「「気持ち悪さ」の意味」羊の木 hhelibeさんの映画レビュー(感想・評価)
「気持ち悪さ」の意味
「人もいい、魚もうまい」静かな町に6人の殺人犯が住み始める。
それにより、町に少しずつ不穏な空気が立ち込めていく……
というストーリーだけど、そもそもこの町自体がなんだか気持ち悪い。
なんだあの祭!あの建造物!絶対住みたくない!
しかも地方に本当にありそうなリアルさがまた嫌!
「のろろ」…この響きだけで気持ち悪い、町の中心にありながら、直視してはいけない御神体。
主人公・月末の父親は、「よく分からんが、みんなが見ないようにしているから自分も見ない」というようなことを言う。
確実にそこにある「不穏さ」を知りながら、見て見ぬふりをする人々。
と同時に、そういうものと共存し、続いていく営み。
それはそのまま「他者との関係」に繋がる。
人殺しかもしれない。更生してるかもしれない。してないかもしれない。
簡単に白黒では分けられないし、分けられないからこそ有耶無耶なまま共に生きていける。
共に生きていくしかない。
そのスッキリしない気持ち悪さは、例えば映画に爽快感を求める人には退屈かもしれないが、でもこの世の中そのものだったりする。
海辺で「羊の木」が描かれたモニュメントを拾う、市川実和子演じる清美。
彼女は「私は、私が怖い」と言う。
この、「人は何に恐怖を感じるか」もまた、この作品のテーマだと感じた。
恋人であるはずの宮腰が殺人者だと知って、恐怖を感じて離れる文。
一方で宮腰が危険だと分かってもなお、最後までまっすぐに「友達だ」と伝える月末。
そして観客である私たちもまた「あなたは誰に、何に恐怖を感じる?」と、吉田大八監督に問われているように思えた。
この映画全体に漂う「不穏さ」の一翼を担っていたのは、間違いなく松田龍平の目。
「散歩する侵略者」といい、この人はこういう何考えてるのか分かんない役をさせたら天下一品!
これからも積極的に不穏な役をやり続けていただきたい。
優香の生々しいエロさも良かった。初めて女優さんとしていいなと思ったかも。
介護施設で浮きまくる口紅の赤さよ!
月末の父親は、上記のように「みんなが見ないものは見ない」事なかれ主義者だったのが、彼女と出逢って初めて他人に左右されない自分の意思を獲得する。
でもそれが本当の愛なのか、単に愛欲に溺れているだけなのかは分からない。(…っていうか、本当の愛って何だ?)
しかし、(「美しい星」の規模ならまだしも)これだけの豪華キャスト・全国ロードショーの規模感で、こんなにも挑戦的な作品を作り上げる吉田大八監督やプロデューサー陣の「怖いもの知らず」っぷりには驚嘆する。
口当たりの良い映画、共感できる映画が評価されヒットする世の中だとしても、こんな映画も大作として公開される日本映画界であってほしい。