陽気なドン・カミロ

劇場公開日:

解説

ジュリアン・デュヴィヴィエが「アンリエットの巴里祭」に先立って監督した諷刺喜劇。仏伊合作の一九五一年作品である。ジョヴァンニ・グアレスキの原作より、デュヴィヴィエと「女の獄舎」のルネ・バルジャヴェルが脚色と台詞執筆に当った。「パリの空の下セーヌは流れる」のニコラ・エイエが撮影を監督、音楽は「われら女性」のアレッサンドロ・チコニーニ。主演は「禁断の木の実」のフェルナンデルで「終着駅」のジーノ・チェルヴィが共演、以下「嘆きのテレーズ」のシルヴィー、「鉄格子の彼方」のヴェラ・タルキ、「靴みがき」のフランコ・インテルレンギ、「肉体の悪魔(1947)」のシャルル・ヴィシェールなどが出演。なお、映画中のキリストの声はジャン・ドビュクウルである。

1951年製作/フランス
原題または英題:Le petit Monde de Don Camillo
配給:東和
劇場公開日:1954年6月19日

ストーリー

イタリアの田舎町。共産党の地区書記長ペポネ(ジーノ・チェルヴィ)が新町長となって、ペポネの幼馴染の司祭ドン・カミロ(フェルナンデル)はあんな無学な乱暴者がと内心すこぶる面白くない。ドン・カミロは教会の鐘を叩いて、町の広場で行われていたペポネの演説を妨害した。ペポネに赤ん坊が産れたときは、その洗礼名のことで二人は大喧嘩したが、このときはペポネが折れて一応落着した。ペポネが“人民の家”の建設に着手したので、これに対抗してドン・カミロは遊園地建設にとりかかった。農民のストライキが起ってペポネは率先指揮に当ったが、ドン・カミロは出産する牛の世話をしてやろうとピケ・ラインを破って農場に忍びこみ、結局ペポネもドン・カミロに手伝わされてしまった。その帰り途、ドン・カミロは町からやってきたスト応援隊と大喧嘩をやらかし、大司教にお小言をくった。親たちの反目から結婚を許してもらえぬマリオリーノとジーナは、投身自殺を計ったが、ドン・カミロ、ペポネ以下村人の協力によって救われ、遊園地の開園式の日にめでたく結婚式をあげた。その日は“人民の家”の開館式もあったが、その夜、ドン・カミロはふとしたことから大暴れし、ついに大司教から転任を命ぜられた。村を去る日、ペポネの命令で駅には誰も見送りに来ない。悄然と列車の人となったドン・カミロは、次の駅でペポネ派の眼をさけて先廻りしていた保守派の人たちの大歓送をうけた。そして、その次の駅には、なんとペポネ一派が彼を見送ろうと待構えていた。「保守派の前で面子を失いたくないんだ」ペポネはそう囁いて彼の帰村を待つといった。

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スタッフ・キャスト

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映画レビュー

4.5神様、左翼が選挙で勝ちました

2022年1月14日
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1951年の仏伊映画
原作はポー川流域(パルマ)生まれの
ジョバンニ・グアレスキが1948年にまとめて刊行したもの

ポー川流域は大規模農業経営が行われていたが
農業恐慌時に新しい町(下流/堤防なしか?)の
新しい移住労働者から暴動が起こり
〈社会主義思想〉がわりとすんなり浸透
しかし地域ごとの結束も固く
社会主義もファシズムもコミュニティの存在重視だったらしい

映画の背景は1943年 春
フェルナンデルがたたき上げのコメディアンの魅力と実力を発揮
赤旗を振る村長が選ばれた折には
挑発したり対立しながら
打開の道を二人でそっと探ったりする
(スト破りも登場)

本音を語れるのは磔にされたキリスト像だけ
というのも可笑しいが、司祭の務めも実感
村長にはぶつけているのだろうか

デュヴィヴィエ監督の、というより
フェルナンデルの映画という感じになったが
テンポの良さとイデオロギーへの本音の吐露が面白かった

この後、この辺りがイタリアの〈赤いベルト地帯〉と
呼ばれる地域になってゆくのも、何となく理解

ベルトリッチ(パルマ)、パゾリーニ(ボローニャ)も
ここらの都市部の出身

ベルトリッチも「1900年」で同様なことを描いてるらしいが
「革命前夜」では赤い農村に囲まれてしまった
都市部のインテリ社会主義者の〈へたれぶり〉も描いているのかなぁ

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jarinkochie

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