恋の歌
解説
ニューヨーク・メトロポリタン・オペラのプリマ・ドンナ、リリイ・ポンズの第一回主演映画で、「鼻」「痴人の愛」「雁(かりがね)」のジョン・クロムウェルが監督に当たった。原作はデイヴィッド・Gウィッテルスとエルシー・フィンが書き下ろし、エドモンド・ノースとジェームズ・・ガウが共同脚色した。音楽は歌劇「リゴレット」「ラクメ」の他、「ロバータ」「ショーボート」のジェローム・カーン作曲の新曲が歌われる。助演者は「東への道」のヘンリー・フォンダ、「暗黒街の顔役(1932)」のオスグッド・パーキンス、「トップ・ハット」のエリック・ブローア、「クカラチャ」のポール・ポルカシが主なるもの。撮影は「コンチネンタル」のデイヴィッド・エーベルの担当。
1935年製作/アメリカ
原題または英題:I Dream Too Much
ストーリー
オペラの大作曲家志願のジョニーは謝肉祭の夜酔っぱらって初めて会った乙女アネットと結婚した。翌朝眼がさめて美しいアネットに惚れ直したジョニーは彼女をパリに連れていった。そして町の木馬館の音楽に合わせて妻が歌うのを聞いて、アネットの天分を認め、声楽を学ばせるためにジョニーは旅行者の案内役となった。一方アネットは夫には内緒であるカフェの歌手となって働いていたが、ある日そのカフェにジョニーが旅行者を案内してきたとき、アネットは鼠に驚かされて思わず客のポール・ダルシーに抱きついた。それを誤解したジョニーは、ダルシーを殴り倒し、アネットには働く事を禁じた。夫婦と同じアパートに住むおっとせい使いの芸人プリグスに勧められ、アネットは夫の作曲になる歌劇を演出家ダルシーの元へ持っていった。断られたのを無理に会ってみると、それこそジェニーが殴り倒した男だった。誤解を解いてアネットは歌ったが、ダルシーは曲よりも彼女の美貌に惚れ込んだ。そして強いてアネットを契約してしまった。彼女は幾ばくもなく歌手として名を挙げたが、ジョニーは己が才能に絶望していくらしかった。ようやく彼の歌劇を上演する運びとなったが、その金主はアネットであった。夫を思う余りの心尽くしであったが、ジェニーは失望と憤懣に堪えず家出してしまった。アネットは欧州各国で独唱して廻り、賛辞と喝采を受けたが、ジョニーを失った彼女の心は空虚であった。けれどもパリに帰った日、タクシー運転手になっているジョニーに再会し、すぐ和解して仲良く方々乗り廻ったが、羽目をはずしすぎて留置場に入れられた。彼女はロンドンへ出発の予定だったのでダルシーの手配で釈放された。この機会に夫の歌劇を上演したいと考えたアネットは、ロンドンの興行者を説いて喜歌劇に改作して自ら主演した。ジョニーは来てみて、改作に憤慨したが、興行は成功だし作曲者として歓迎されたので気持ちを直し、軽音楽に転向して名声を博するに至った。その後アネットは舞台を去って家庭の人となった。
スタッフ・キャスト
受賞歴
第8回 アカデミー賞(1936年)
ノミネート
音響録音賞 |
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