劇場公開日 2014年11月8日

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嗤う分身 : 映画評論・批評

2014年10月28日更新

2014年11月8日よりシネマライズほかにてロードショー

悪夢とロマンティシズムが奇妙に調和した不条理劇

日本未公開ながら、思春期の妄想少年を描いたおかしくも切ない青春映画「サブマリン」で注目されたリチャード・アイオアディ監督の新作は、何とドストエフスキーの「分身(二重人格)」を下敷きにした不条理劇。時代も所在地も不明の超アナログな情報処理会社に勤める存在感ゼロの青年が、突如出現した瓜ふたつのキレ者新入社員に人生を乗っ取られていくサスペンス・コメディである。

アルファビル」や「イレイザーヘッド」などに触発されたと監督自身が語るビジュアルは、まさに映画的記憶の万華鏡のごとし。主人公の行く手にはフェリーニの「悪魔の首飾り」さながらに怪奇な霧が立ちこめ、ヒッチコックの「裏窓」的な状況の中にポランスキーの「テナント/恐怖を借りた男」を彷彿(ほうふつ)とさせる孤独と死の気配が忍び寄る。おまけに太陽は一度も昇らず、自然光で撮られたショットはひとつもない。

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今年話題になった同モチーフの「複製された男」は、憂鬱な都市生活者の生々しくまどろんだ日常を映像化していたが、本作ははなからリアリティなるものを吹っ飛ばし、とことん分身現象のシュールな悪夢性を肥大化させている。ゆえに荒唐無稽の域に達した世界観、慌ただしく押しの強い語り口は、かなり好き嫌いが分かれるだろうが、不意に鳴り響く昭和歌謡の驚くべきマッチングも含め、ハチャメチャなようで奇妙な調和がとれた映像世界は必見と断じてしまいたい。

物語のもうひとつの軸は、内気な主人公と向かいのアパートに住むヒロインの関係だ。ジェシー・アイゼンバーグが惜しみなく披露する神経症演技、そしてミア・ワシコウスカの天真爛漫にして幸薄げな魅力の罪深さ! 報われぬ恋の儚(はかな)いロマンティシズムが、全編を覆う“影”にのみ込まれていくクライマックスの果てには、破滅と安らぎが同時に訪れる。ひょっとすると、ささやかな幸せを追い求めていたこの分身劇の主人公は、あの世とこの世の境界で分裂してしまったのかもしれない。

高橋諭治

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