The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめのレビュー・感想・評価
全88件中、21~40件目を表示
すっごく見たかった映画
キルスティン・ダンスト、ニコール・キッドマンという、私の大好きな二大女優の組み合わせ。
そしてソフィア・コッポラ監督とくれば、映像美と日常と非日常をうまく組み合わせた作り方。
女たちの欲望がすごくて、女だけで生活しているなかに男が一人入ればこうなるのかと。
ミス・マーサは分別ある大人、エドウィナは忍耐はあるけどあからさまな嫉妬も出しちゃう大人、アリシアは子供。こういう子、クラスにいるよねっていう、意地悪な子。
最後の最後まで謝らなかったのが気になった。
しかしマクバニーも勝手な男だ💨
欲望の目覚め、という副題から、女の醜いバトルが起きる話かと思いきや...
欲望の目覚め、という副題から、女の醜いバトルが起きる話かと思いきや…筋としては意外とそのへんどうでもよい映画だった。
映像美はいうまでもなし。
後半の展開には、男ってこうだよねえ、馬鹿だよねえ、と少し笑ってしまった。
私は伍長が怖かったです。
女の怖さよりも、伍長の暴力性のが怖いやんってあたしは思いますけどね。
結構怖い話ではありました。
南北戦争時代の小さな女子寄宿学校。
そこに北軍の負傷兵がやってきて、みんなムラムラした挙句、関係性が崩壊するスリラー?です。
聖なる鹿殺しでも思ったけど、ニコール・キッドマンの老けなさは異常ですよ。ちゃんと老けないとこの先もっと大変になりません?と、余計なお世話ですが思いました。
ニコール・キッドマンでさえ、女は若く美しくなければならぬという呪いからは自由になれないのだね。
欲望むき出し
ソフィア・コッポラの作品は本作が4作目。テイストは今まで見た彼女の作品とは少し違うがやはり彼女らしい良い作品だった。
ストーリーは南北戦争下、南部の女学園に北軍の足を負傷した一人の兵士が来て…というもの。
ストーリーはわかりやすく、ソフィア・コッポラの作品の中では起承転結が割とあるほうで見やすいかもしれない。
女だけの生活空間に男が一人来るとこうなり得るってのが描かれている。
ソフィア・コッポラの作品では個人的にストーリーはあまり重要視してなくて、各キャラクターの心情をシーン、描写から読み取れるってのが大事だと思っている。本作では特にマーサ先生とエドウィナの心理が見ていて興味深い。ソフィア・コッポラのような作風の場合、かなり俳優陣の演技力が大事になってくるが、本作ではマーサ先生を演じたニコール・キッドマンが完璧な演技を見せている。キャラの揺れ動く感情、葛藤というのをセリフではなく、画から表現するソフィア・コッポラにとって本作でニコール・キッドマンの演技は必要不可欠であった。
ソフィア・コッポラの真骨頂である画としての美しさが垣間見えるシーンもあり、撮影にもかなりこだわっていることがわかる。
ちょっとしたスリラーであり、暗いトーンのため、以前の彼女の作品とは雰囲気は異なるが、ちゃんと彼女特有の味がある良作であることは間違いない。
「白い肌の異常な夜」も後で見てみたい。
こわい映画ですよ
たいへん絵が美しかったです。
構図や色や世界観がいちいちソフィア感満載で、映像見るだけでも価値あります。
ストーリーも単純で面白かったです。
エイミーがかわいすぎた。
今後の成長が楽しみです。
なんとなく「狼と7人の子やぎ」を思い出しました。
サスペンス?スリラー?ジャンルよくわかりませんが、一瞬で表と裏がひっくり返る感じ、よくわからないもの同士、少しずつ距離を縮めて、信頼して、安定したと思ったら、狂気に震え、後悔したり。
最後はエゴが勝つのですが、そういう人間のドロドロに満ちたすばらしき後味の悪い映画になるはずが、ソフィアマジックでなんだか童話風なグリム風に仕上がってます。
映像の力はすばらしいしおそろしいです。
画が美しくすぎていろんな道徳感がふっとびます。
ソフィアコッポラ。
ある意味、狂気に満ちた作家だといえます。
そういう意味でゾッとする映画でした。
なかなか。
素敵な映像に描写だった。
キャストの女優陣もとっても素敵だったけど…
あまり印象に残らず。
ソフィア・コッポラらしい作品だったけど、やっぱりヴァージン・スーサイズが好きかな~。
これは越えられないと思う。
女の汚いところがリアル
あざとさというか、媚びる感じというか抜けがけするとか、手のひらかえすとかかえさないとか、いろいろ。
女子校ってこんなもん。
それが夢もなくリアルに描かれてる。
生まれた時から死ぬまで
おんなはおんな。
あー、めんどくさ!
女はやっぱり。。。
クリント・イーストウッド主演の「白い肌の異常な夜」(ドン・シーゲル監督)と同じ原作の再映画化。
ドン・シーゲルが手がけた作品をソフィア・コッポラが撮るというのは、もはや事件といってもいい。
ソフィア・コッポラも撮るごとに作風が変化する幅広い映画作家である。「マリー・アントワネット」を撮ったときも驚いた。
南北戦争の渦中に取り残されたような学校。教師、生徒あわせて7人が暮らしている。そこに北軍のマクバーニー伍長(コリン・ファレル)がケガをした状態で発見され保護される。
マクバーニーの真意がまったくわからないまま、物語は進行していく。
コリン・ファレルには怪しい、妖しいオーラがつきまとっていて、それが実に効果的である。
それに対抗するように、ニコール・キッドマンがある決断を下すシーンは鬼気迫るものがあった。
暗めの画面に学校の面々の白い衣装が映える画面設計には、やはり、ソフィア・コッポラの非凡さがみてとれる。
これでジャンル・ムービーもOKになったからには、次は何を見せてくれるか楽しみである。
ただの男の奪い合い!~S.コッポラ才能ない!~
「The Beguiled」8点。
「ただの男の奪い合い」以上でもなければ、以下でもありません。
ただそれだけです。
それを何故こんなに「騒ぐ(?)」んですか。
取り上げられるんですか。
まずタイトルですが「beguile」は辞書によると、
第一義に「だます・あざむく・惑わす」。次に「奪う」、次に「楽しませる・魅する」とあります。
男を「だます・あざむく・惑わす」か「奪う」「魅する」、
或いは、他の女を「だます・あざむく・惑わす」か、
他の女から「奪う」の意味まで入っているんでしょうか。
「欲望のめざめ」とは、意味が違います。
つまりこの副タイトルは「めざめて奪い合い」を示しています。
そのままです。
次に、「宣伝文句」を挙げます。
「史上最も豪華なキャスト」「極上のスリラー」「閉ざされた(美しき)女の園に招かれざる(美しい)男がひとり~~本能が露わになる聖女たちの愛憎劇」「映画界のみならず、世の女性のアイコン(祝される偶像)として長年君臨し続けるS.コッポラ」監督の長編6作目~~新境地スリラーに挑戦」です。
いちいち「映画」に於ける「宣伝文句」を、挙げへつらうのは「たわいのないこと」ですが、あまりにも…。
「スリラー」になっていません。ゾクゾク・ワクワクしません。やたら画面が暗いので(あれがコッポラの芸術性?)観にくいです。キャストの行動・心理も特筆すべきものはありませんし、よくある「閉ざされた」設定も既視感があります。ただ「嫉妬・性欲」から出し抜こう(これで「愛憎劇」?)とするだけでは。ラストも「秩序の維持」のため?そこまで思い至れませんでした。抑えられなくなったからだけでは。
このレベルで「極上のスリラー」ですか?
個人的には、C.ファレルはヒゲや眉が濃くマヌケ面(?)で「美しい男」には見えません。
K.ダンストは「スパイダーマン」の時から「美しき・聖女」とは見えません。
E.ファニングは出てました?生かせず、何の印象もありません。
S.コッポラの「6作」は全てを観ました。
「マリー・アントワネット」ラストが大チョンボ。フランス激怒?
「ロスト・イン・トランスレーション」何が言いたいんですか?日本文化をわかってるようでわかっていない。
「SOMEWHERE」怒り狂いました。何も起こらない。金持ちのぐうたら男の暇な1日。だから娘を預けられないんです。女性は怒らないんですか?
全てに共通していることは、
米文学にも「起承転結」はありますよ、
米映画には「クライマックス」がありますよ、
訴えてくるものがありません。私が鈍感だからでしょうか?
確かに今までとは違うという意味では「新境地」でしょう。
でも「ネタ」がなくなっただけでしょう。
「ガーリーカルチャー(そんなものがあるんですか)」の。
「F.コッポラ」の娘という「親の七光り」でしょう。
美人というのもあるんですか?知的というのもあるんですか?
超大富豪の一家の娘として、「閉ざされた(閉鎖的な)」環境で
育ったからよく理解しているという前に、普通の・貧しい生活をしたことのないわがままお嬢さんでしょう。言動から判断すると。
「世の女性のアイコン」?女性たちに尋ねたいです。
本当に彼女は女性の声を代弁していますか?
女性として理解し合えますか?
そして、「カンヌ映画祭 監督賞」受賞です。「女性監督として56年ぶり2人目の偉業!」です。
それに釣られて(?)「マスコミ」大騒ぎです。どこの国の「マスコミ」も。
作品を観たんでしょうか?ならば目を疑います。
誰かが(この誰かが問題です。映画をわかっていない人たちや宣伝の可能性があります。また欧米人だからと言って正しいとは限りません)
「いいね!と言ってるからいいね!」ではありませんか?
元々、人が審査するという行為には限界があります。
映画は「教育」と同じで、誰にでもクレームを付けられます。
100%満足はありえませんが。
「カンヌ」や「アカデミー賞」という看板(「宣伝文句」)に目を奪われてはいけません。
あなたの目を信じましょう🍀
漫画ちっくな演出に心が踊る
オールド・ミスが2人と思春期の女の子5人しかいない南北戦争時の女学校に、コリン・ファレルのようなフェロモンドクドクの男が来て、トラブルにならないわけがない。ニヤニヤさせてくれたソフィア・コッポラ監督はやはり女のツボを押さえてらっしゃる。『マリー・アントワネット』を観た時、「この人は絶対ベルばらを読んだに違いない」と思ったくらい、日本の少女漫画のテイストを理解する監督だと思った。今回も、戦争で男とほとんど接していない「処女性」を表すかのようなホワイトのコットン・ドレスや、男が1人現れることによって女たちが着飾る色とりどりのシルク・ドレスなど、女だったら心が踊る漫画ちっくな演出が素晴らしい。
衣装と情景が綺麗
だいぶ前に同監督のマリーアントワネットを見たが、その時はとっても華やかでポップな印象。
今回は、淡く美しい世界の中で一人一人の女性たちに個性があり衣装の無垢な美しさ・可愛らしさが素敵。
ストーリー自体は、「ああ、こうなっちゃうのね」という感じ。
脚を失った怒りを彼女たちにぶつけている感じ
思ったよりサスペンスだった
濃密に充満する女たちの情念
日常生活に入り込んだ異物は、世界を一変させてしまう。日常が安定していると思っているのは実は間違いで、人間の生活は常に不安定な土壌の上に、危ういバランスで乗っているに過ぎない。日本でも軒先を貸して母屋を取られるという諺がある通り、必ずしも我々の生活の基盤は盤石ではない。そして平常から極限へと状況が変化する。入り込んだ異物によって、日常が異化される、つまり非日常となるのだ。
女ばかりの中に若い男が紛れ込むとどうなるか、それは250年前もいまもあまり変わらない。科学や文明は進歩しても、人間そのものはそれほど進歩しないものだ。だからこの作品が成立する。人間は変化を夢見つつも、変化を恐れる。もし白馬の王子様が本当に現れたら、世の女性たちはみな引くだろう。勇気ある女性だけが彼と共に去る。誰が勇気を出すのか。女たちの駆け引きがさりげなく始まる。
ニコル・キッドマンは年齢を経て、女の優しさや哀しみや喜びの入り交じった複雑な感情を複雑なまま表現できるようになった。本作では園の生活の安全と秩序を守らなければならない園長としての立場とひとりの女としての欲望が内心でせめぎあいつつも、うわべは平静を保ち続けようとする中年女性を見事に演じきった。
この作品のハイライトは、燭台をもって男を部屋の入口まで送った仁コル・キッドマンが、男と見つめ合う場面だ。損得を計算する男と、欲望に突き動かされそうになる女。何が起きるのか。
理性と欲望と計算とが、狭い園内に充満して、息が詰まるほど濃密な時間が過ぎていく。見終わってやっと、女たちの情念から解放された気分になる。
タイトルの持つ意味が深い
beguileという単語を知らなかったので引いてみると、騙す、欺く、紛らわせる、楽しませる、喜ばせるという意味があってまさしく…という感じ。
女性の園に男性がひとり…ということで女性の奥底にある性的な欲望…に目が行きがちだけど、もっと無邪気な欲望も複雑に入り組んでいると思いました。
拾ってきた小鳥やかぶと虫じゃないのよ、というセリフがあったけどあの学園の女性たちにはそういう類のエゴがあったと思うし、頼られることによる無意識の支配欲、信頼されているという満足感、そして反動のように裏切り(少なくとも真相を知らない者にとっては)に対する鋭い残酷さが際立っているように思えました。
そして責任の伴わない気まぐれな愛情に翻弄されていくジョン。生い立ちや戦争から心身ともに傷があったところに幼い少女との友情、大人の女たちからの愛情にさらされれば無理はないんじゃないかな。もしかしたら言っていることが嘘かもしれないし、男慣れしてない女の子なんてちょろいぜと思っていたのかもしれないけど。
意図して騙し騙され…というよりは結果的に騙した形に、騙された形に…という感じが面白かったです。悪意があったわけでもないのに坂を転がるように物語が進んでいくというか。
あとさすがソフィア・コッポラ、期待してたとおり画面がとにかく美しい。最初から最後まで目も楽しい作品でした。
しかし欲望のめざめとかいうロマンポルノみたいな副題はなんとかならなかったのかしら…。
観れば言いたいことはわかるんだけど、観る前はドロドロなやつだったりするのか…?と思ってしまった。
ソフィア・コッポラっぽくはある
トーマス・カリナンの原作を、クリント・イーストウッド主演、ドン・シーゲル監督で映画化した『白い肌の異常な夜』に続いて、今度はソフィア・コッポラ監督により映画化した作品。ストーリー、シチュエーションは原作とほぼ同じなので、小説の再映画化か、映画のリメイクかイマイチ読めない。両者の明らかな違いは、前作が男目線で、今作が女性目線だったってこと。男目線で描かれた前作は、怖すぎる女性陣(一番怖いのがラストの...)が衝撃的でサスペンスフルな展開がキリキリとスリリングな傑作でした。今作は、女性陣がキレイで品がいい。サスペンスを描きたかったのか、というと違う気がする。ホンマもんを使用したという衣装は素晴らしく、女性達も美しかったので、ソフィア・コッポラ作品としては成功だと思うが、この題材には...?
2018-23
あの瞬間のニコ様が怖すぎでしょ。
ってことで、やっぱり女の人を怒らせたらあかん。
あと群れたらあかん。いいことない(笑)
コリン・ファレル。この人の映画、実は見たことがなかった😨
名前知ってるの何個かあるけど、ファンタビも謎のスルーをかましてて、もったいな。
いるだけで、そこに危険な雰囲気がぷんぷん漂ってた。
『ロスト・イン・トランスレーション』もそうだったけど、インスタでよくやる加工フィルターのような淡い画像処理が、ニコ様やキルスティンやエル・ファニングの薄顔×陶器肌にぴったりで、
そこにこってりソースなコリン・ファレルが投入されるものだから、対比がばっちりだなぁと思いました。
大砲の音が女性たちの心臓の鼓動のように聞こえて、その鼓動もドキドキだったり、ハラハラだったりとシーンによって使い分け。
そういうところのセンスがコッポラらしい。
ヒゲ剃ったときに、女子全員でドアを開けて部屋に入って、全員ドキッとしたと思うけど、わたしもです😍
どんな人種でもイケメン無敵。
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