アキレスと亀 : インタビュー
映画作家・北野武の真のデビュー作と言われるワイルドな第2作「3−4X10月」(90)から18年を経て、最新作「アキレスと亀」で再び北野映画の主演を務めた柳憂怜。本作では、美術学校に通いながら画家を目指す青年時代の真知寿を演じた彼に北野映画や北野武監督本人の魅力について聞いてみた。(取材・文:編集部)
柳憂怜インタビュー
「師匠の前で芸事を披露すること以上の緊張はないと思いますね」
──今回は90年の「3−4X10月」以来、随分久しぶりの主演になりますね。
「18年ぶりですね。あまり役の大きさで、作品とか仕事の内容を決めたりするわけではないんですが、やっぱり今回は嬉しかったですよね。ただ、出番が多い分、緊張する時間が長くて、それに身体が反応したのか2日目の撮影後に謎の高熱が出たんです。体調管理はこちらの責任で、現場には何も関係ないことなんで、監督にも言いませんでしたけど」
──今回は売れない画家の役でしたが、役作りで絵を習ったりはしたのですか?
「役作りっていつも聞かれるんですけど、いまだにどうしたらいいかよく分からないんですよね。今回の場合は僕自身に絵心がまったくないので、僕が描くものが使われないということは分かってはいたんですけど、多少はやっておかなきゃと思って、デッサンはプロの人に習いました。監督もそういうことはあまり要求しないと思うんですが、気持ちの問題ですね」
──先日、北野監督に話を聞いたら、頑張ってもらいたいという思いで主役に抜擢したというようなことを話してました。
「そうですね、それ以外に無いと思います。本当にありがたい親心ですよね。でも師匠にそんなことを心配させる弟子ってなんなんだって思いますよね。20数年お世話になっていて、そろそろこっちが恩返し出来ないといけないのが普通じゃないですか。でもいまだに親のすねをかじってるような感じで、とても情けないなってと思いますね」
──色々な監督と仕事をされてますが、北野監督と他の監督との違いってどこにあるでしょうか? 当然北野監督は特別だと思いますが。
「北野監督は映画監督という前に僕の師匠ですからね。これは一番大きくて、揺るがないことですが、僕が北野監督の仕事で一番苦手なことは、師匠(北野監督)の前で芸事をするということなんですね。やっぱり一番緊張するんですよ。特にお笑いのネタを師匠の前でやるっていうのは本当に緊張します。これを超える緊張はないですからね。ああいう緊張を通過しているからこそ、今まで他の監督の作品でも結構図々しくやってこれたんだと思います。極端であり得ない話ですが、もしハリウッドのオスカー俳優と共演することがあっても、師匠の前でネタを披露すること以上に緊張することはないと思います」
──最も身近にいる、最も高い壁ですね。
「そうです。こういう仕事ってスポーツみたいにハッキリと分かる基準というか指針がないじゃないですか。監督によって、芝居の基準が違いますからね。だから、師匠の作品に出ること、師匠の前でネタをやることよって自分の中で基準を持てるのは、非常に心強いというか助かってますよね」
──「3−4X10月」から18年経っているわけですが、北野監督は変わってましたか?
「周りの評価が変わりましたよね。だけど、監督がそれで変わったかというと、それは無いと思います。もちろん監督がそういった評価を客観的にみて認識しているということもあると思いますけど、映画の作り方に関しては、ほとんど変わらないですよね。一見わがままっぽく見えますが、監督の性格的に、100%わがままを通すことはほとんどなくて、やっぱり周りに対しての気遣いとか、バランスをとる感覚もありますからね。今回も製作側の意見を取り入れつつ、この『アキレスと亀』を作ったと思いますよ。実際、『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』の前2作を踏襲して更に突き進めるやり方もあったと思うんですが、そうではなく、表現的に本当にわかりやすいものに仕上がったっていうのは、そういうことだと思います。僕自身は、よいしょでも何でも無く、『TAKESHIS'』のあの世界は切なくて好きなんですよ。でも劇場映画って、やっぱり個人フィルムではなくて、お客さんあってのものじゃないですか。そうなると、今回の『アキレスと亀』っていうのは当然の帰結ということになるんじゃないかなって思いますね」
──デビュー作の「その男、凶暴につき」で、映画製作の常識に苦しめられた反動が第2作の「3−4X10月」に出たということがよく言われてますが、その自由奔放で荒削りな「3−4X10月」と、今回の「アキレスと亀」のような成熟を極めた作品の両方に憂怜さんが主演しているというのは何か象徴的ですね。
「ありがたいですよね。でも監督が紆余曲折を経て変化しているわりに、僕自身が変化していないというのは何か申し訳ないというか、心苦しいですよね。監督にもバレていて、『芝居が前と全く変わらねえな』って言われました(笑)」
──憂怜さんにとっての北野映画の魅力とはなんですか?
「普通だったら、光が当たらないところに光を当てている。そして、普通だったら端っこにあるようなものを真ん中に置いて映画を作っているというような独特の作家性が一番の魅力なんじゃないかなって思いますね。そうじゃないと僕みたいな俳優をメインキャストに選ばないと思います。今回だって、準備段階では有名な役者さんが候補に挙がってたみたいですからね。普通だったら、有名な役者さん、そして少しでも(北野監督に)似ている役者さんを選ぶんでしょうけど、そういったことはあえて気にせず、似ても似つかない人間をキャスティングしたということは、そういうことを抜きにして、ひとつの作品として成立させることが出来る演出家としての自信があるんだと思います。あと、自分と同じ事務所で、後輩で、弟子である、このうだつの上がらない役者に少しでも売れて欲しいという親心もあるだろうし(笑)。とにかく一度決めたことに関してはガタガタいわせないという確固たる自信こそが今の日本のプロデューサーや監督に欠けているものだと思います。そして、そこが一番突出しているというか北野監督の素晴らしいところだと思いますね。そうじゃないと、なかなか僕みたいなところまで仕事が回らないので、そう思いたいだけかもしれませんが(笑)」
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