死期の近づいた晩年の劉邦による過去の回想と、野心を捨て去らぬ若き功将・韓信を粛清していく現在とを交互に描いていくルー・チュアン監督の文芸映画。どちらかというと現在に重点が置かれ、邦題と違って項羽の出番は多くなく、鴻門の会も(重要エピソードの1つではあるものの)物語の中心ではない。回想パートも時系列順ではなくいろんな時代に飛ぶため、この時代にくわしくないとちょっとわかりにくいかもしれない。そういう意味ではマニア向けだが、過去と現在を交互に描くことによって人々の有為転変する運命を浮き彫りにしていく構成が素晴らしい。
例えば、劉邦に寝返った項羽の伯父・項伯は現在では皇帝劉邦にひれ伏して拝謁しているが、鴻門の会の直前には劉邦のほうが項伯にペコペコして項羽への仲介を懇願している。しかし現在に戻るとやはり項伯は皇帝劉邦や皇后呂雉にひれ伏して拝謁していて……という切り返しが、時の流れといつの間にか変わってしまった両者の立ち位置を残酷なまでに描き出している。かつては劉邦とは君臣というより同志のような関係だった張良や蕭何も、現在では皇帝劉邦や皇后呂雉に韓信の赦免をひたすら懇願することしかできない。快活な英雄だった劉邦は年老いて猜疑心の虜となり、それを自覚しつつも脱することはできずに自ら苦しみ、貞淑な妻だった呂雉は歳を取って夫の愛を失ったことを悟り、権力欲に囚われている。そんな中で1人変わることを拒む韓信がそれゆえに粛清されていく。
シェイクスピア悲劇のごとく暗く陰鬱な群像心理劇だが非常に面白かった。劉邦役のリウ・イエ、韓信役のチャン・チェン、呂雉役のチン・ラン、項羽役のダニエル・ウーなどいずれも好演だが、劉邦に権力の魔力を囁き「秦は滅びぬ」と言い残して項羽に処刑されていく最後の秦王・子嬰などの脇役も強い印象を残す(なおドラマ『海上牧雲記』でホアン・シュエンに仕える侍女の役を演じていたホー・ドゥジュエンが出番は少ないながらも虞姫を可憐に演じている)。劉邦と呂雉を毛沢東と江青になぞらえて「裏切られた革命」を描いている感もあり、また「権力者によって書き記される歴史書」に対する不信が語られているのも印象的だった。細かいことを言えば史実と違う部分もあるんだが、映画としての質は非常に高く、やはりルー・チュアンは並みの監督ではない。