野火

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劇場公開日:

野火

解説

1959年に市川崑により映画化された大岡昇平の同名小説を塚本晋也の監督、脚本、製作、主演により再び映画化。日本軍の敗北が濃厚となった第2次世界大戦末期のフィリピン戦線。結核を患った田村一等兵は部隊を追放され、野戦病院へと送られる。しかし、野戦病院では食糧不足を理由に田村の入院を拒絶。再び舞い戻った部隊からも入隊を拒否されてしまう。空腹と孤独と戦いながら、レイテ島の暑さの中をさまよい続ける田村は、かつての仲間たちと再会する。戦場という異常な空間で極限状態に追い込まれた人間たちが描かれる。共演にリリー・フランキー、俳優デビュー作の「バレット・バレエ」以来の塚本監督作品への参加となるドラマーの中村達也。

2014年製作/87分/PG12/日本
配給:海獣シアター
劇場公開日:2015年7月25日

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(C)SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

映画レビュー

3.5第三の敵。

2024年1月25日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

知的

難しい

敗戦が濃厚となった時期に30を過ぎた老兵としてフィリピンミンドロ島に配属された作家大岡昇平の実体験をもとしたフィクションが原作。ご本人が人肉食を体験したわけでなく現地で聞いた事実をもとに想像を膨らませて書いたものだ。

原作では主人公は飢餓状態に追い込まれながらも人肉を食うか食わないか、宗教観を交えて延々と葛藤するその心理が描かれている。しかし、塚本監督はそこはあっさり主人公に食べさせる。劇中では騙されて食べるわけだが、当時の兵隊たちは食べるか食べないか葛藤する余裕もないくらい追い詰められていて、食べないという選択肢はなかったという。いかに戦争が人間をそこまで追い詰めてしまうのかと感じてそのように原作とは違う描写にしたとのこと。

本作のように日本兵同士でも殺し合って互いに人肉を食べたというのは確かにあったらしい。
補給路を断たれただけでなく、もともと人命を甚だ軽視していた日本軍では飢えから規律は失われて互いの食料を奪い合っていた。大岡昇平の所属部隊には備蓄食料があっていつ襲われるか警戒していたという。

当時の従軍兵の言葉に我々の第一の敵は米軍、第二の敵はフィリピンゲリラ、そして第三の敵は日本兵だったという証言もある。
それくらい当時の日本軍は崩壊していた。そしてそんな彼らが人間性を失うのも時間の問題だった。

これが先の戦争の実態。フィリピンの美しく自然豊かな景色とは対照的に日ごと行われた醜い殺し合い。そんな愚かな人間たちの行為をただ、自然はたたずんで見守っていた、昔から何ら変わらず。互いに殺し合う兵士たちの叫び声、怒号、銃声だけが静かな森の中では響き渡っていた。

主人公の田村は常に抗い続けた。物書きであり学のある彼は明治政府が植え付けた教育には染まっていなかった。このような愚かな戦争を否定し、けして自分は加担したくなかった。
自伝小説の「俘虜記」でも森の中で米兵に遭遇してもけして引き金を引くまいという原作者自身を投影した主人公の気持ちが吐露されている。
田村は無下に人殺しをすることを拒んだ。どんなに飢えても生草やヒルを食べて飢えをしのぎ、けして人肉だけは食べまいと抗い続けた。まるでそれが自分の人間性を保つ最後の砦であるかのように。

彼の行くところには常に野火が上がっていた。それは農民が行うただの野焼きなのか、あるいはフィリピンゲリラが自分たちを見つけたという合図なのか。それは知る由もないが、田村はその野火が自分を常に見張っている気がした。まるで自分の罪を見定めようとするかのようにそれは彼に付きまとった。

人肉食を繰り返す同僚兵士を殺して復員を遂げた田村、いまだ戦場でのトラウマに苦しめられている。そんな彼が庭先の焚火の火を見つめる。
自分は自ら人肉を食わなかった、自分は人間でい続けた、自分は罪を犯さなかった。果たしてそうだろうか、本当は猿の肉ではなく人間の肉だと知っていたのではないか。あれほどジャングルをさまよい一度も目にしたことがない猿の姿、人肉食の噂、自分は人肉だとわかってて食べたのではなかったか。
自分は罪を犯さなかったか、あの戦争を否定しながらも暗黙により加担したのではなかったか。あの戦争に突入する大きな流れに抗えなかった、仕方がなかった。だから自分には罪がなかったといえるのだろうか。

あの日の野火のように燃え盛る焚火の火は今も自分の罪を見定めようとしてるかのようであった。

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レント

4.0映像表現に唸る作品

2023年12月7日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

「野火」みたいな映画を観るのは体力がいる。解説やら説明じみたセリフやらは一切無い。観る→感じる→考える→確かめる、のループの中で映画は進む。
更に観終わった後も自分が何を受け取ったのか、日常のふとした瞬間に振り返る。そんな映画だ。

大きな資金を得られず、インディペンデントに近い形で制作されているにも関わらず、野戦病院や戦闘、亡霊のような日本兵蠢く山道など、どれをとっても鬼気迫るシーンの連続。
特に田村が何度も追い出される野戦病院の、積み重なるように収容された傷病兵のヌラヌラとした動き。生と死の狭間を行き来する様子は鳥肌が立つほど不気味だ。

予算がなくても、絶対にコレを撮りたい!という思いと明確な絵を描く力が、素晴らしい映像表現に繋がっている。
自分のビジョンをしっかり持っている監督はやはり違う。意味を主張できない映像の羅列みたいな映画だと、やっぱ途中で飽きちゃうもの。

塚本監督は「野火」の中で、その想像を絶する戦場の光景を描きたかった、という。
そこにはただ現実があるだけ。そこから何を感じとるのかは観ている我々次第だ。
反戦?それも良いだろう。人間の愚かさ?それも良いだろう。

私はなぜか神の視点を感じた。田村は状況に翻弄される小さな命に過ぎない。田村の生死を決めるのは田村自身ではなく、もっと大きな存在のような気がしてならない。
例えるなら人間の撒いた水に流される蟻の列、その列でたまたま乾いた土の上にいた一匹の蟻のような、そんな存在に見えた。
だから私が感じたのは、命の哀れさ、ということになる。

野火という単語は「野原での火葬」という意味があり、遠い南方の島で息絶えた戦友達への弔い。それと同時に、死体を焼くことで甦りを妨げる訣別の意味もあるように思う。
また「野焼き」という意味にとれば、植物の環境形成をリセットする再生の象徴のようにも思える。

もう一度観たら、5年後に観たら、私の「野火」への印象はまた変わるように思う。毎年8月に観るべき映画、なのかもしれない。

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つとみ

3.5戦争の残虐さと…

2023年8月16日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

第二次世界対戦敗戦間際のフィリピンでの日本兵隊の話 日本勝利を信じ、天皇陛下の指示の基に敗戦濃厚がわかっていても戦う日本兵隊
こんなことを指示した天皇陛下をなぜ今も敬っているのかが分からない…
僕が天皇陛下だったら自殺するけど…
日本はつくづく変な国である

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ろくさん

5.0忽ち消え去る人間性に戦慄

2023年8月15日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

悲しい

怖い

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しゅうへい
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