セッションのレビュー・感想・評価
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狂気とヒリヒリ
好き嫌い別れそうな映画。
最初から最後まで狂気とヒリヒリがずっと続いていく。その後の人生とか、周りがどう思うか、評価は、とか全く関係ない。ただそこに音楽と打ち込む狂気と魂があるだけ。
パワハラとか苦手な人は見るのが辛いんじゃないかと思います。
最高にかっこいい
興味をもったことに病的にハマったことのある人、なんならそれを生業にしてしまった人なんかは主人公にとても共感できるし、ついでに自身のモチベーションもあがっちゃうくらい熱ーーーい映画!!
しかも最高にかっこいい終わり方。
ララランドよりこっちが断然すきです。
2023/5/20再見。
🎥ハンガーとの比較で話題になり見直してみた!今回改めて見直すと映画のつくりそのものとしては★4くらいかと思う。インパクトは落ちたし設定は不可解である。しかし楽しめる点は変わらない。いい作品ではある事には変わりない。
怖い。
前提として
・デイミアン・チャゼル監督の他作品だと『ラ・ラ・ランド』を視聴済
俳優陣が素晴らしい。眼で全てを物語る。
狂気ってこうやって出すのか……ってなる。
ただただ怖い教官にパワハラされるストーリーではない。スカッとする瞬間もある。
アンドリューとフレッチャー。この二人がジャズという土俵において、どのように変化していくのか。
この二人、精神的な中身がめちゃくちゃ似てることが面白い。この上でプライドのぶつかり合いとなっていくクライマックス。
何かが通じ合った瞬間のアイコンタクト。
『セッション』という日本語版タイトルも素晴らしい。
……みたいなアツい部分もあるけど、ずーーーっと怖い部分が蠢いている。
感情というか情熱というか、期待というか狂気というか……
心臓の鼓動がなかなか止まらない、不安なのめり込みがずっとある。
この二人、自分なりの優しさを持ってるクズだな……
パワハラ的な指導も必要になるよな、的な自分の感覚も怖くなる。のめり込むと、どれだけボロボロでも周りのことが気にならなくなるよな、みたいな熱中と狂気の紙一重感にも怖くなる。そしてこの狂気が通じ合った瞬間の最強コンビ感たるや……
あー、怖い。けど面白い。
芸術を志している人ほど胸が痛くなる作品。正直、人にオススメしづらい……
超絶パワハラムービー
音楽学院でトップを目指すドラマーを超絶スパルタ教師が指導する話
2回目の視聴だが、ずっとハラハラドキドキが止まらなかった。
感覚としては、会社で新入社員が上司から延々と詰められている光景を見せられている感じ
決して気持ちのいいものではないのに、なぜか止められない。
この先どうなっていくのかという好奇心で突っ走った映画
奏者を撮るカメラワークも素晴らしい
通常より音量の大きい特別音響上映で劇場鑑賞の機会を提供してくれた劇場に感謝したい。
そして、言わずもがな音楽を通した魂と魂のぶつかり合いを描く名作。ただジャズにおけるドラムの重要さは今更だけど、改めて観るとフレッチャー教授が何故ドラムだけをクローズアップさせていたのかよく分からないな…
個人的には意識した上で、改めてマイルズ・テラーを観れた事に意義があった。
昔あった『戸○ヨット○クール』を思い出した
言うまでもなく、この映画で奏でる音楽はJAZZではない。
JAZZっぽいたけで、JAZZではない。まぁ、それは良いのだが。まるで、この教師との葛藤で、至高のJAZZが出来た様な表現をしているが、現実的に考えても無理だし、
ひょっとしたら、この演出家はJAZZの意味を最初から分かっていないと思う。
この映画で奏でられる音楽で、一番類似しているとすれば『太鼓をたたくお猿さんのゼンマイ人形』の音。
また、クラシックに立ち帰って考えれば『ボレロ』を敲く、小太鼓のテクニックはこの映画では語れない。JAZZはアドレナリンを目一杯使って奏でられるものではない。そして、JAZZだけでなく音楽は同様な事と『ボレロ』の小太鼓の例を出すまでも無く分かるだろう。
技巧が優れているだけでは、JAZZを奏でる事は出来ない。ヴィルトゥオーゾのカデンツァとJAZZの即興とは違う。
この映画の題名がセッションであることも忘れては駄目だ。ドラムだけで、JAZZのセッションは奏でられない。
チャーリー・パーカーやコルトレーンの様なビーパップやハード・バップはこう言ったビッグバンドの合い間に数人の人間が集まってジャムセッションした所から始まる。この映画を見なくとも、黒人は知っている。
相変わらず、アメリカの中産階級出身の男性白人は、モラトリアム期間を脱せない、独りよがりな白人青年を描くのを止めないなと思った。そう言えば、ラ・ラ・ランドの主人公もそうだな。また、音楽の楽しさは、奏でる者の魂が変な方向に向くと、同時に音楽の楽しさも無くなると感じた。お猿さんのシンバルと太鼓を聞いても楽しいとは思えない。
聞く方にも問題があるのかも?至高の芸術なんて、鑑賞する側の上下で変わる。そして、鑑賞者の鑑賞力の上下を定義づけるのは難題な事だ。
ラ・ラ・ランドを含めて、この演出家のストーリーを再認識しなければならないと感じている。
クライマックスのドラムソロは圧巻!!
凄く引き込まれる映画だった!
最後迄フレッチャーという人物がよく分からなかったのと、飴と鞭の使い方が秀逸なので、途中からDVの常習犯にしか見えなかった…
天才を育てたいという願望がはたして本心なのか分からないけど、演奏直前に本性を表して楽譜用意しないのはマジで胸糞展開だったけど、アンドリューが屈せずに反撃したところはスカッとしたなー
少なくとも、フレッチャーは愛を持って厳しくしているわけではないことは分かった。。。
この作品を見るマインドとしては、アンドリューのサクセスストーリーだと思って見れば、不快感はだいぶ緩和されるだろう。
"今日のツッコミどころ''
アンドリューは何故か大事な日に限って遅刻をする癖がある!
僕も遅刻はしないけど、大事な日は寝不足なことが多かったので、アンドリューの気持ち分かる。
息くるしさを感じる
ほぼドラマーと教授
とのお話です
最初はオモシロく観てたけど
スポコンドラマの様な
観ているこちらが辛く感じる
手にマメができてそれが潰れて
血だらけになっても練習する
一流になるにはスパルタも
必要…なのかも知れないけど
…異常な世界
精神的に行き詰まって
教授の首に手を掛けた時は
自殺か殺すかの心情が伝わって
きて怖かった
最後まで緊張と息くるしさを
そして気迫と情熱は感じたけど
一度みればいい
…厳しい世界
あそこまでやらないと
一流にはなれないのか・・
一度教授から離れたのに
なぜもどったのか
教授がドラマーに愛情が
あったのか………わからない
教授も憎らしいほどの
演技力
謎が多い映画
ラ・ラ・ランドよりは面白かったかな。
でもパワハラ教師と主人公との意地の張り合いにしか感じませんでした。
見どころが教師のパワハラなのか主人公のドラムテクニックなのか、それともサスペンス性のあるストーリーなのかも良く分からず。
それから、原題が「Whiplash」なのに、なぜセッションにしちゃったのかも良く分からず。
結局のところ謎が多い映画でした。
狂気は凡人を置き去りに
『ラ・ラ・ランド』のディミアン・チャゼルの長編デビュー作。「第二のチャーリー・パーカーを輩出したい」という鬼教官フレッチャー(造形と口調のモデルは完全にスタンリー・キューブリック『フルメタル・ジャケット』に出てくるハートマン軍曹)と、「より強大な権威によって自己存在を承認されたい」という大学生ニーマン。二人の際限なき欲望と欲望が交差した果てに待ち受けるのは天国か地獄か。
チャゼルは徹底的に俯瞰した位置から彼らの辿る運命を見下ろし続ける。そこには一切の温情も連帯もない。あたかも受け手が二人に感情移入することを禁じるかのように、映像はひたすらフラットに二人の動向を見つめる。そして見立て通り、物語が進むごとに両者の異常性は徐々に際立っていき、最後には観衆置いてけぼりのあのジャズコンサートに行き着く。そこにはフレッチャーとニーマンだけが感じることのできる音楽的エクスタシーが漲っていたのだと思う。しかし我々がそれを感覚する術はない。それどころか「映画の不意の幕切れ」というコンサートの観客同様の唖然を味わわされ、作品世界そのものから強制的に放逐されてしまう。
芸術の狂気に取り憑かれた人々~みたいな映画は往々にしてよくあるが、本作が偉いのはそこに我々が介入する余地を一切用意しなかったことだ。「狂気」の正体がただの「狂気にも見えるほどの奮闘努力」だったときほど肩透かしを味わう瞬間はない。「狂気」の二文字に興味本位で近寄ってきた愚昧な観客どものご機嫌を伺うようではいけない。
本作の場合はちょうどその逆で、奮闘努力だと思っていたものが実は狂気だったことが少しずつ発覚していく。自分が精神的に追い込んで殺した生徒の死を涙を浮かべながら懐かしむフレッチャー、車に轢かれ半生半死の状態でステージに現れるニーマン、コンサートの演目を教えずニーマンに晴れ舞台で恥をかかせるフレッチャー、勝手に演目を変更してフレッチャーに指揮を強要するニーマン。空前絶後のキ○ガイバトルでしょこんなの。とてもじゃないが寄り付けないし寄り付きたくもない。
陳腐なメロドラマの裏でハリウッド批判を展開する『ラ・ラ・ランド』同様に、ハイコンテクストで意地の悪い映画だった。安易な気持ちで「狂気」に触れると痛い目を見るぞ、という良い教訓になった。
パワハラコーチ?
Amazonプライムでの視聴が終わってしまうので慌てて視ました。
事前に思っていたのは、コーチが一見苛めに近いようなしごきをするが、実際は主人公の才能を見抜いており、愛情故のしごきというスポ根的な話でした。
ところが、実際視たら完全な苛めで、鬼コーチは自己満足だけで動いているサイコ親父でした。
見所としては、徐々にコーチの狂気を主人公の狂気が上回って行ってしまうというところでしょうか。
ただ、ラストでコーチが、ステージで主人公に恥をかかせることで復讐しようとするわけですが、このやり方では自分の方が恥をかくのでは?と疑問を持ちました。
とは言え、ラスト10分くらいの鬼気迫る演奏シーンは、それなりにカタルシスを覚えました。
よくある
この関係。
ただお互い行きすぎている印象。
悪く言えば性格がねじ曲がってるというか。
ただそういう見方をしている自分にもなんだか嫌気がさした。
2人のようにここまで自分の気持ちを曝け出せたらもっと生きやすいのかも。
トップガンマーヴェリック観た後で見たので若かりしルースターにも見えてしまい気持ちが安定しなかった(いい意味で)
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