「理解に苦しむけれど、なかなか面白かった」哭声 コクソン mittyさんの映画レビュー(感想・評価)
理解に苦しむけれど、なかなか面白かった
鬱陶しい雨が降る中、捜索が続くといえば、『殺人の追憶』。そんな感じのサスペンス刑事ものかと思いきや、オカルトタッチの宗教観や哲学?などにも行き着く高尚なホラー映画でした。時間の長さも苦痛にならず、終盤は特に「悪魔の正体とは?」と謎を知りたいばかりに画面にくぎ付けになってしまいました。二転三転するストーリーに振り回されたあげく、はっきりした結末を知ることもできないまま終わり、どう解釈したらいいのかと、呆然としました。でも、原始的な呪術ホラーの気味の悪さは完成度が高く、見応えがありました。
平和な韓国の村(谷城/コクソン)に突然起こった奇妙な殺人事件。村にいつの日から住みついたよそ者の謎の男(日本人)が怪しいと噂が広まり、「男は何者か?」を探っていくことで事件を解決しようとする村の警察。
序盤、ふんどし姿で鹿の肉を喰らうシーン、おぞましくて怖かったです。何者かわからない國村隼さんの怪演が本当に恐ろしかったです。最後の悪魔の姿は強烈でした(どこかで見たことあるぞ感があった。ケン・ラッセルの『ゴシック』に登場する気味の悪い小さい悪魔に似ていたような?)
疑心暗鬼を生ずというように、人は恐怖や不安におびえている時は、思い込みや強迫観念に囚われたりするもの。結局、食用の豚が食べた毒キノコがそもそもの発端だったと思われるが、主人公警官を筆頭として、村人たちは惑わされるばかり。集団ヒステリーのような状態だったのかも。
聖書からの抜粋であろうイエスの言葉が最初に掲げられたので、宗教的な意味があるのだろうと憶測はできます。でも詳しいことはよくわからなかったです。ラスト近く、悪魔姿の謎の男(國村隼)が語る言葉とオーバーラップしているので、それは神の声なのか?悪魔のささやきなのか? 悪魔の姿は神父の心象風景なのか。そもそも、日本人男は死んでいるはずなのに。
<映画の冒頭に出てくる言葉>
人々は恐れおののき、霊を見ていると思った
そこでイエスは言った
なぜ、心に疑いを持つのか?
私の手や足を見よ。まさに私だ。
触れてみよ。このとおり肉も骨もある。
(ルカによる福音書24章 37-39節)
余談
主人公のジョングが、たまに、ダチョウ倶楽部の上島さんに見えてしかたなかった。
殺人事件が発生しても、すぐに駆けつけず、朝食食べてからでした。(笑)
殺人事件など起こったことのない平和な村。
時々、出てくる朝焼けの山々が美しい。