未来世紀ブラジル

ALLTIME BEST

劇場公開日:1986年10月10日

解説・あらすじ

モンティ・パイソン出身のテリー・ギリアム監督が、徹底的に情報管理された近未来社会の恐怖を、奇想天外な世界観とブラックユーモアたっぷりに描いたSF映画。20世紀のどこかの国。ダクトが張り巡らされた街では、爆弾テロが相次いでいた。そんな中、情報省のコンピューターがテロの容疑者「タトル」を「バトル」と打ち間違え、無実の男性バトルが強制連行されてしまう。その一部始終を目撃した上階の住人ジルは誤認逮捕だと訴えるが、取り合ってもらえない。情報省に務めるサムは、抗議にやって来たジルが近頃サムの夢の中に出てくる美女そっくりなことに気づく。ある日、自宅のダクトが故障し困り果てていたサムの前に、非合法の修理屋を名乗る男タトルが現れ……。タトル役にロバート・デ・ニーロ。エンディングを巡ってギリアム監督と映画会社の間で意見が衝突したため、複数のバージョンが存在する。

1985年製作/142分/G/イギリス
原題または英題:Brazil
配給:20世紀フォックス映画
劇場公開日:1986年10月10日

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4.0 【88.7】未来世紀ブラジル 映画レビュー

2025年12月15日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

本作は、ジョージ・オーウェルの『1984年』が描いた全体主義的悪夢を、テリー・ギリアム監督独自のブラックユーモアとバロック的な映像美で再構築した、20世紀SF映画の記念碑的傑作である。単なるディストピアの描写にとどまらず、管理社会における個人の尊厳と、逃避としての「狂気」の救済を描ききった点で、その完成度は極めて高い。
物語は、情報省が支配する高度に官僚化された近未来を舞台に展開する。そこでは、ハエ一匹の死骸が引き起こした印字ミスにより、善良な市民がテロリストとして誤認逮捕され、拷問の末に死に至るという不条理がまかり通っている。この冒頭のシークエンスだけで、本作が描こうとする世界の非人間性と、システムへの盲従がもたらす恐怖が、痛烈な皮肉と共に提示される。
特筆すべきは、本作が提示する「幸福」の定義への問いかけである。主人公サム・ラウリーは、英雄として空を舞う夢想に耽ることでしか、息苦しい現実から逃れることができない。結末において彼が迎える、精神の完全な崩壊――すなわち現実からの恒久的な解離――は、一般的にはバッドエンドと捉えられるかもしれない。しかし、ギリアムはこの悲劇的な結末を、逆説的に「魂の解放」として描いている。システムが肉体を拘束し、破壊することはできても、精神の自由までは奪えないというこのメッセージは、公開から数十年を経た現代においても、情報化と監視が加速する社会に対して強烈な批評性を持ち続けている。カルト的な人気を超え、映画史における芸術的到達点の一つとして評価されるべき作品である。
【監督・演出・編集】
テリー・ギリアムの演出は、モンティ・パイソン時代から培われたシュルレアリスムと、過剰なまでの装飾性が融合し、唯一無二の視覚体験を生み出している。広角レンズを多用した歪んだ構図は、登場人物たちの精神的圧迫感を視覚的に表現し、観客にも同様の閉塞感を与えることに成功している。編集においては、夢想シーンの浮遊感と、現実世界の機械的で冷徹なリズムの対比が鮮やかだ。特に、現実がサムの夢を侵食し、夢と現が渾然一体となるクライマックスの畳み掛けは、カオスの極致でありながら計算し尽くされた演出の白眉である。
【キャスティング・役者の演技】
ジョナサン・プライス(サム・ラウリー)
本作の主演として、管理社会の歯車でありながら夢想の世界に逃避する主人公サムを演じたジョナサン・プライスの演技は、繊細かつ悲哀に満ちている。彼は、野心を持たず、ただ平穏無事に過ごしたいと願う小市民的な弱さと、夢の中で英雄として振る舞う際の高揚感という二面性を、目線の動きや微細な表情の変化で見事に表現した。特に終盤、拷問によって精神が崩壊し、現実世界から切り離された瞬間に浮かべる、虚ろでありながらも至福に満ちた微笑みは、映画史に残る名演技である。彼の存在がなければ、この荒唐無稽な物語に観客が感情移入することは不可能だったであろう。
ロバート・デ・ニーロ(アーチボルド・"ハリー"・タトル)
非合法の配管工タトルを演じたロバート・デ・ニーロは、出演時間こそ短いが、強烈なインパクトを残している。役所の手続きを無視して故障を修理する彼は、この硬直した世界における「自由」と「アナーキズム」の象徴だ。デ・ニーロの軽妙で活動的な演技は、停滞したサムの日常に対する強烈なアンチテーゼとして機能しており、物語に動的なエネルギーを注入している。
キム・グライスト(ジル・レイトン)
サムの夢の中の天使と瓜二つのトラック運転手ジルを演じたキム・グライストは、サムの幻想と、粗野で現実的な女性というギャップを好演した。彼女はサムにとってのロマンティックな憧憬の対象であると同時に、彼を過酷な現実へと引きずり込むトリガーでもある。その曖昧な立ち位置を、彼女は硬質な美しさの中に巧みに落とし込んでいる。
マイケル・ペイリン(ジャック・リント)
サムの旧友であり、拷問官であるジャックを演じたマイケル・ペイリンは、「悪の凡庸さ」を体現している。彼は良き家庭人でありながら、職務として淡々と拷問を行う。その屈託のない笑顔と親しげな態度は、残虐行為が日常化した社会の狂気を、大仰な悪役以上に恐ろしく際立たせている。
イアン・ホルム(カーツマン氏)
サムの上司カーツマンを演じたイアン・ホルムは、責任を回避することだけに汲々とする小役人の悲哀と滑稽さを完璧に演じた。彼が常に見せる神経質な振る舞いと、部下であるサムに依存する姿は、組織に去勢された人間の末路をカリカチュアライズしており、脇役ながら忘れがたい存在感を放っている。
【脚本・ストーリー】
トム・ストッパード、チャールズ・マッケオン、そしてギリアムによる脚本は、緻密かつ重層的である。全体主義への批判というシリアスなテーマを扱いながら、随所に散りばめられたブラックユーモアが、事態の深刻さを中和するのではなく、むしろその不気味さを増幅させている。「書類」が人間そのものよりも重要視される官僚主義の風刺は鋭く、テロリストの脅威よりも、暖房設備の故障や配管トラブルが市民の生活を脅かすという設定は、生活実感に根ざした恐怖として機能している。
【映像・美術衣装】
「レトロ・フューチャー」の金字塔とも言える本作の美術デザインは、圧倒的である。ノーマン・ガーウッドによる美術は、20世紀初頭のモダニズムと産業革命期の機械美を融合させ、どこか懐かしくも奇妙な未来像を構築した。特に、あらゆる場所に張り巡らされた「ダクト」の造形は、社会の血管であると同時に、人々を縛り付ける鎖のメタファーとして機能している。ジェームズ・アチソンによる衣装も、1940年代のスタイルを基調としつつ、微妙な違和感を加えることで、時代不詳の異世界感を強調している。
【音楽】
マイケル・ケイメンが担当したスコア、そして主題歌として全編にわたり変奏されるアリ・バロッソの『ブラジル(Aquarela do Brasil)』の使い方は秀逸である。陽気で情熱的なサンバのリズムが、冷徹な管理社会の映像と重なることで生じる強烈な違和感(コントラプンクト)は、サムの抱く現実逃避への渇望を聴覚的に象徴している。悲惨なシーンで流れるこの美しい旋律は、狂気と正常の境界を曖昧にし、観客を眩惑する。
【受賞歴】
本作はその独創性が高く評価され、ロサンゼルス映画批評家協会賞において作品賞、監督賞、脚本賞を受賞している。また、第58回アカデミー賞では脚本賞と美術賞にノミネートされ、その芸術的功績は映画史に刻まれている。

作品[Brazil]
主演
評価対象: ジョナサン・プライス
適用評価点: B8
助演
評価対象: ロバート・デ・ニーロ、キム・グライスト、マイケル・ペイリン、イアン・ホルム
適用評価点: 8(平均値切り捨て)
脚本・ストーリー
評価対象: トム・ストッパード、チャールズ・マッケオン、テリー・ギリアム
適用評価点: A9
撮影・映像
評価対象: ロジャー・プラット
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: ノーマン・ガーウッド、ジェームズ・アチソン
適用評価点: S10
音楽
評価対象: マイケル・ケイメン
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: ジュリアン・ドイル
適用評価点: -1
監督(最終評価)
評価対象: テリー・ギリアム
総合スコア:[88.7]

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honey

4.0 超管理社会の小役人は電気ケトルの夢を見るか

2025年5月9日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

笑える

興奮

知的

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レント

2.0 巨大ドームでのテロリスト襲撃以降を夢・幻とした設定に納得出来なく…

2025年4月28日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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KENZO一級建築士事務所

3.5 こんなの嫌だという未来世界。コメディっぽい雰囲気があるのだが笑えな...

2025年3月28日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

こんなの嫌だという未来世界。コメディっぽい雰囲気があるのだが笑えない。ブラックってやつね。
評価は高いようだが、個人的にはこのレトロ未来映像があまり合わなかった。
物議を醸したというエンディングは面白かった。
BS松竹東急NC

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はむひろみ