マノエル・デ・オリベイラ

マノエル・デ・オリベイラ
英語表記
Manoel de Oliveira
誕生日
1908年12月11日
没日
2015年4月2日
出身
ポルトガル/ポルト

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ポルトガル第2の都市ポルトに生まれる。大学を退学後、1920年代にエキストラとして映画に出演し、31年、23歳の時に無声の短編ドキュメンタリー映画「Douro, Faina Fluvial(英題:Labor on the Douro River)」で監督デビュー。42年に初の長編映画「アニキ・ボボ」(日本劇場未公開)のメガホンをとった。しかし、その後60年代にかけ、アントニオ・サラザール政権による独裁体制下でなかなか映画の企画が通らず、農業に従事しながら、短編を中心に映画を撮り続ける。そして、サラザールが死去し独裁体制が終わりを迎えた70年代にヨーロッパで注目を集め、80年代以降はほぼ毎年1本のペースで新作を発表。85年には410分の超大作「O Sapato de Cetim(英題:The Satin Slipper)」が出品されたベネチア国際映画祭で特別金獅子生涯功労賞を受賞し、91年には「神曲」(日本劇場未公開)で同映画祭の審査員特別賞に輝く。その後も、カトリーヌ・ドヌーブとジョン・マルコビッチを主演に迎えた「メフィストの誘い」(95)や、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニの遺作となった「Viagem ao Principio do Mundo(英題:Voyage to the Beginning of the World)」(97)などのメガホンをとる。さらに「クレーヴの奥方」(99)でカンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞し、08年には同映画祭のパルムドール名誉賞を贈られた。「ブロンド少女は過激に美しく」(09)の撮影中に100歳の誕生日を迎え、その後も「アンジェリカ(仮題)」(10)、「家族の灯り」(12)を監督。現役世界最高齢の映画監督として知られていたが、15年4月2日に死去。106歳だった。14年に制作された、ウィーン国際映画祭の予告編「Chafariz das Virtudes(英題:The fountain of virtues)」と、ベネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティションで上映された短編「O Velho do Restelo(英題:The Old Man of Belem)」が最後の作品となった。

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