劇場公開日 2016年5月21日

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海よりもまだ深く : 映画評論・批評

2016年5月10日更新

2016年5月21日より新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほかにてロードショー

思い通りにならない人生をどう生きるか。死者がドラマを動かす、是枝監督の味

食品に賞味期限があるように人生の出来事にも期限切れがある。過去の栄光は永遠に続かない。愛の冷めた相手は追っても待っても戻ってこない。この映画は、人生の中盤になってもそのことに気づかず、終わってしまった夢を追いかけている良多(阿部寛)を主人公に、思い通りにならない人生をどう生きるかを考察している。

タイトルの「海よりもまだ深く」は、テレサ・テンが歌う「別れの予感」の歌詞に由来する。去っていく男を溺愛でつなぎとめようとする女の情念を歌い上げたもので、これがラジオから流れる劇中の場面では、樹木希林扮する良多の母親が「海より深く人を好きになったことなんてないから生きていける」という名言を吐く。人生は思い通りにならないものだが、人や物への執着を捨てれば少し楽に生きられることを、この母親は知っているのだ。しかし息子の良多には執着するものが多い。15年前の文学賞で得た小説家の肩書に執着し、自分が不甲斐なくて壊れた家庭に執着している。さらに少年時代の思い出にも。本当に海より深いのは、この男の業かもしれない。

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そんな良多が、息子の野球道具を買うために恐喝のまねごとをするところは、娘のドレスを買うために羊泥棒を働く「レイニング・ストーンズ」の父親と重なる。この映画のケン・ローチ監督と同様、是枝裕和監督は、ダメ男の主人公を平行な目線でみつめ、共感を誘う愛すべき存在として描いている。そして、良い息子にも良い父親にも良い弟にも良い夫にも良い社会人にもなれない良多が、自分によく似た亡き父親の思いに触れることで少しだけ成長する瞬間を鮮やかに切り取る。家族のメンバーから欠落した死者がドラマを動かすのは、「歩いても 歩いても」や「海街diary」と共通する是枝監督の味だが、とりわけ今回は顔も名前もわからない良多の父親が大きな存在感を発揮する。良多と2人の女性(母と前妻)を主軸に展開するドラマが、父親と良多と息子の父子3代の絆の話に帰結する点に妙味のある作品だ。

矢崎由紀子

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