アーティストのレビュー・感想・評価
全106件中、101~106件目を表示
席が立てない。。。
ぼろぼろ 泣いてしまいました。。><
この映画は、どんでん返しがあるのです。。
たとえ今の時代でも、やはり観客は、
「男性が女性をひきあげる」ストーリーのほうが、
どう楽しむのかは わかりやすい。。かと思います。
その点、この映画のストーリーは真逆です。
3歩さがって、男性をたてることにより、
結果 男性を あげてゆく日本文化には、
ヒロインのぺピーの図々しいまでの行動力が、なじみにくいと思いながら 見ていました。
最後、このぺピーが 2人で踊るフィルムを見つけるシーンがあるのだけれど。。
普段 しんみりとはしないようなキャラがそれをやるので、
その瞬間に、途端に2人のすべてが大きなドラマになるのです。
いつも エンドロール は見ないのだけれど、
あんまり泣いてしまったので、涙を乾かしてから帰りました(笑)☆=
3D最先端映画だろうと白黒サイレント映画だろうと映画は素晴らしい…そんな事を感じた
今の最先端時代&3D時代に、白黒&サイレントに挑戦したミシェル・アザナヴィシウス監督に拍手。
しっかりと映画の全てを伝えてくれたその手腕に脱帽。
ジャン・デュジャルダン、オスカー納得だわ、こりゃ。
表情一つ仕草一つで喜怒哀楽を巧みに表現し、見る者の心を揺さぶってくれる。
その存在感たるや、本当に大スターの貫禄。
(余談だけど、若い頃のショーン・コネリーに似てる)
ストーリーも分かりやすくて良かったし、音楽がまた作品を盛り上げてくれる。(作曲賞も納得、ジョン・ウィリアムズ残念!)
久し振りの白黒サイレントという事で話題を集めているが、往年の白黒サイレント映画だって今見ても全然面白い。
「サンライズ」「第七天国」、チャップリンの数々の名作…挙げたらキリがない。
本作がオスカーを受賞した事によって、白黒サイレントの魅力が再認識されたのは喜ばしい事。
今の若い人の昔の映画嫌いにはガッカリする。
かと言って、3Dブームのように、白黒サイレント映画ブームになったら、疑問。
「アーティスト」だからこそ成功したのであって、他が真似したらただの二番煎じ。
映画の中でも言ってたが、観客は新鮮さを求めている。
映画はどんどん進化していくのだから。
3D最先端の映画だって素晴らしいし、本作のような白黒サイレント映画だって素晴らしい。
映画の素晴らしさに万歳!
少し物足りない。
哀愁と人当たりの良い笑顔で躍動するジャン・デュジャルダンが魅力的だった。
シンプルな筋書きの落ち着いたトーンで,映画が本来持っている”持ち味”を満喫。
ただ,ラストが盛り上がりに欠けて消化不良・・・
周囲の支えが直接的すぎて,これ見よがしに感じた。
目立たない思いやりのエールで,
ジョージがいつの間にか復活のレールに乗ってゆくドラマを見たかったな。
”悲しいことはあるが人生は美しい”
そう伝える優しい作品ではあったが大きな感動には繋がらず。
トーキーに変わったときそれまでの失われた世界が、一段とまぶしく、輝がやいたように見させてくれたのでした。
白黒の画面に、時おり字幕が挿入される無声映画。画面も昔ながらの真四角なワイドスコープになる前のもの。派手なCG作品や3D作品が隆盛を極めるなかでの音楽を入れたサイレント映画が誕生しました。それは無謀な試みであったのでしょうか?
無声映画を知らない現代人にとって、本作は新鮮な表現方法としてインパクトを感じました。
セリフなしでも分かるような、簡潔なストーリー。パントマイムを取り入れた動きや、ちょっとした表情の変化、そして背中で、セリフ以上に心情を語る役者たちの演技。情緒的というより叙述的で分かりやすいカット割り。一方で、登場人物の心を代弁するように情緒的な音楽。それらはサイレント映画の特徴を超えて、映画という表現そのものの本質も捉えていると思います。
トーキーとなって、一端はそれらサイレント映画の演出は、過剰演出とされました。そしてサイレント映画は衰退し、常連の俳優たちは銀幕から去って行ったのです。本作でも、その違いは鮮やかに比較されます。
奇しくもジョージのサイレント作品とトーキーのペピー主演作品が隣同士で同じ日に公開。ペピー主演作は大入りなのに、ジョージの作品は目を覆うような惨憺たるもの。落ち込んだジョージは、ペピー主演作を見て、音が伴う演出の違いをまざまざと感じるのですね。そして、もう自分の時代ではないと感じるのでした。
サイレント映画では当たり前だった、過度な動きに慣れ親しんだ俳優たちは、トーキーになってもそのクセを修正できずに、引退してしまったケースが多かったようなのです。
けれども、アナログからデジタルに移行した現代に、本作のようなサイレント映画を見ると、映画に大切なのは基本の映像と演技なんだということを思い知らせてくれます。
その一番印象的だったシーンが、ペピーがジュージの楽屋に忍び込んで、彼の背広に手を通すところなど、ペピーのジョージに対する思いが凄く伝わってきました。背広に通した彼女の手が、まるでジョージの手のように見えて、ペピーを抱擁しているように見せるところはサイレントで充分。ペピーの気持ち、そしてその仕草を眺めていたジョージの思いがよく分かるのですね。
ペピーとジョージの織りなすドラマは、よくあるメロドラマといってしまったら、身も蓋もありません。確かにエピソードは激しく心を揺すぶるほどでもないでしょう。けれども、失われたものへのスタルジーにこころが染まっていくとき、ジョージが背負った哀愁に心地よく感情移入してしまいます。
「ヒューゴの不思議な発明」と併せて、なぜ映画草創期への関心が高まるかというと、デジタル万能の時代になってきて、アナログの温もりと手造りのよさへの回帰現象ではないか思います。そして本作では随所に「モロッコ」を始め、映画史を彩る数々の名作や役者へのオマージュがささげられています。
ジョージのちょびひげは本作のモデルとなったダグラス・フェアバンクスのまね。ついでにぺピーが住む豪邸のベッドルームは、ダグラスと結婚したメアリー・ピックフォードの実家で撮影されているとか。ペピーのほくろはご存じマリリン・モンロー。ダンス俳優と言えば、ジーン・ケリーでしょう。コミカルなジョージの作品はジャック・タチを連想させます。ちなみに本作の賞レースに多大な貢献をした名犬アギーの名前は、タチの愛犬タギから命名されたそうです。
そんな無声映画を「新作」として復活させるのは、困難を極めたに違いないことでしょう。ミシェル監督は、350本近い無声映画を見て、徹底的にリサーチしたという。その結果、様々なサイレント映画を凝縮し、昇華したような映画愛に満ちた仕上がりとなりました。
さらに、出演陣の奮闘も素晴らしいと思います。劇中で主人公のジョージとペピーは幾度となく華麗なダンスシーンを披露します。ところが演じたデュジャルダンとベレニス・べジョは、ダンスは全くの素人だったのです。約半年の過酷な特訓であそこまで魅力な踊りを見せるとは、その役者根性に脱帽です。
本作でもうひとりの主役と言われているのが、ジョージの愛犬アギーです。小地蔵は予告編から目が釘付けになりました。アギーとデュジャルダンの呼吸はぴたりと一致。どんな俳優でもアギーに人差し指でピストルを構える格好をすると、ワン・パターンとリアルタイムに倒れるところが凄いです。また、火事を起こして気絶したご主人様を何とか救おうと近所でパトロールしていた警官を巧みに誘導。さらにサイレントに失望したジョージーがピストルでまさに自殺しようとするところを、必死に前足を動かし「ご主人様死なないで」と懇願するところなど並みの俳優以上の演技を発揮します。
アカデミー賞に動物部門を作ってアギーにも賞を取らせたかったですね。
さて本作は完全なサイレント映画では、ありません。途中で自分の役者人生の破滅を預言するかのような悪夢を見るときは、効果音が付いてきます。そしてラストでペピーのアイディアと献身で、ジョージのトーキー出演が決まったとき、カットの声と同時に、本作自体がトーキーに変わります。
その変化が逆に、それまでの失われたジョージの世界を、小地蔵には一段とまぶしく、輝かせて見させてくれたのでした。
映画とは・・・
映画の評価に決まりは無いので、アカデミー作品賞だからといって心に残る一本に必ずなるとは限らない。
ストーリー、プロット、映像技術、音楽、役者のルックス、全てが私にはフィットしませんでした。
ただ、ラストの演出だけは拍手です。
愛すべき映画だと思うけど…
オスカーで作品賞に輝いた作品。
サイレントからトーキーに映画が変貌する中、消えゆくスタート新進女優の関係を丁寧に、そのキャラクターと時代、映画そのものに愛情を持って描く姿勢は評価したい。
映画が好き、映画を愛する人には見てもらいたい一本ではあるが、深い感動、胸をゆさぶるようなものまではない。
これが、アカデミー賞作品賞なの? と言いたくなるほど、実は地味な映画だ。
前編モノクロだし、言わなければこれが現代の、21世紀の作品だとは思えないかもしれない。
しかし、作りはしっかりしているし、先に書いたとおり、作り手が映画への愛情を持っているので、見ていてもハッピーになれる。
デートで見るには打って付けの作品だろうね。
全106件中、101~106件目を表示