ヒッチコック/トリュフォー : 映画評論・批評
2016年11月30日更新
2016年12月10日より新宿シネマカリテほかにてロードショー
見終わった瞬間、ヒッチコックの作品を見たい!という猛烈な飢餓感に襲われる
数多ある映画書の中でもバイブルのごとき最高位を占める歴史的な名著「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」をめぐるドキュメンタリーである。監督・脚本のケント・ジョーンズは傑作「マーティン・スコセッシ 私のイタリア映画旅行」を撮った逸材で、原著の二人のダイアローグの音源を随所に生かしながら、スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、アルノー・デプレシャン、黒沢清ほか名だたる現役の監督たちにヒッチコック映画の魅力を語らせている。
「映画術」は夥しい数の映画の場面スチルを使って、トリュフォーがヒッチコックから聞き出したさまざまな映画技法の秘密をできうる限り視覚的に補足する方法が画期的だった。しかし、ケント・ジョーンズは二人の声に、監督たちの語りを重ね合わせ、さらに、その語られた決定的な場面を引用するというドキュメンタリーならでは手法を最大限に活用している。
その際立って見事な例は、今やヒッチコックの最高傑作と称讃される「めまい」とモダン・ホラーの究極の原点として屹立する「サイコ」が言及されるくだりだろう。ジェイムズ・グレイが「性的恍惚を隠さずに自らさらけ出し、彼の潜在意識の核心をえぐったものだ」と述懐し、スコセッシが「全体がまるで映画詩で、何がどこで始まり終わったのか、物語をたどっていけない」と率直に告白した後で、「めまい」のバスルームからキム・ノヴァクが出てくるのを待つ瞬間のジェームズ・スチュアートの顔のクローズアップを延々と映し出すのだ。
さらにピーター・ボグダノヴィッチが「観客は惨劇に魅せられていた。観客はただもう狂ったように叫び続けた」と「サイコ」の公開時を回想するコメントにからめて、「サイコ」のジャネット・リーのシャワーシーンがモンタージュされるのである!
このドキュメンタリーの唯一の、そして最大の効用は、見終わった瞬間、断片的に挿入されたヒッチコックの全ての作品を見たい!という猛烈な飢餓感に襲われることだ。だからこそ、「映画術」へのオマージュとしてはまったく申し分のない出来栄えである。
(高崎俊夫)