若妻の匂い

劇場公開日:

解説

留守がちな夫との生活に満ち足りない若妻の淫らな体験を描く。製作はアキーレ・マンゾッティ、監督は「スキャンダル愛の罠」のサルヴァトーレ・サンペリ、脚本はサンペリとアレッサンドロ・カポーネ、音楽はリズ・オルトラーニが担当。出演はフローレンス・マンゾッティ、カトリン・ミケルソン、ロレンツォ・レナほか。

1986年製作/イタリア・フランス合作
原題または英題:The Corruption La Bonne
配給:日本ヘラルド映画
劇場公開日:1987年5月30日

ストーリー

左翼系の判事ジェイコブ(サイラス・エリアス)は、裕福な家庭の出身で、現在は北イタリアの町で職務に付いている。彼の妻アンナ(フローレンス・マンゾッティ)は、まだ若く、いつも留守がちな夫に不満だ。彼女にはまだ子供もなく、そのことでいっそう精神的に不安定だった。夫婦はジェイコブの実家で年老いた母親と一緒に暮らしていたが、もう一人、アンジェラ(カトリン・ミケルソン)という若い家政婦も一緒に住んでいた。アンジェラは、社交的で官能的で、付き合っている男性も多かった。ただ、妊娠することだけは避けようと努めていた。そんな彼女とアンナがひょんなことから接近した。アンジェラはアンナをあるゲームに誘う。それは、始めは無邪気なものだったが、次第に真剣なものへ、そして、アンナの性的欲求を呼び覚ますものへと変わっていった。彼女たちのゲームは、アンジェラが町のダンスホールで知り合った男たちとの間で展開された。アンジェラはアンナを逆に召使のように扱い、邪悪な行為をアンナに求めた。二人がゲームに熱中していた或る日、ジェイコブの母親が死んだ。まもなくアンジェラは、変質者風な男を家に連れてきて、アンナに関係させようとするが、アンジェラをうとましく思いだしていたアンナは、逆にアンジェラをその変質者と関係させ、彼女を妊娠させてしまう。そして二ヵ月後、アンジェラは、夫となる男を探すために故郷に帰っていった。珍しく家に帰ってきたジェイコブは、アンジェラがやめてしまったことに驚くが、それよりも増して、アンナの変化に驚くのだった。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

2.0女優は綺麗。映像も綺麗。 で、物語はエロティックに意味不明。

2024年4月9日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

WOWOWプラス(スカパー!)にて。 『青い体験』『続・青い体験』のサルヴァトーレ・サンペリ監督作品(兼共同脚本)。 ※映画.comの説明に “監督は「スキャンダル愛の罠」のサルヴァトーレ・サンペリ” と書かれているが、S.サンペリが撮ったのは『スキャンダル』(‘76)であり、『スキャンダル愛の罠』(‘85)の監督はジュゼッペ・パトローニ・グリフィである。二人が同一人物ということはないと思う。 年の離れた弁護士であり議員でもある(のか?)夫と、体が不自由な義母と暮らしている若妻アンナ(フローレンス・マンゾッティ)。 その家には若いメイドのアンジェラ(カトリン・ミケルソン)が住込みで働いている。 夫は、若くて綺麗な妻に執心する様子もなく、昼夜問わず忙しく働いている。 アンナは義母の看病を一人で行っているようで、抑圧のなかで生活している。 そんなアンナの性欲を刺激したのは、勝手口から若い軍人を連れ込んでいたアンジェラの姿だった。 わがままで横柄な義母は、若いメイドに対しても辛辣だ。その義母にアンジェラが男を連れ込んでいたことを隠したアンナに、アンジェラは礼を言い、徐々に関係を接近させてくるのだった。 ハンガリーの動乱の様子がテレビで報じられ、自由闘争についての議論が交わされる場面があるので、時は1950年代の後半だろうか。 アンナは修道院の禁欲生活で育ったらしい。小麦粉工場で管理職として働いている姉のもとを訪ね、夫の無関心やメイドの態度などの愚痴をこぼすと、姉に労働者階級から見れば恵まれていると、言われる。 そんな、社会的背景を織り込んだりしているのだが… 結局は、ウブな若妻を奔放なメイドが耽美の世界に誘う「性の手解き」ものであり、最後に主客転倒させる逆転サスペンスでもある。 さて、金持ちが住込みの家政婦を雇う風習は世界中に見られる。 日本でも昭和の高度経済成長の頃までは、こういう雇用関係が残っていたのではないだろうか。 貧しい家庭の女性が給料と衣食住を確保する方法として、貧富格差の大きい社会では合理的な関係だったのかもしれない。 そんな、若い女性がメイドとして同居する環境にエロティックな想像を巡らせるのは、スケベ男のサガだろう。 清楚な淑女がきっかけがあれば性に開放されていくというのもまた、スケベ男の煩悩によるファンタジーだろう。 この映画では、若妻アンナとメイドのアンジェラとの間に確執が生じるのだが、その二人の攻防の展開が唐突で解りづらく、彼女らの心理の変化も説明がつかないのだ。 アンジェラが突然アンナをサディスティックにいじめ始めるのも意味不明なら、それを受けているアンナの心理描写も不充分だ。 S.サンペリは、ヒロインがイジメられるシーンが好きなようだ。 究極は、アンナが関係をもった行きずりの男をアンジェラが家に招き入れて、そこで展開する乱交の宵のシークェンスだ。 どちらがどちらを刺激しているのか、お互いが何を求めているのか、理解しがたい。 アンジェラが、男と楽しんでいたはずなのに最後の一線を拒むところに強い違和感があったが、そこをアンナに抑え込まれて「自業自得よ」と言われて犯されてしまう… 最後、アンジェラは妊娠したためにアンナの家を出ることになるので、性に奔放に見えた彼女もメイドを続けるためには妊娠するわけにはいかなかったのかと、やっと解るのだ。 そういえば、家に連れ込んだ若い軍人ともその一線は越えていなかったから、妊娠のリスクには相当気をつけていたのだ。 一方のアンナも妊娠したようだが、夫は喜んでいる。はてさて、誰の子供を身籠ったのか… 貧しい家庭に生まれた女性がメイドとして働く格差社会の縮図がこの映画のテーマではない。 女優の裸をいかに美しく撮ってみせるかが、この映画のテーマであり、価値でもある。 産毛に光が反射して神々しいほどの裸体。 池に入って水面に映る自らの股間を見ながら自慰をするシーンは、二人の若い女性が向かいあっている人物配置によって、淫靡というより健康美さえ感じる。 逆に、金網越しに愛撫するシーンは、淫靡で淫乱で刺激的だ。 女優のアップを多用することで、表情の演技力が稚拙な面を補って、美しさを際立たせてもいる。

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kazz