トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 : 映画評論・批評
2016年7月19日更新
2024年11月1日よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館にてロードショー
ヒロイズムや被害者意識からも解き放たれた〈赦し〉の感覚が充溢している
劇作家のリリアン・ヘルマンが「ならず者の時代」と呼んだ1940年代後半から50年代に猛威を振るったハリウッドの〈赤狩り〉は、数多の才能ある映画人を破滅の淵へと追いやった。その代表が〈ハリウッド・テン〉の一人で投獄されたダルトン・トランボである。本作は反共のマスヒステリアが荒れ狂うハリウッドで、偽名でシナリオを量産し続けた不屈の脚本家の生涯を多彩なエピソードを交えながら浮き彫りにしている。
不遜なまでの自信家トランボ(ブライアン・クランストン)の周辺には、猛烈なヒール役として反共プロパガンダの急先鋒であるジョン・ウェイン、ゴシップ・コラムニストのヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレンが怪演!)が配され、転向を余儀なくされるエドワード・G・ロビンソン、さらに後半では、アクの強い救世主としてカーク・ダグラス、オットー・プレミンジャーらが次々に実名で登場するのが壮観だ。実録としてのリアルさを補強するのは、おびただしい当時のニューズリールである。たとえば、当時の非米活動委員会でのハンフリー・ボガートやローレン・バコールのこわばった表情が時代の空気をあざやかに伝える。あるいは、名誉復権の烽火となった「ローマの休日」と「黒い牡牛」のオスカー受賞の瞬間のニュース映像と、TVでその模様を満足げに家族で見入るトランボが接合されるシーンは、実録ドラマの模範的な語り口が示されている。
〈赤狩り〉はアメリカ映画史に、決して消え去ることのない深い傷痕を刻み付けたが、「トランボ」は、ラストのスピーチが体現するように、硬直したヒロイズムや安易な被害者意識からも解き放たれた〈赦し〉の感覚が充溢している。それは、とりもなおさず、ハリウッドが自らの歴史を成熟した眼差しでとらえ返せる段階に達したことを明かしてもいるようだ。
(高崎俊夫)