アンジェリカの微笑み : 映画評論・批評
2015年12月1日更新
2015年12月5日よりBunkamuraル・シネマほかにてロードショー
ヨーロッパ映画最大の巨匠による典雅で豊潤な映像魔術に、ただ圧倒される
2015年4月2日、106歳で亡くなった現役最長老の映画作家マノエル・デ・オリベイラが101歳の時に撮った「アンジェリカの微笑み」が、紆余曲折を経てようやく公開される運びとなったのは喜ばしい。最晩年の暗澹たる終末観に包まれた「家族の灯り」よりも、前作「ブロンド少女は過激に美しく」に似た艶やかな印象を抱かせるのは、共通する妖しい<宿命の女>をめぐるモチーフのせいかもしれない。
オリベイラの故郷ポルトガル、ポルト近郊にあるドウロ河流域の小さな田舎町。ある夜、カメラが趣味のユダヤ人青年イザクは、夭折した娘アンジェリカの写真撮影を依頼され、豪邸を訪れる。ベッドに横たわる娘の貌をファインダー越しに見つめた瞬間、その美女は突然、瞼を開き、イザクに微笑みかける。茫然と帰路についたイザクは、以後、アンジェリカの幻影に憑りつかれ、夜な夜な、うなされる羽目になる。
一見、溝口健二の「雨月物語」を想起させる亡霊譚だが、歓喜の表情をたたえたイザクとアンジェリカが抱きあったまま、空中遊泳するモノクロのシーンは、稚気溢れるキッチュなサイレント映画のトリック撮影の手法が意図的に駆使され、かえって玄妙で甘美な幻想境へとみる者を誘う。
下宿人たちが交わす政論や物質と反物質をめぐる哲学談義、会話でふいに引用されるオルテガ・イ・ガセットの「人は人と人の間の環境である」という謎めいた箴言に思いを馳せながらも、現世と彼岸、精神と肉体、エロスとタナトスの境界を奔放自在に往還するオリベイラの典雅で豊潤な映像魔術には、ただ圧倒されるばかりだ。ヨーロッパ映画最大の巨匠が最後に送り届けてくれた、この諧謔に満ちた瞑想的なコントは見るたびに新たな発見がある稀有な映画だ。
(高崎俊夫)