秋聲旅日記
劇場公開日:2003年10月4日
解説
日本の自然主義文学を代表する作家・徳田秋聲。川端康成をして《最高のもの》と言わしめた彼の文学を、青山真治が映像化。秋聲役を演じるのは、特異な風貌を活かして活躍する個性派・嶋田久作。製作のきっかけとなったのは、堅町商店街振興組合と、金沢唯一のミニ・シアター、シネ・モンドが企画した映画ワークショップ。地元・金沢の若者たちが製作に多数参加し、低予算・短期間での撮影に挑んだ青山監督をスタッフとして支えた。
2003年製作/日本
配給:ユーロスペース
劇場公開日:2003年10月4日
ストーリー
金沢にほど近い空港に、徳田秋聲(嶋田久作)が降り立つ。小さなトランクと傘を持ち、時代遅れの帽子をかぶった彼は、現代的な空港の風景の中で、自分の居場所を決めかねているかのような風情。そのまま風に流されるかのように、金沢の町へと分け入ってゆく。甥の辰之助の案内で、鮎を食べさせてくれるという料亭へ向かった秋聲。しかし、はじめは鮎があると言っていた女中の言葉は、二転三転、結局鮎はないということになってしまう。結局、他の料亭で食事を済ませた2人は、旧知の女性、お絹(とよた真帆)とおひろ(西條三恵)がきりもりする宿へと向かう。ひがし茶屋街の一角にあるこの宿からは、かつての艶やかなお茶屋文化の残り香が感じられる。とはいえ、時代から取り残されてしまったこの宿に、泊まろうという客はほとんどなく、宿はいつでも閑散としている。お絹とおひろの2人にも、母親が残したこの宿を再び活気づかせようと言う意欲は感じられない。それでも彼女たちは、実にまめまめしく働き、数少ない客を手厚くもてなしてくれる。時代の流れをひっそりと避け、ただそこにあるだけの生を涼やかに生きるお絹。そんな彼女の落ち着いた風情に、秋聲の心は次第に惹き付けられてゆく。しかし、秋聲がお絹へと向ける想いは、茶屋街の密やかな空気を漂うばかりだった。何かから逃れるかのように、宿の離れに部屋を取った秋聲。宴会の客も少なく、宿はひっそりと静まりかえったままだ。ときおり、越後囃子のしらべとともに嬌声が響くが、鋭い響きは古都の空気にくるまれて、やがて幻のように耳をかすめてゆく。ある日、病床の兄・順太郎(宮上一樹)を見舞った秋聲は、すっかり弱くなってしまった兄の姿に、鉱山に縛られて過ごした彼の人生を思う。何をするともなく、金沢での日々は過ぎてゆく。なにげない日々の営みを、お絹のそばで過ごすうち、秋聲は理解する。お絹が人生の岐路に立たされていること、彼女が選ぼうとしている道は、もっとも寂しい道であることを…。秋聲は、はやりのジャズクラブ《もっさり屋》にお絹を誘う。ボーカリストの歌う「You've Changed」が、甘く、力強く、響いている。「もし事情が許せば、静かなこの街で穏逸な余生を楽しむ場合、陽気でも陰気でもなく、粋でも野暮でもなく、なおまた、若くも老けてもいない、そして馬鹿でも高慢でもない代わりに、そう悧巧でも愚図でもないような彼女と同棲しうる時の、寂しい幸福を想像しないではいられなかった」。20日あまりを金沢で過ごしたのち、秋聲は再びそこをあとにする。お絹という謎の存在と、その存在へ向けた密やかな想いは、やがて作家の心に場所を得て、しんと落ち着いてゆく。往時を思わせる町並みと、近代的なビルの光。いくつもの時代が重なり合って息づく金沢の町で、秋聲の思いもまた、時の流れをたゆとうてゆく