劇場公開日 2015年4月25日

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Mommy マミー : 映画評論・批評

2015年4月21日更新

2015年4月25日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

“変容を強いられる人間の苦悩”を描き続ける若き天才監督が放つ、渾身のメッセージ

グザビエ・ドラン作品に共通するテーマは、“変容を強いられる人間の苦悩”なのではないだろうか。しかし、各々アプローチが異なる点が秀逸で、母親とゲイの息子が行き着く共闘(「マイ・マザー」(09))、女→男←男の3角関係(「胸騒ぎの恋人」(19))、トランスジェンダーの青年とガールフレンドの波乱の歳月(「わたしはロランス」(12))、いつしか孤独を凌駕する恐怖の記憶(「トム・アット・ザ・ファーム」(14))と来て、最新作「Mommy マミー」である。

気丈で喜怒哀楽が激しいシングルマザーの母親、ダイアンと、そんな母を愛し過ぎて感情の抑制が効かず、多動性障害と診断される息子、スティーブが格闘する姿は、デビュー作「マイ・マザー」の延長線かと思いきや、ドランは凄い力業で主人公たちをさらなる地獄へと追いつめる。2015年、架空のカナダで新政権が問題児を抱える親は法的手続きなしで子供を施設に放り込んでいいという、実際にはあり得ない法案を可決したことにして、母と息子の断ち切れない糸を、規則の名の下に、一旦は、断ち切ってみせるのだ。

それが、愛と憎悪の激烈な反復の中で寄り添って生きる母子にとって、どれだけ苦痛を伴うものなのか!?同じ疎外感を共有していたはずの隣人、カイラが、まるで逃げるように転居すると知った時、ダイアンは「私には希望がある」と一言振り絞った後、握りしめた拳を上下に振って自らを鼓舞する。その拳には、結局、夫に依存して生きることを選択したカイラへの怒りと、最愛の息子を捨てざるを得なかった自分自身への憤りが籠もり、強く空を切りながら何度も振り下ろされる。

登場人物の心象風景をフレームワークで表現するドランは、母子の閉塞感に満ちた日常を1対1のアスペクト比で、途中、一瞬訪れる至福の時間と幕切れ間際の夢想的未来を16対9へと拡大。映画のラスト、再び1対1に戻った画面が映し出す風景は、ダイアンが絶望の極みで言い放った希望以外の何ものでもなく、そこにこそ、若き天才監督の渾身のメッセージが込められている。たとえ、狭いフレームに囲われようとも、たとえ、社会の規則が人間を崖っぷちまで追いつめても、無償の愛は断じて何ものにも屈しないという。

清藤秀人

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