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総合80点 ( ストーリー:75点|キャスト:80点|演出:85点|ビジュアル:90点|音楽:80点 )
マイケル・チミノという名を初めて意識したのは「ディア・ハンター」だった。複雑で迫力のある人間群像の掘り下げ方にとても感銘を受けた。だが彼の作品をもっと見ようとしても、作品数はとても少ない。その原因がこの「天国の門」にあると知ったのはずっと後のことで、当初の予算の四倍をつぎこんで制作された超大作が大きな批評を受けてわずか公開後一週間で打ち切りになったばかりでなく、そのためチャップリンが創設者に名を連ねる名門映画会社を倒産させてその責任が当然ながら監督のものとされて、その後の映画製作が難しくなったのである。結果的に彼はとても寡作な監督となってしまう。
さんざん貶されてラジー賞最低監督賞も受賞してしまって、映画の歴史に残る大問題作となったこの作品とチミノ監督だが、その批判に反して実際はとても質の高い作品である。確かに彼は完璧主義でこだわりが強すぎて予算管理もろくに出来ない、利益を生み出すという観点からはひどい監督だったかもしれない。IMDbによると、わざわざ作った街並みの建物を気に入らないからといって全て壊してまた建て直したり、卒業式の場面を撮影するのにハーバードに撮影を断られてからといってわざわざイギリスのオックスフォード大学にまで行ってみたり、戦場の撮影場所の植物を緑にするために灌漑工事をしたり、当時の機関車を州をいくつもまたいではるか遠くから運んできたりと、もうやりたい放題である。だがそのこだわりが生んだ素晴らしい美術と美しい風景の撮影と、大量動員された人員の迫力と登場人物の演技によって、人々の業と生き様が質感高く描かれており、壮大な叙事詩としてまとめあげている。
作品はアメリカ人にとって心地よいものではない過去の移民排斥の黒い歴史を取り上げており、主題も重くて結末も爽快なものではないうえに、わかりにくさもある。単純に強くて正義の国アメリカが好きだったであろう当時のアメリカでは、このあたりも不人気の原因となったのであろうが、人気と作品の良し悪しは必ずしも比例するものではない。視聴者の受けを狙わずこびることなく監督の好き勝手に作ったが故の無駄であり失敗であるし監督の自己満足に浸っているのでもあるが、同時に作品の質を向上させたともいえる。
最初に登場するハーバードの同級生二人が軸となる主要登場人物なのかと思ったが、アーバインのほうはワイオミングでは脇役でたいした活躍もないままに終わってしまった。これには拍子抜けした。だが「ディア・ハンター」でも登場したクリストファー・ウォーケンがここでも活躍して大きな印象を残す。エラ役のイザベル・ユペールも良かった。
最後の場面の船上の女性は最初はよくわからなかった。場所がロードアイランドなんだから、エイブリルはワイオミングからまた東部に戻りそこで全く新しい人生を歩んでいて、過去に起きたことを心に秘めながら今を生きているということだろうか。英語版ウイキペディアによると、この女性は冒頭の卒業式の場面でハーバードで一緒にワルツを踊っていたエイブリルの彼女らしく、その後に妻になっているという設定のようだ。エラに結婚を申し込んだネイトと異なり、エイブリルはエラに結婚を申し込まず、一緒にここを離れようとだけ言ったのはこのためなのか。そういえば時々出てきた写真に写っていたのは彼女だろうか。彼はかなり金持ちのようだが、何故いきなりワイオミングに来たのか、東部ではどのような生活だったのか。長い作品の割には登場人物の設定のおかしな部分と説明不足な部分がある。もっと主人公のエイブリルについては背景を明らかにしてほしかった。
三時間半超の作品は、大学の卒業式がやたらと長かったり、狼の舌の話があったりして物語の流れと直接の関係が薄い部分も時々あり、無駄に時間をとっていると感じることもある。構成が必ずしも良くないのだ。でも良く言えばそれゆえに当時の社会を垣間見るようなことも出来た。西部開拓時代の開拓民のことを描いているのだから西部劇でもあるのだろうが、当時の人々の辛酸と憎悪と対立が織り込まれた内容は複雑かつ重厚で、無法者を銃撃してやっつけるという普通の意味での西部劇の範疇を上回る。戦闘場面もかなりの迫力があるだけでなく残酷であり悲しみがあった。生きるために命懸けで闘っていた。船上の場面の意味がわかると、エイブリルの心の喪失感も理解できた。時間も長いし重い内容だし軽い気持ちで観られる作品ではないが、それでも観る価値は十分にあった。