The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 : 映画評論・批評
2012年7月10日更新
2012年7月21日より角川シネマ有楽町ほかにてロードショー
虚構にのめり込んできたベッソンが初めて現実のなかに自分の世界を見出した作品
リュック・ベッソンがアウンサンスーチーの半生を題材にした映画を撮ったことを意外に思うのは筆者だけではないだろう。これまで彼は、たとえ荒唐無稽に見えようとも、現実に縛られることなく自己の感性に忠実に、独自の世界やキャラクターを生み出してきた。しかし、実際に「The Lady」を観ると合点がいく。それは、単にスーチーも強いヒロインに当てはまるということではない。
ベッソンの原点は、ダイビング中の事故で潜ることができない身体になり、海洋生物学者になる夢を断たれたことにある。そこから彼は、生きる世界が違うために隔てられた者同士が、壁を乗り越えてひとつになっていくドラマにこだわるようになった。「グラン・ブルー」におけるジャックとイルカの関係は、「ニキータ」の暗殺者とスーパー従業員、「フィフス・エレメント」の救世主とタクシー運転手、「アンジェラ」の追い詰められた男と天使へと引き継がれている。
「The Lady」は、スーチーと夫マイケルの愛の物語でもある。彼女は軍事政権によってその夫と引き離され、彼の死に立ち会うことすら叶わないが、それでもふたりは精神的に深く結ばれている。これまで虚構にのめり込んできたベッソンは、この脚本と出会うことで現実のなかに自分の世界を見出した。だから、現実に妥協するのではなくしっかりと踏み込み、彼の感性が反映された見応えのある作品にまとめ上げられている。
(大場正明)