた。ビッキーも監督・脚本のマリー・クロイツァーも肝っ玉が据わっている映画人。二人ともシシィが求めていた自由をこの映画で叶えさせた、シシィと一緒に笑いながら。

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talisman