少年と自転車 : インタビュー
ダルデンヌ兄弟が描く、明るい陽光に包まれた愛の物語
ベルギーの名匠ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督とリュック・ダルデンヌ監督が、第64回カンヌ映画祭グランプリを受賞した新作「少年と自転車」は、両監督が2003年の来日時に聞いた、施設で親を待ち続ける少年のエピソードに着想を得て製作された。育児放棄や乳幼児虐待といった心を痛める事件が相次ぐ昨今だが、人間同士のあたたかな心のつながり、子どもに本当に必要な愛や優しさとは何かを見る者に再確認させる一作だ。(取材・文/編集部)
“幼少期から施設に預けられていた少年が、いつか会いに来ると約束した親を待つために毎日屋根に登って待っていた。しかしその約束は守られることはなく、少年は人を信じることをやめてしまった……”。少年非行を専門とする石井小夜子弁護士が語ったこの話をモチーフに、児童養護施設に預けられ、父親と再び暮らすことを願う少年シリルと、週末に少年の里親になる美容室オーナーのサマンサとの交流を描く。
親が子を捨てるという悲劇的な物語を題材としているものの、少年の成長や希望にスポットを当てており、作品の仕上がりは穏やかで優しい印象を受ける。「この映画全体に太陽の光が当たることを私たちは望んでいました。この男の子のストーリーに太陽のあたたかな光が投げかけられるようにと考えたのです」(ジャン=ピエール)
独身女性という設定でありながら、孤独なシリルに包み込むような無償の愛をそそぐサマンサを演じるのは、「スパニッシュ・アパートメント」「ヒア アフター」などで国際的に活躍するセシル・ドゥ・フランス。「サマンサの役には、スクリーンに入ったとたんに彼女と一緒に光やあたたかさが入ってくるような女優でなければいけないと思いました。その光がこの映画全体を照らして、全体を通じて続いていかなければなりません。セシルならばそれができると思いました。彼女を選んだ理由はそこにあります」(ジャン=ピエール)
「ロゼッタ」や「ある子供」などで無名の俳優を起用し、リアリズムに徹したタッチで重厚に描かれたこれまでの作品とは作風が一転したかのように観客は感じるだろう。しかし、特に作品のトーンを変化させたわけではないという。「他の映画より明るくなっていると私は思いません。私たちが今回語ったのは、子どもとひとりの女性の愛の物語です。ラストシーンを見て、他の映画よりもポジティブな、前向きな映画だという印象が残るのではないでしょうか。また、他の映画においてもそれほど絶望で映画は終わっていません。例えば、主人公をラストで殺すようなことは、私たちは一度もしていませんから」(リュック)
少年シリルを演じるトマ・ドレは、新聞広告で募集したオーディションで抜てきされた。これまで演技経験はなかったが、大人を信じることができない少年の愛への渇望、初めて信頼できる相手と出会った心の動きを、力強いまなざしで見事に表現する。自転車をアクロバティックに乗りこなし、木や塀をするりと駆け上る野生児のような身体能力にも驚かされることだろう。トマに対し両監督は「偉大な俳優の素質を持っている」と太鼓判を押す。
「この映画に出演する前、トマは脳神経外科医を目指していました。しかしこの映画に出演した後、何になりたいかと問われると神経外科医か俳優と答えるようになりました。もし、彼が俳優になるのであれば、いい俳優になってさまざまな役を演じてほしいと思います。そして、今の彼と同じような謙虚さをずっと持ち続けてほしいと思っています」(リュック)
紆余曲折を経て次第に心を通わせ、互いに唯一無二の存在となるシリルとサマンサのように、ベテラン女優と新人子役のタッグは、役者としても良い影響を与え合ったという。
「セシルは13歳のトマが女性に対して羞恥心があり、自分の母親でもない女性に触れたり、抱きつくことに抵抗があることをすぐに理解しました。セシルはトマにそんなことは陳腐なことだと理解させ、お互いがいい仕事仲間だという雰囲気を作り、彼の羞恥心をなくすことに成功したのです。一方、トマは演技をしたことがない子どもですから、技術に頼らない子どもそのままの存在感を発します。カメラは子どもの直接の存在感を捉えます。技術にもたつかない子どもの自然な存在感、セシルはいくら自分が女優であっても、そこに存在することをトマのおかげで理解したようです」(ジャン=ピエール)