ボヴァリー夫人とパン屋 : 映画評論・批評
2015年7月7日更新
2015年7月11日よりシネスイッチ銀座ほかにてロードショー
英仏文化の違いをユーモラスに描いた知的官能映画の決定打
ギュスターヴ・フローベールの有名な小説を現代に移し替え、ヒロインを、フランスに暮らす英国人という設定にして描いたポージー・シモンズのコミックを、アンヌ・フォンテーヌ(「ココ・アヴァン・シャネル」)がウィットたっぷりに映画化した。イギリス女性にフランス男がめろめろになるとは、世界一コケットと言われているフランス女性(とフローベール)の猛反発をくらいそうだが、これもピーター・メイルに端を発したフランス好きイギリス人の増加に着想を得たものだろうか。ともあれ、英仏文化の違いを知的なスパイスも効かせ、官能的かつユーモラスに料理した監督の手腕が光る。
たとえば、ボヴァリー夫人(ジェマ・アータートン)にパン屋のマルタン(ファブリス・ルキーニ)が一目惚れをする瞬間。夫とともにパン屋を訪れた彼女は、目を閉じて香ばしいパンの香りを胸一杯に吸い込みながら、「あ~、これがフランスよ」と夫に告げる。そんなエキゾチックな行為に、マルタンは驚きながらもたちまち、密かなる妄想の虜になってしまう。職人としてのプライドもくすぐられ、彼は夫人にパン作りのいろはを説くことになる。パン粉をふたりでこねるシーンの、そこはかとない官能性といったら……。
もっとも、マルタンはあくまで傍観者であり、彼の視線を通して奔放な夫人の行動が客観的に、徐々にサスペンス仕立てで描かれていく。このあたりの冷静な距離感も、メロドラマとは一線を画す新鮮さがある。
ちなみに原作(と映画)の題名は「Gemma Bovery」。だからアータートンが選ばれたというわけでもないだろうが、ふくよかな体型にローラ・アシュレイ風の衣装を纏った彼女の英国っぽさが、ドラマのエスプリに色を添える。だが最大の功労者はやはりルキーニだ。ふだんは嫌味なほどにインテリ色の濃いアクのあるキャラクターで知られる彼が、ここでは控えめで素朴な味を醸し出し(といっても劇中でフローベールを論じるぐらいのインテリには変わりないが)、どこか可愛らしさも秘めた初老男の哀愁を漂わせてアータートンの溌剌とした若さを際立たせる。知的官能映画の決定打と言えるだろう。
(佐藤久理子)