ゼロ・ダーク・サーティのレビュー・感想・評価
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気を抜けない危うさがリアル
こんな殺伐とした国が実際にあると思うと恐ろしいですね。
いつ自分、もしくは同僚が殺されるか、人質になるかわからない。こういう仕事をよく続けられるものです。作中にもありましたが、もう精神はボロボロでたまらないんじゃないでしょうか。
突入の映像は息が詰まるほどリアルでまさに記録映像のようでした。
街の誰が敵かわからない、いつ誰が裏切るかわからない、自分の命を犠牲にしてまで目的を果たそうとする組織。
恐ろしいことばかりですが、一番恐ろしいのはまだ問題は片付いていないということだと思います。
非映画的な映画
東日本大震災から二ヶ月後に決行され、日本でも報じられたビンラディン殺害。
今の10代は9.11がどういったものだったのかわからないのが普通で、この映画を観て“理解しろ”というのは無理難題に近い。
だから知らない人は観る前に少し知識として入れておくといい。
映画としての出来は率直に言えば悪い。
なぜなら、全編通して映画的な時間配分を無視して作られてるからだ。
冒頭の拷問シーンしかりアブアフメド追跡過程も、カットして短くすることは出来たはずだ。なぜそれをやらなかったのか。
それは監督自らが記録として残し伝えたいからと語っている。
事実かどうか明確ではないものを伝えるというのも甚だおかしな話ではあるが、彼等の緻密なリサーチによって作られたこの映画には、本来必要なものが全く描かれておらず、ただひたすらに起こった出来事を描いている。
この映画には感情が無い。
主人公のマヤは紆余曲折ありつつも、アメリカの敵とされるビンラディン追跡にひた進む、悪く言えばマシーンだ。
そんなマヤに観ている人は感情移入出来るはずがない。この映画は本当に歴史を辿っているだけだ。
戦争は、いち意見で語ることは不可能であり、今後の歴史においても、社会に生きている以上解決出来る問題ではない。
必ず意見のバックグラウンドが邪魔をする。現実問題としてこれは仕方がないことだ。
それらの意見を全て飲み込む作品を作るとして、1番なのは結果だけを描くことだ。
起きた事以外を描かない。
この映画に関しては、この無感情なストーリーが「記録」として相応しいものになっているということ。
実際に抗議などが出た問題作ではあるが、描くことを禁止するというのは「記録」として残す意図とは真逆の存在になってしまう。
そういった意味で、この映画の非映画的な部分が存在している。
しかし映画としてラストシーンは必要である。
言わずもがな、最後はビンラディンが殺害される。ここで終わったら観ている人は何を思うか。
納得や理不尽感といった気持ちで終わってしまうだろう。果たしてそれでいいのだろうか。
「記録」として残す以上、今現在、現状も伝えるべきではないのか。
劇中のマヤは、言うなれば当時のアメリカ国民の代弁者だ。
同朋を殺された国民は怒り、ビンラディン殺害が行われた日には喜び笑い、そのことに疑念を抱いた者は叩かれた。
だが、事が終わり、何が始まったのか。
テロは消えたのか。
戦争はなくなったのか。
10年という長い年月を経て成し遂げ、得たのはなんだったのか。
この映画のラストシーンは、そのことについて問い掛けた秀逸なものだった。
ただひたすらにビンラディンを追い求めたマヤと国民。
成し遂げた先のマヤ(国民)は、一体どこへ向かうのか。
映画を観て、考える。それが出来る映画。
娯楽を超えた、事実を伝えようとする監督の気迫が物語る深いものを感じ取れた
面白い面白くないという娯楽的判断を超えるなにかを受け取ったような気がした 監督もそういう思いから一般的には最後に映す、事実に基づくという注意書きを始めに持ってきたのではないだろうか。
米国が受けた壮絶な悲劇 対するテロリストは祖国で身を潜め生きながらえる 報復を誓い、それに全てを費やしてきたCIAの女性、その当事者が語り、ハートロッカーで史上初のオスカー受賞となった女性監督が表現する。これは両者が女性であったことで成し得たのではと思える
現地でビンラディンの最期を見届けた彼女と、同性とし通じ合えたからこそ娯楽を超えた信念がドキュメンタリーのような世界観を表現できたのではないかと
はじめは新人CIAでパキスタン入りした彼女だが、希望していたわけでもなく信念もなにもなかった それが日に日に現地の危険と隣り合わせの生活、常にテロを意識し、その主犯が潜むだろうその地で世界の安全と祖国の報復の為に、捕虜を拉致し、拷問虐待を目の当たりにし尋問を繰り返す そうした中で自然と強くなり、責任感ある姿勢で臨むようになる 彼女の内面の変化や成長、事実に基づくテロ事件の裏で行われているCIAの作戦や内部での葛藤 それをこんな簡潔にうまくまとめる監督の力が素晴らしい
長い期間をかけ、徐々に外堀を固めるように主犯格に迫るが、幹部を捕らえるほどに周囲が危険になり、目的を同じにした仲間が殺され自身も狙われ、仕事としてビンラディンを追うというノルマから、私怨にも似た思いが絶対にビンラディンを殺す、と彼女を突き動かしていく アルカイダがいかに狡猾で悲惨なテロリストかということが非常によくわかり、その中心に身を置くことがどれほど怖いことかは計り知れない
クライマックスのビンラディン邸を奇襲するシーンは、現実感があり緊迫した状況が感じ取れ、ラストのビンラディンの遺体を確認するシーンは、12年の言葉では表せない達成感と、共に虚無感が伝わり鳥肌が立った 姑息で残酷なテロという絶対悪に対し、小数精鋭でまさしく必死に長期間諜報活動をしてきた忍耐と頭脳、気迫の勝利であることは間違いなく、彼女をはじめ祖国の安全を守る人たちが裏で血の滲む努力をしていることを深く心に留めたい またこれを映像として表現してくれたビグロー監督に感謝する
期待してたが…
ん~ つまらない 期待はずれ
911全米同時多発テロの首謀者にしてテロ組織アルカイダの指導者、ビンラディンの殺害計画が題材のサスペンス。CIAの女性分析官の姿を通し、全世界を驚がくさせた同作戦の全貌を描き出す。メガホンを取るのは、アカデミー賞で作品賞などを受賞した『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー。『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などで注目のジェシカ・チャステインが、狂気にも似た執念でビンラディンを追跡する主人公を熱演。リアル志向のアクションやドキュメント風の映像も見ものだ。
ビンラディンの行方を追うものの、的確な情報を得られずにいる捜索チーム。そこへ、人並み外れた情報収集力と分析力を誇るCIAアナリストのマヤ(ジェシカ・チャスティン)が加わることに。しかし、巨額の予算を投入した捜査は一向に進展せず、世界各国で新たな血が次々と流されていく。そんな中、同僚の一人が自爆テロの犠牲となって命を落としてしまう。それを機に、マヤの中でビンラディン捕獲という職務が狂気じみた執心へと変貌。ついに、彼が身を隠している場所を特定することに成功するが……。
悪魔降臨
ビンラディン殺害映画。
やられたらやり返そう!
我が国に攻撃してきた悪魔を探せ!見つけたら殺しちゃうんだい!
という悪魔の仕事をこなした人達をとても緊張感ある雰囲気と映像で見せてくれる映画でした!
最後のチャステインの表情はビグロー先生が出した観客への宿題です。
CIAを助けたのがランボルギーニだったとは!
高級カーは世界を救うのか?
手に汗握る緊張感
50年前の映画と似ている
これを観た時に
約50年前の映画『アルジェの戦い』に似ていると思った。
時代も国も違うし、一緒にするのは間違いだと分かっているのだが…。
『アルジェの戦い』は1950年代のフランスとアルジェリアの争い、
本作はアメリカとアルカイダの対立、
歴史的背景も全く違うのだが、それでも似ていると思った。
テロ頻発→拷問によるテロ容疑者の捜索→居場所を突き止めてテロのリーダーを襲撃
という流れが同じ。
実際にあった事件を元にしているのも同じ。
拷問に対して自国他国から批判が集中するのも同じ。
一番似ていると思ったのは、
テロのリーダー捕獲の際に、現地の人が遠巻きにその様子を見ている事。
無言のまま、捕獲する側の暴力を見つめている。
歴史的背景も意味合いも全く違う2つの映画なのに
見比べると、どうしても
「歴史は繰り返す」
という言葉が浮かんでくる。
50年後に『ゼロ・ダーク・サーティ』を観た人が
「歴史は繰り返す」などと思わない世界になっている事を願う。
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この映画『ゼロ・ダーク・サーティ』が優れているのは
歴史的大事件を扱いながら、国家の視点ではなく
一人の女の視点で物語を描ききったことだろうか。
国家の正義ではなく
一人の女の復讐劇、感情を描く。
国家の正義には嘘があるかもしれないが、女の感情には嘘がない。
だからこそ、このギリギリの題材で感動を呼び起こすのだと思う。
凄まじいまでの女の執念・・・
マヤの活躍には感服したけど、彼女自身は達成感より虚しさの方が胸に去来したんじゃないかな? ビンラディンが指示したことは、確かに異常で許されるべきことではない。でも、拷問もそうだけど、あの解決法が正しかったのかと問われれば、私は”No!”と言わざるを得ない。収監して、裁判にかけるとしたら、またテロが頻発するかもしれないし、奪還に燃えて、攻撃が激しくなるかもしれない。だから、あの方法しかなかったんだと言われれば、否定はできない。マヤが理詰めで協力者をあぶりだしていく過程は、興味深かった。周囲の理解を得ようとするよりも、まず己の論理を信じて行動したマヤはすごい。誰にでも真似できることではない。そのことに深く心を打たれた。
良く出来上がっていた。
アメリカの正義なんて何処にも無い
実際にあったビンラディン暗殺計画を描いた衝撃作。
監督は「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー。
骨太でスリリングな演出は健在。
「ハート・ロッカー」はオスカーを受賞した秀作だが、実は、個人的にあまり好きではない。
勿論、ビグローの演出、緊迫感溢れる展開などは圧倒されるが、そのヒリヒリするほどのリアリティが見る者を寄せ付けず、結局最後まで乗れなかった。
なので、本作も見る前は抵抗あったのだが…
非常に見応えあった。
扱った題材や拷問シーンが問題視されるなど確かにハードな内容だが、「ハート・ロッカー」よりエンタメ性を感じた。
CIAが標的を追う展開はスパイ映画のようでグイグイ引き込まれ、知られざる史実は興味深い。
加えて、映画のクオリティの高さは保証付き。
そして、作品の源と言っても過言ではないのが、主演のジェシカ・チャスティン。
この存在感、パワフルな演技は、これぞ主演女優。正直、本作を気に入った要因かもしれない。
冒頭、拷問にも目をそらしていたマヤが、やがて狂気にも似た執念に取り憑かれていく様は恐ろしくもある。重た過ぎる任務は、それこそ麻薬そのものだ。
彼女のラストカットは印象に残る。
あの涙は何の涙か。
全てが終わり、任務という麻薬から解放された彼女の今後は…?
非道なテロを起こした首謀者を捕まえる。
テロには屈しないアメリカの正義のようでもあるが、拷問、精神がボロボロになるまでの執念、正義という名の報復など、理想である正義は何処にも無い。
これは、アメリカの闇である。
緊迫感が凄い
爆発のたびにびっくりして椅子から1センチ位飛んだ。
同僚が内通者の車に近づいた時、もろ爆発フラグ立ってたけど、
やっぱり飛んじゃった。
主人公が少しずつ鬼になっていく様が凄まじいです。
お肌もだんだん荒れ荒れになっていってました。妙にリアル(笑)
最後の突入の場面は凄いです。息苦しいくらいの緊迫感でした。
リアリティと緊迫感がたまらない!
アメリカの人には、刺さる内容かな?
米の一部の勢力による、ある種のプロパガンダ。
9.11の首謀者といわれるオサマ・ビン・ラディン。彼を追い詰め、殺害に至るまでを、事実を下に描いた作品。微に入り細に入り描かれているので、機密の漏洩を疑われ大問題になったといわれる作品。
私は陰謀論者じゃ無いですが、この手の作品って、ある意味世論誘導的な意味合いあると思うんですよね。もっともこの作品の場合は、あまり露骨な誘導を感じることは無かったので、そういう意味では、世論誘導の意図は低かったということなのかもしれませんね。
淡々とと言うか、時々刻々とと言うか、物語は進んでいくので、映画としては単調な印象を受けるかもしれません。時間も、150分超えと長いですしね。リアルに徹したためか、日本人には理解し難い内容かもしれません。
演出に欠けている?
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