彼女がその名を知らない鳥たち : インタビュー
蒼井優×阿部サダヲ、“共感度0%”の役にどう挑んだ?
現場一丸となって作り上げた極上のラスト
“イヤミス”の名手・沼田まほかる氏の「彼女がその名を知らない鳥たち」が、日本を代表する布陣で映画化された。メガホンをとるのは、「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」など国内外で高い評価を誇る白石和彌。「共感度0%」とうたわれるろくでなしの男女に扮するのは、蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、竹野内豊といった人気実力派だ。中でも、初共演となる蒼井と阿部は、全編関西弁に初挑戦。キャラクターがひょう依したような圧巻の演技で、自分勝手で自堕落な生活を送る女と、不潔で粘着質な同居人の男になりきっている。従来のイメージを覆すような難役に、どのようにして挑んだのか。現場での化学反応を楽しんだという2人に、たっぷりと話を聞いた。(取材・文/編集部 写真/堀弥生)
気さくな蒼井と、柔和な阿部。眼前に座る2人を見ていると、役柄とのあまりの違いに驚かされる。それほどまでに、スクリーンに映る2人は物語の中で生きていたからだ。蒼井が演じた十和子は、15歳上の同居人・陣治(阿部)の稼ぎで暮らす無職の女。陣治のことを「不潔、下品、下劣、貧相、卑劣」と口汚くののしり、妻子持ちのデパート店員・水島(松坂)との情事におぼれる究極の“自己中女”だ。一方、阿部が扮する陣治は十和子に歯向かうことなくコソコソと生き、そのくせ十和子を尾行し、執ように電話をかけるなど、異常なほど十和子に執着するストーカー気質の男。この強烈なキャラクター2人が、冒頭から見る者をぐいぐいと画面の中に引っ張りこむ。
阿部は「陣治とあまりにも遠いから、逆に演じやすかったのかもしれないです。似てるところがないので。『陣治、わかる!』と思いながらは1回もやってないですね」、蒼井は「十和子は本っ当に素直になれないなって思う。ちょっと陣治に心を許しそうになるとすぐ拒絶する。カットがかかった瞬間や段取りをやっているときも、『ちょっとひどすぎない?』って思ってました」とからからと笑うが、であればなおのこと、2人がどうやって役を落とし込んでいったのかが気になるところ。2人に役作りのプランを聞くと、「ただ汚い、下品な男じゃない、という風には演じたかった。最初、台本を読んだときに『すごいな』って、ちょっとだまされたんです。その感覚を大事にしたいなと思ったので、表情は研究し続けました」(阿部)と役に込めた思いがあふれ出した。陣治は常に汚れた風体をさらしているが「スタッフさんには、衣装も全部、いくら汚してもいいって言われてました。だから、いろんなところに卵とかが付いてたんですよ。手も洋服で拭いちゃってください、といった感じでしたね」(阿部)と振り返る。
一方、役者としての信条を「相手のセリフをちゃんと聞くことと、現場の空気を読むこと」と語る蒼井は、「いる相手によって態度を変えたいなと思っていました。だけど、思った以上に変わっていましたね」と回想する。「どの作品でもカメラの前に立つこと自体が体当たりではあるんですが、十和子はすごい難しい役ではありましたね。安心して身を委ねて、当たって砕けてもいいって思えるぐらい」。
そんな蒼井と阿部は、白石監督をはじめとするスタッフと共にキャラクターを作っていったと口をそろえる。「衣装合わせは、十和子のような女が選ぶ服ってなんなんだろうかっていうところから、まず話が始まったんです。これはどういうテンションのときか、どういう男にほれていたときに買ったやつなのか……それで1個、十和子っていうキャラクターを作ってもらいました。あと、十和子や陣治の部屋が本当にすごかった。美術の今村(力)さんは、『これはこうじゃない』と延々直してましたね。十和子はいちいち立って電気を消さないだろうからって、すっごく長いひもがぶら下がってて、そこに結び目がついていて。それが今村さん的にはこのタイトルにかけて、『鳥』のイメージらしい。そういう細かい愛情をいろんなところに入れてくれていたんです」(蒼井)。
阿部も「みんな、映画を作ることを楽しんでたように思います。みんなで面白く考えているからこそ、キャラクターも好きになる。僕らもすごく楽しかったです」とほほ笑む。「美術は本当にすごい。ここに鍵を引っ掛けて出て行くとか、よく考えてくださってるんですよね。よく見ると、陣治はマメなのか、テーブルの上のお菓子とかもちょこちょこ変えてるらしいんです。おせんべいや、パンとかも。ずっと大阪での撮影だったのもよかったし、ロケ現場の空気感のおかげで、役に入りやすかったです」。
さらに、初の顔合わせとなったお互いが、それぞれの役に肉付けを施していった。阿部は蒼井に対して「十和子は全体的には最低な女なんですけど、たまに見せる表情で、悲しい感じに見えるんですよ。蒼井さんはこの人ちょっと救ってあげなきゃなっていう風に見せるっていう、表情を作るのがすごい。あと、反応が速いですね。素晴らしい女優さんです」、蒼井は「阿部さんは軽やかですね。重たいシーンとか、気持ち作って、みたいなこととかを、まったく感じさせない。瞬時に最高速度まで上がるすごい車みたいな感じですね」とそれぞれの言葉でたたえる。
互いを高めあった2人が、お気に入りに挙げたのがラストシーン。阿部は、撮影時を思い返して「時間が限られた夕暮れ時、“マジックアワー”しか狙えないなか、結構長回しでやりたいと伝えられていたので、そこに賭けていた部分はありましたね。あのシーンは(完成版を)見てもよかったし、ああいう風につながるんだって思いました」と手ごたえをにじませる。蒼井は「あのラストシーンを撮っているときに、改めて私は、大げさじゃなく映画界に入れてよかったなって久しぶりに思ったし、ただただ幸せな時間だったんですよね。芝居的にはずっと重たいけど、でもそこをみんなが撮るっていう気合いもすごかったですし、感情移入しちゃってるのか、泣いてるスタッフさんもいたんです」とキャスト・スタッフ一丸となって取り組んだ現場だったことが感じ取られるエピソードを披露した。