セッションのレビュー・感想・評価
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狂気の映画だった。 知らない世界すぎてこれぞ映画観たなって感じだっ...
狂気の映画だった。
知らない世界すぎてこれぞ映画観たなって感じだった。
他人の人生見るのが映画の醍醐味だなと改めて思った。
悔しさや抑圧、怒りをバネに出来るか?
昔であろうと言葉の暴力と実際の暴力での指導は駄目。
チャーリー・パーカーが若い頃の演奏を聴いたフィリージョーからシンバルを投げつけられた。その日彼は泣いたけど、次の日からは練習をした。もしその時演奏を褒められていたら「これでいいんだ」と思いそこで満足して止まってしまうというエピソードを聴いた時は少し考えさせられたが、それにしてもあの指導はやり過ぎ。
もし自分が受けたら心が折れてしまうであろう。
そう思わせる演技、内容は素晴らしい。
今夢を必死で追いかけている若い人、年齢を重ねて人の上に立つ立場になった人どちらの年代の方が観ても考えさせられる作品だと思います。
音楽映画好きには何とか推せるかというところ。
今年103本目(合計1,195本目/今月(2024年3月度)21本目)。
(前の作品 「変な家」、次の作品(予定)「愛のゆくえ」)
古い映画ですが、復刻上映されていたので見に行ってきました。音楽映画はたいがい見るタイプです。
表面的には音楽映画であることは間違いないのですが、多くの方が書かれている通り、いわゆる「しごき」描写が多く何を見せられているんだろう(いわゆる「しごき」を通して音楽の大切さを説く映画と解することは可能だが、多少古い映画としても、その当時(2015年)にこんなことをやっているとアウト)といったところです。
ドキュメンタリー映画でもないですし、音楽映画という観点でみたとき、あまりというか法・道徳に触れるようなことにかなり飛ぶので、音楽映画という事情は理解しても「なんでこんな展開にしたんだろう…」(ドキュメンタリー映画、実話ものの映画なら理解はできるが、そういうわけではないらしい)という点が結構厳しい(音楽映画は、ストーリーを楽しむこともありますが、概して「音楽を聴きたい」という観点で見に行く方も多いのだが、そうするとしごき・いわゆるパワハラの類がどんどん出てくる)といったところです。
ただ、一般指定という事情もあるので極端に無茶苦茶な状態になっていないし、趣旨自体は理解できる(極論、目をつぶって音楽だけを聴いたほうがよいようなヘンテコな映画)といったことまで考慮して減点なしの扱いにしています(これが日本映画であれば、明確に妥当性を欠くという指摘でそこそこの減点幅は免れないが、外国作品で、「ある程度の」そうした行為がどの程度行われているかはわからないし、一般指定なので流血表現等は存在しない(しなかったはず))。
バカはロックでもやってろ? 上等じゃねーか
この映画の本質はジャズとかドラムとかはあまり関係ありません。音楽学校なのになんやねんこのおっさん。キ◯ガイ鬼軍曹。
フレッチャー役のJ.Kシモンズ最高です。
この映画が面白いのは音楽映画のフリをして、実は男の意地の張り合いの話で、スマホの時代なのにまるで「兵隊やくざ」シリーズのような展開だからでしょう。2014年制作の映画ですが、今観るとコンプラ的に完全にOUT。それでも引き込まれてしまうのはその熱さが「宮本から君へ」と同じくらいハチャメチャだからでしょう。レンタカー店舗まで戻ってスティックを取ってこいと命令する。トラックと衝突して、血まみで左腕は骨折してそうなのにあきらめない。映画館のバイトの彼女をナンパしたニーマンが、彼女に新しい男ができたとわかるとひとが変わったようになるあたりも劇画的です。
ちょっとわからないのは、せっかくの個人指導に朝寝坊したのになぜか全然怒られない。 3人のドラマーの中で一番ヘタクソでパッとしないのにニーマンをえこ贔屓する理由は同性愛だからなのかと思ってしまいます。師弟愛は感じましたし、ニーマンがフレッチャーを心底恨んでないのはわかりますが、そこからまた落とし穴的な試練があります。鬼軍曹がこのまま黙って引き下がるわけないのに、そのままフェードアウトする終わり方ですが、意地だけでソロを叩き続けるニーマンに近づいてゆき、緩んだシンバルのネジを締めてあげていたので、鬼軍曹も負けを認めたんでしょうね。
ドラムテクニック的には深みには乏しい映画でしたけど、とても面白かった。ちなみにマメが潰れるとか、皮が剥けるとか、血が出るなんてヘタな証拠です。あと、スティックがいかにも廉価品。ステージではスティックを落としたとき用にスペアは手元に3.4本おいて置くはずです。
3月15日公開の Count me in 魂のリズムをとても楽しみにしています🤩
ジャズと音楽が好きなので観た
ドラムじゃなくて管楽器が良かった
血のにじむような努力とはまさにこの事
ドラムならではだな~と思ったけれどやっぱり地味に感じた 音楽の悪魔に魂を売るという表現がいちばんしっくりくる 才能はあ~やって開花するんだと思った
狂気には狂気で返す
こういう、この人に認められたいと思わせるというか、依存させるのが上手い指導者、いるよね〜と思いながらみてました。終盤、超高圧的な鬼教官の弱った姿、教える側の苦悩を見せてやや同情させたところで、「私を舐めるなよ」とひどい仕打ち。そして今度は、屈辱を味わい、親に迎えられるニーマンに感情移入させてからの、まさかの仕返し。この2つのどんでん返しが非常に面白かったですし、特にニーマンから教官への仕打ち、指揮者などいらないと言うかのような舞台の掌握ぶりは痛快でした。常人ならあのまま退席し、親と故郷へ帰りますね。狂人と通じ合えるのは狂人のみ。頭のおかしい人とまともに向き合おうとしてはいけない。。。
ヒリヒリ感は伝わるけどね
鬼教師フレッチャーのイジメにも近い指導、それに耐える主人公ニーマンはじめ他のドラマー。そのヒリヒリした空気は伝わる。凄い伝わる。演技凄い。
が、元居たクラス?でもパッとしなかったニーマンに何故、フレッチャーが目を付けたのか分からんし、ニーマンが凄い練習してるのは分かるんだけど、その上達がどんな速度とレベルなのかがイマイチ伝わらない。これがスポーツ物だと分かりやすいんだけど、音楽とかだと、80レベルが85レベル、90が95に上昇しても素人には分からんw
何だかんだがあり、フレッチャーが大学をクビになるのは分かるけど、ニーマンも退学処分なんだって言うのが「え~」。
でっ、しばらくして再会したらフレッチャーにバンドに誘われてフェスに出るんだが、その舞台上、演奏直前に「俺を告発したのはお前だろ」と言い、ニーマンに言ってない曲の演奏(譜面無し)を始める。いや、復讐したいのは分かるとしても(逆恨みだけど)、他のバンドメンバーも巻き添えやん。それを狂気と捉えるか否か。
ニーマンも大学辞めてから、ドラムを収納に押し込んでいた様子からして練習して無かっただろうに、そんなにすぐにフェスで演奏出来るレベル、というか元以上のレベルになるんか?ピアノとかは一日弾かない分を取り戻すのに何倍も掛かるって言うけど。
最期のドラムソロは凄いけど・・・・・フレッチャーもニーマンも自分の事しか考えてないなぁ。フレッチャーの嫌な面が目立つけど、ニーマンの普段の言動も結構クソ野郎。
熱量は感じるけど、もう一回観たい?と聞かれたら否と答える。
例えシンバルを何度投げつけられても、何度でも立ち上がれ! それが天才だ!
最終的に描かれるのは、有名指揮者と若きドラム奏者の魂のぶつかり合い!!
シモンズのスキンヘッドのパワハラオヤジ役が、まさにぴったり。
序盤、認められたと思った若者は罵声を浴びせられ、超しごきの毎日。
徐々に徐々に追い詰められていく彼!
観ているこっちも悔しくて感情移入!
コンクール会場へ向かう途中は興奮する!
そして、会場での演奏でついに爆発!!
そこから先の展開が、ステレオタイプでないのが面白い。
再会から和解か思いきや、フレッチャーの底意地の悪さも爆発!
いや、フレッチャーの意地悪なのか?
もしかして、それすらも、「投げられたシンバル」なのか?!
親の優しさと、そこからの自立を経て、ニーマンの反撃開始!
ここが気持ちいい!
何といっても、クライマックスの演奏が素晴らしい!!
二人の戦いがニーマンの攻勢から、フレッチャーとの「セッション」になっていく。
スパッと終わるのもイイ!!
例えシンバルを何度投げつけられても、何度でも立ち上がれ!
それが天才だ!
本当にゾクッとする
数年前に動画配信で観たことはありましたが近所でリバイバル上映をしていたので鑑賞
やはりいいです。
ヒリヒリする空間が堪らんです
極めるということは何かを捨てること?いえ、それ以上ですと言われているような映画ですね。
狂気の先にある境地だけを目指してぶつかり合う傑作
チャンスがあったら是非映画館で!
最高の音楽こそが正義!
怒りも苦しみも…何もかもが最高の音楽を生み出す瞬間には敵わない。譜面を追っていたら絶対に生まれない最高のセッション!
終わったあとの余韻が過去見た映画の中で1番だった。しばらく動けなかった…。
狂気の果てのセッション
承認欲求に囚われた若者と完璧を求める指導者それぞれの狂気の果てを描いた作品だと思います。
若者は、指導者が求める理想に追いつくために懸命に努力を続ける過程で人間性を失っていきます。そして、自分が代替可能な使い捨ての駒に過ぎないことを知って精神が壊れますが、それでもなお、手にしたポジションに固執することをやめられません。
指導者は、理想を追い求める過程で多くの若者を使い捨てにし、壊しながら、一時的に栄誉を勝ち取ります。しかし、最後は使い捨てにしてきた駒からの密告により地位を追われ、築き上げてきたものの多くを失ってしまいます。
若者、指導者のあり方は、それぞれの理想を実現するためのものでしたが、いずれも多くの代償を伴う狂気によるもので、それが故に最後は築き上げてきたものを失ってしまいます。ラストシーンの捉え方は様々あるようですが、私は、そんな2人による狂気の果てのセッションだと思いました。
若者をマイルズ・テラー、指導者をJ・K・シモンズが迫真の演技をみせているため、物語に没頭することができます。
ここからは推測ですが、伝統的な音楽であるクラシックやジャズは目に見えず、数値で表すことができないためか、指導者の立場が圧倒的に強く、それが故にこういったことが起きてしまうんだろうな、と思いながら観ていました。このあたりは、TARと共通する部分があるので、音楽業界の構造的な問題が、背景としてあるんでしょう。
原題の『Whiplash』は鞭打ち、衝撃、苦痛という意味。 楽...
原題の『Whiplash』は鞭打ち、衝撃、苦痛という意味。
楽譜に従ったガチガチの演奏を強要されるのだが、果たしてこれはジャズと言えるのであろうか。ブラスバンドのカテゴリーに分類されるのではと思うのだが。
感想を一言で表現すると『見ていて気分が悪くなる程のパワハラ映画』。
最後に生徒が鬼教官に見事に返り討ちを果たすが、爽快感を感じることはできなかった。せめてテロップでもよいので、「その生徒はプロドラマーとして成功を収めた」とか入れるだけでも印象が変わるだろうにと残念に思う。
主人公は彼女に捨てられてしまうが(捨てて大正解です)、彼女役の女優(メリッサ・ブノワ)を発見できたことが唯一の収穫であった。
フレッチャーは来ていたか ネタバレ(妄想込み)
2015年1月6日のラジオ『たまむすび』にて、映画評論家町山智浩さんはこの映画「セッション」を熱を込めて紹介している。
「…で、『あしたの朝6時に練習始まるから来いよ』って言われるわけですね。で、朝6時に学校に行くと誰もいないんですよ、その部屋には。で、9時になってやっとみんな来るんですね」「もう、最初っから“いじめ”なんですよ!」「ウソの時間を教えたんですよ、3時間早く」「そこからもう延々と、フレッチャー先生のいじめが始まるんですよ」
この部分が私にはどうしても納得できなくて、何度も映画を見返した。そして、見返す程に確信に変わった。
フレッチャーは、朝6時に教室に来ている。
以下にその根拠を書いていく。
① カギとほこり
主人公アンドリュー・ニーマンが1年生の授業に出席する。教室のドアを開けて、中に入り、ドアを閉める。0:06:49。ドアノブのカギ穴が大きく映る。
シェイファー音楽学院のドアノブがアップになるのはこの1回きりだが、しかし、ちゃんと映っている。
普段、放課後の教室にはカギを掛けているのだ。1年生の教室がそうなら、上級生の選抜クラスならなおのことそうだ。
つまり、ニーマンのために、フレッチャーが教室のカギを開けていた、ということだ。そこまで準備していた、ということだ。
0:15:47で床に落ちたホコリが映る。掃除をしていないことを表している。フレッチャーが、しなくていいと言ったのだ。職員に「今日はこのまま帰っていい。明日早くから使うから、カギもかけなくていい」と。フレッチャーはニーマンを迎え入れるために、段取りを整えていたのだ。
② 8:57
選抜クラスの生徒たちは8:57に教室に入ってくる。
何故なんだろう。
授業になったら全員が人種も含めて耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言をフレッチャーから浴びるかもしれないのに、なぜもっと早く来て練習しないんだろう。楽器の調整も含めて万全の状態を作り出すために、やることはいろいろあるはずだ。実際、1年生のクラスは、先生が来る前に音を鳴らしたり、おしゃべりしたり、彼女とキスしたりする余裕があった。
答えは簡単。フレッチャーにそうしつけられているのだ。最低限の時間で準備を整える。フレッチャーが登場する10秒前にバンドマスターが「音合わせ!」の号令を掛ける。早くに行っても教室にはカギが掛かっているし、仮に入れたとしても、勝手に長々と教室を使うことを、フレッチャーは許さない。
つまり、ニーマンを6時に呼びつけたのは、特別なことだったのだ。
③ イヤホン
9;00ピッタリにフレッチャーが入ってくる。
譜面台に楽譜を置き、帽子を取ってハンガーに掛け、イヤホンを耳から外してコートの内ポケットにしまい、コートをハンガーに掛ける。
これが証拠である。
フレッチャーは朝6時に来ていた。
フレッチャーは、プレイヤーを止めていない。すなわち、彼はイヤホンをしているだけで、聴いているフリをしているのだ。本当は朝6時ピッタリに来たのだが、誰もいないので3時間、ただ待っていたのだ。そしていかにも今自宅から音楽を聴きながらやってきた、というフリをしていたのだ。
④ 控室
では3時間、フレッチャーはどこにいたのか。教室に繋がっている教員控室にいたのだ。6時にニーマンが来ていないことにこれ以上ないほどに腹を立てたが、とりあえず控室に入った。ニーマンに手ほどきするために昨日から準備してきたのだ。それを、よくも…。しばらくして走ってくるニーマンの足音が聞こえた。急ぎ過ぎて階段でコケた音も。
フレッチャーは思わずにんまりする。まあいい。仕返しはゆっくりしてやろう。
と、いうところだろうか。
⑤ whiplash
この映画は真っ暗な中、ドラムの音から始まる。
ポツン、ポツン、ポツン。
ゆっくりこぼれ落ちる音が、段々、段々速くなる。
その音を背に文字が白く浮き上がる。
Whiplash
これは、この映画のクライマックスのシーンでもある。フレッチャーの指揮も無視して名曲「Caravan」のドラムソロを続けるニーマン。ドラムは激しさを増し、フレッチャーはハッキリと理解する。
ゆっくり。ゆっくりだ。
フレッチャーの仕草にニーマンが応える。ブレーキをゆっくり踏むかのように、音はゆっくりと静まってゆく。
ポツン。ポツン。ポツン。
速く。少しずつ、速くだ。
ドラムは再びうなりをあげてゆく。そして、フレッチャーが「もう、いってしまえ」とばかりに片手を振ると、豪雨のような音の乱れ打ちになる。
出会いのシーンで、フレッチャーはすでにこの音を聴いていたのだ。だから映画のタイトルが「whiplash(むち打ち)」なのだ。フレッチャーは初めから打ちのめされていたのだ。
この映画は生徒と鬼教官の話なんかではない。
音を愛するものたちの、嫉妬と狂気の物語なのである。
重く、暗い
全体に漂う不穏な空気。
先生の言い分は、境地に追い込まないと天才は生まれないという信念らしいけど ただのイジメだ
目をつけられたニーマンはよく頑張った
ラストは先生からの復讐だったけど そのおかげかニーマンは天才の領域に達した。
その後は演じられてないけど、先生とニーマンはずっと仲違いしたままなんだろうな
刺激や新しい自分を見つけたいときに!
理解の遅れや難しさなく
本能に従い共に熱くなる。
自分も何か新しい挑戦が
出来るのではないか
強くて刺激を受ける。
インスピレーションを受けたい、
他人に疲れてもっと自分にエールを
送りたい気分のときに見ると最高!
セッション オスカーって?
展開に無理があり、中身が中途半端。何が言いたいのか分からない。
面白くない。
オスカー作品にはこんなのが結構あります。
観なくていい映画だと思います。
狂気の二人が織り成すミュージック
原題はWhiplashで作中に出てくる有名なジャズの曲でもある。スパルタ教師のフレッチャーとジャズドラマーを目指すニーマンの話。ニーマンはジャズメンバーに選ばれるが事故でコンテストをミス退学になる。フレッチャーは行き過ぎたスパルタでニーマンに密告され辞めさせられニーマンに復讐する。
いい映画であるが、面白いとか泣ける映画ではないのである程度知識を持ってみたほうがいい。無駄なシーンがなく、ラストまでの流れとラストのセリフが無いシーンのクライマックス感が心地よい。
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